第5話 ダンスパーティーの夜③

 オレンジジュースを注いだ二人分のグラスを持ち豊崎が腰掛けているベンチへと向かう。

 その時不意に、先程のダンスを思い返して再び緊張してしまい、自然と両手が震えた。


 ダンスを踊っていた時は全然緊張していなかったというのに不思議なものだ。

 これもやはり豊崎のおかげなのだろうとひとり納得をしていた。


「フッ、豊崎は人の心を落ち着かせる不思議な力を持っているのかもな」


 グラスに注いだ中身をこぼさぬよう慎重に歩みを進めてゆくと、豊崎の待つ体育館脇のベンチが見えてきた。

 だが、そこに見えた光景は困り顔で身を竦めている豊崎の姿と、彼女を取り囲むようにして立つガラの悪い数人の男子生徒たちの姿だった。


 先程のダンスを目の当たりにして豊崎に目を付けたのだろう。

 彼らはヘラヘラとした顔つきで豊崎に絡んでいた。


「ねぇねぇ、キミって本当にあの豊崎さんなの? 見違えちゃったよ~」


「豊崎さんそういう格好していると別人だよね~? 次は俺と踊ってくれない?」


「てか、マジ可愛いし。つーかこのあと予定とかある? 一緒に遊びに行こうよ!」


「す、すみません。私はちょっと……」


 どうやら豊崎は彼らにしつこく言い寄られていて困り果てている様子だ。

 うちの高校には親が金持ちというだけで入学できたしょうもない連中もいる。

 豊崎をナンパしているのはその辺りの底辺組の奴らだろう。


「てかさ、あの強面神崎と踊るなんて度胸あるよね。あーゆーのが好みだったりするの?」


「ないないそれないわー。だってアレ人間じゃねえだろ。なんつーの、サイボーグとか?」


「あれだよね? クラスで一人浮いていて可哀想だから踊ってあげたんだよね? 豊崎さんマジ優しいわー。本当は『俺と踊れ』とか脅されていたとか?」


「違います!」


『!?』


 豊崎の上げた声に底辺組の男子生徒たちが驚いたように眉を上げた。

 かなり無理をして声を張ったのだろう。

 豊崎の膝の上に置かれた両手が震えていた。


「神崎君のことを悪く言わないでください。私は神崎君と踊りたかったからペアの誘いを申し出たのです!」


「マジでー? あんな空手サイボーグのどこがいいの?」


 空手サイボーグとは酷い言われよう……でもないが、まぁ言われてみれば確かにサイボーグみたいな身体つきだからその名称で呼ばれても仕方ないことだが。


「ね、ね? 豊崎さん」


「な、なんですか?」


「こうやって近くで見れば見るほど、キミってマジ可愛いね~? それに……」


「?」


「スタイル良すぎだしさ~」


 厭らしい笑みを浮かべて顔を近づけてきた底辺組の男子生徒のひとりに豊崎がハッとした顔で胸元を隠した。


 ……こいつら、明らかに下心で豊崎に話しかけているな。


 ニヤニヤとした表情で豊崎の全身を舐めるように見ながら話しかける底辺組。

 見るに堪えないその光景に俺が歩み寄ろうとしたその時、豊崎が眉根を寄せて底辺組の男子生徒の顔を睨みつけた。


「いい加減にしてください!」


「!?」


「神崎君のことを悪く言うのはやめてくださいと言いましたよね? 私は入学したときから神崎君のことを見てきました。彼は見た目こそ恐い感じですけど、とても心の優しい男子です。ですから、私はそんな神崎君が素敵だと思っています!」


 豊崎の語気を強めた言葉に底辺組の男子たちが唖然とする。

 しかしその数秒後、奴らは互いの顔を見合わせると腹を抱えて爆笑し始めた。


 その大袈裟な笑い声が体育館に響くと、周囲で談笑していた他の生徒たちも何事かとそちらに顔を向けてくる。


「ウソでしょ豊崎さん? アレが優しくて素敵とか正気の沙汰じゃねえわ!」


「豊崎さんも見る目ねえよマジで。アレが素敵だったら野良犬の方がまだマシだわ!」


「おいおい、野良犬じゃねえだろ? 野性の熊とかじゃね? ギャハハハッ!」


「そ、そんなことありません!」


「じゃあ豊崎さんはあのクマみたいなのと付き合いたいワケ? マジないわー」


「か、神崎君はクマさんなんかじゃありません。いい加減にしてください! それに――」


 俺を侮蔑する底辺組の男子生徒に豊崎は目元に涙を浮かべながらも必死に言い返している。

 だが、連中の笑い声が余りにも大きくて豊崎の小さな声はかき消されてしまっていた。


 俺がどうこう言われるのは構わない。

 しかし、俺のことを必死になってフォローしてくれている豊崎のことまで笑うのは許せなかった。


 言い知れぬ怒りを滾らせ俺は静かに豊崎のもとへ向かう。

 そんな俺の進む前方に立つ同級生たちは何も言わず自然と道を譲ってくれた。

皆はもうわかっているのだろう。

 俺が今までにないほど憤りを露わにしていることを……。


 やがて俺が豊崎を取り囲む底辺組の男子生徒の真後ろに立つと空気が一瞬で張りつめたものに変わり、沈黙がその場を支配した。


「おい」


「あ?」


 俺は豊崎の正面に立っていた底辺組の男子生徒二人の胸倉を掴むと、体育館の壁に押し付けてそのまま頭上付近まで一気に持ち上げた。


「貴様ら、豊崎を泣かせたな?」


「ちょっ、マジごめん神崎君!? 俺たち別に豊崎さんを泣かせるつもりじゃ!」


「男として言い訳は見苦しいぞ。日の丸の国の男なら潔く腹を切る覚悟を決めろ」


「腹を切る!? それ無理、ホント無理!」


「ならば今すぐ豊崎に謝罪しろ。それで今回は勘弁してやる」


 持ち上げていた男子二人を手荒く放すと、奴らは地面に尻もちをついてその顔に恐怖を張りつけていた。

 先程までこの場にいた他の連中はいつの間にか尻尾を巻いて逃走したらしい。


 俺は足元でガタガタと震える二人の前にしゃがみ込むと、これ以上にないほどドスの利いた声音で言う。


「早く謝罪をしろ。さもなければ……」


「ほ、本当にスンマセンでした!  勘弁してください!」


 底辺組の二人は素早く豊崎に対して土下座をすると、その場から逃げるように走り去っていった。

 その後姿がなんとも情けなく落胆せずにはいられなかった。


「これが現代の日本男子か。まったく、臆病な連中だ」


 逃げて言った二人組の後ろ姿を見送り俺は肩を竦めると、涙目の豊崎に声をかけた。


「豊崎すまない。俺のせいでお前に迷惑をかけてしまったな」


「ううん。私は神崎君のことを悪く言ったあの人たちが許せなくてその……つい」


「俺のような男のために嫌な思いをさせてしまってすまなかった」


「いいえ。私はそんな風に思っていませんから謝らないでください」


 目元の涙を指先で拭うと、豊崎は首を横に振る。

 このまま俺と一緒にいれば彼女は不憫な思いをしてしまうだろう。

 そう思えば、これ以上豊崎を悲しませたくはない。

 ならばここは厄災の種となるこの俺が撤退した方が良いだろう……。


 その判断に至った俺はベンチに腰かけている豊崎に背を向けた。


「豊崎。悪いが俺はここで失礼させてもらう」


「え? どうしてですか!?」


「俺が一緒にいるとお前に嫌な思いをさせてしまう。だから――」


「んもぅ、神崎君!」


 と、言いかけた俺の手を掴むと、豊崎が頬を膨らませて体育館の出口へと歩きだした。


「お、おい、豊崎?」


「神崎君は自分を卑下し過ぎです! ですから、少し外に出ましょう!」


「む、むぅ……?」


 そう言った豊崎の顔は少し怒っているように見えた。

 そんな彼女の態度に困惑したまま俺は豊崎に連れられ体育館をあとにした。

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