第7話 初デート

 新入生親睦ダンスパーティーから一週間後の祝日。

 俺は額に汗を張りつけながら人混みで賑わう早朝の駅前で人を待っていた。


 腕組みをして仁王立ちする俺はかなり人目を惹くようだ。

 先ほどから目の前を横切る人々の視線がとても気になる。

 だが、彼ら彼女らは俺と目が合った瞬間、見てはいけないモノでも見たかのようにサッと視線を逸らしてしまう。

 昔からの悪い癖で緊張するとつい強面になってしまう。そのおかげでこの数十分の間に警察官から三度も職務質問をされてしまった。


「お待たせしました神崎君!」


「お、おうっ! お、おはよう豊崎!」


 後方から聴こえた愛らしいその声に振り返ると、パステルカラーのコーデュロイで身を包んだ俺の女神が立っていた。


「あの、神崎君。今日はその、一日よろしくお願いします!」


 ぺこりと頭を下げてから豊崎がニッコリ微笑んでくる。

 それを見て俺は頷くと、喉の痞えを取るように咳払いをした。


「ああ。よろしく頼む」


 なぜ、俺が豊崎と駅前で待ち合わせをしているのかというと、実はあのダンスパーティーの夜に行われたビンゴ大会において、俺は豊崎が求めていたテーマパークのチケットを見事にゲットしたからだ。

 そして、そのチケットを宣言通り豊崎にプレゼントしたところ……。


 ――神崎君、私と一緒にテーマパークへ行っていただけませんか?


 ……と、誘われて現在に至るのだ。


「えへへっ、神崎君のおかげで私の夢が叶いました。本当にありがとうございます」


「いや、気にするな。俺も豊崎の願いが叶えられて良かったと思っている」


「あ、ありがとうございます! 神崎君は本当に優しいですね」


 向日葵が咲いたような笑顔を向けてくる豊崎に一瞬で顔が熱くなる。

 やはり彼女には笑顔が一番似合うな。 


 今日の豊崎はダンスパーティーの時と同じようにコンタクトをつけているらしく眼鏡をかけていない。

 俺としては眼鏡をかけている彼女も可愛いと思うのだが、眼鏡をかけていない豊崎もやはり可愛い。

 故につい油断すると、先程から豊崎の顔を見つめてしまいしばし言葉を忘れてしまう。

 このままでは表情筋が緩んでおぞましい顔つきになって警察官から職務質問をされかねない。 

 おまけに今は豊崎も同行しているから誘拐犯と間違えられても困るからな。


「気合を入れろ神崎鋼。頬の筋肉を緩めず硬直させるんだ!」


「ママ〜。あそこに鬼さんがいるよー?」


「こら、見ちゃいけません! 鬼さんに連れて行かれちゃうわよ?」


 ……やはり顔の筋肉は多少なりとも緩めた方が良さそうだな。


 俺は深呼吸をしてから両手で頬を叩くと、普段通りの顔つきに戻した。

 そんな俺の行動を見ておかしかったのか、豊崎が口元を隠してクスクスと笑った。


「フフフッ。なんだか神崎君と一緒にいるとすごく楽しいです」


「そ、そうか?」


 その言葉プライスレス。


 まるで空の上からこの地に舞い降りた女神のような美しさを持つ豊崎の姿に俺だけでなく周囲の男たちも魅了されているようであり、皆がこちらを向いて恍惚としていた。


 すまないな男子たちよ。

 俺はお前たちが見惚れている彼女とこれからデートをするのだ。


「そろそろ電車の時間ですね。行きましょうか神崎君?」


「う、うむ。そうだな」


 駅の改札に向かい豊崎が長く美しい黒髪を翻すと甘い香りがした。

 その香りを大きく吸い込んでから緩みそうになった自身の両頬を叩くと、俺は自身に気合を入れ直し彼女の後ろを追って歩き始めた。


 何度か電車を乗り継いで到着した海に囲まれたそのテーマパークは入場券を求める人々で既にごった返していた。

 やはり祝日ともあってか、家族連れだけでなく若いカップルの割合も多くそんな人混みの中に俺たちもいた。


 俺と豊崎は既にチケットを持っていたため入場券を求める長蛇の列に並ぶ必要がなくすんなりと入場できた。

 エントランスを抜け眼前に広がるメルヘンチックな建物が軒並み並ぶその場所は別世界そのものだった。


「うわ~! 可愛い建物がいっぱいありますよ神崎君。あっ! アレはこのテーマパークの代表的マスコットキャラクターのチンチラさんですよ!」


 辺りを見回しながらその瞳をキラキラと輝かせる豊崎。

 お目当てのキャラクターを見つけてテンションが上がったのか、俺の手を掴むとその場から急に走り出した。


「お、おい、豊崎!」


「早く早く! 神崎くん、ダッシュですよ~!」


 ゴツゴツとした鈍器のような俺の手に感じる彼女の柔らかな手の感触。

 豊崎と手を繋いで走るのはこれで二度目になるが、今でもその感覚に慣れることができずついつい顔を火照らせてしまう。


 ……幸せだ。あまりにも幸せすぎて思わず瓦割かバット折りをしてしまいたくなるな。


 豊崎に連れられてチンチラさんとやらの前に辿り着くと、そこには写真待ちをする多くの人々で賑わっていた。

 流石はこのテーマパークで一番人気のマスコットだ。

 他のマスコットと比較しても人の列が圧倒的に違った。


「神崎君! チンチラさんと写真を撮りたいのですが、ご一緒していただけますか?」


「うむ、それは構わんが……って、俺も写真に写るのか!?」


「はい、勿論です!」


「しかし、俺のように恐ろしい顔をした男が写ってしまうとせっかくの思い出が台無しになって……」


「そんなことありません! 神崎君は恐ろしい顔なんてしていませんし格好良いから大丈夫ですよ!」


「ぬうん!?」


 その台詞が俺のハートを撃ち抜いた。


 豊崎に格好良いと言われた。

 これはもう我が生涯において一片の悔いなしかもしれない。


「さあ、チンチラさんはすぐそこです! 一緒に撮りましょう!」


「あ、ああ。わかった」


 その後、俺と豊崎がチンチラさんと写真を撮るために並んだお客たちの行列に近づくと、並んでいた人々が一瞬で左右に分かれて道を譲ってくれた。

 俺はモーセか……。

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