第4話 ダンスパーティーの夜②

 体育館の中に入場すると館内は既に軽やかでそれでいて優雅な音色が流れており、ダンスパーティーが幕を上げていた。


 中央フロアでは、ゆったりとステップを踏む男女ペアを組んだ同級生たちがいる。

 やはり上流階級の生徒たちである。その踊る姿には気品があり、実に優雅だ。

 皆の踊る姿は高貴なイメージを連想させるものがあり、同じ高校生とは思えないほど素晴らしいものだった。


「ワルツですね。皆さんお上手です。では神崎君、私たちも仲間に入りしましょう」


「も、もう踊るのか!? しかし、俺はど素人で心の準備もまだ……」


「大丈夫です」


「ぬぅっ!?」


「私に合わせて踊ってみてください」


 狼狽する俺の唇に豊崎は人差し指を当てて微笑むと、ゆっくりと手を引いて中央のフロアへと移動する。

 そんな俺たちの姿を傍観していた同級生たちからはどよめいた声が上がり、みな挙って驚愕の眼差しを向けていた。


「……むぅ、なんという緊張感だ。これは空手の全国大会でも経験したことがないレベルだぞ。と、豊崎? ほ、本当に俺と踊って大丈夫なのか?」


「勿論ですよ。神崎君はもっと自分に自信を持ってください。空手の全国大会で何度も優勝している神崎君の運動神経なら恐れる事などありません」


「ど、どうしてそれを?」


「フフフッ。それは秘密です」


 そう言ってから豊崎は一本指を立ててウィンクをすると、俺の手を引いたまま中央フロアへと駆け込むようにして紛れた。


 やはり俺と豊崎というペアはかなり人目を惹くようだ。

 その身長差は約二十センチ近く。

 ヘタすれば大人と子供のように見えてしまうかもしれない。

 しかし、俺の手を握る豊崎は周りからの視線を気にすることなく柔和に微笑んだまま俺の顔を見上げていた。


「さぁ、始めましょう。緊張しないで、まずは私の腰に手を回して左足から滑りだすようにステップを踏んでください」


「あ、あぁ、わかった。よろしく頼む!」


 言われるがまま俺は身体を正面にして豊崎と向き合うと、その細くクビレのある腰より少しばかり上の方に右手を回した。

 すると豊崎が、俺の左手に自身の左手をそっと重ね、足を滑らせるようにして踊り始める。


「ゆっくりでいいですからね……そうです。とても上手です」


 リップグロスで艶めく彼女の唇からこぼれるその言葉が、まるで魔法のように俺の鼓膜の中に溶け込んでゆく。


 ……不思議だ。

 ダンスなど踊ったこともないのに、彼女の動きに合わせるだけで自然と身体がその通りに動いてゆく。

 俺たちを包む優雅な旋律に緊張していた心が徐々に解されてゆく。

 このゆったりとした時間の流れがとても心地良い。


 俺を見つめる豊崎。

 豊崎を見つめる俺。

 重ねた手の温もりとゼロに近いこの距離感がなんとも愛おしい。


 気が付くと先程まで感じていた緊張感がウソのように吹き飛んでおり、俺は踊ったことのない初めてのダンスを豊崎と二人で見事に踊れていた。


「上手ですよ神崎君。次はそのまま右脚を後ろに退きつつその脚に重心を乗せてターンをします」


 彼女に言われるがまま動くと、まるで魔法でもかけられたかのようにダンスが踊れる。

 生まれて初めて踊った社交ダンスというものを俺は堪能できている。

 いや、そうじゃない。豊崎と踊るからこそ堪能できているのだろう。


 互いの顔を見つめ合い軽やかに踏むステップ。

 俺たち二人の周りには多くの同級生たちがいるというのにまるで彼女と二人きりで踊っているように思えた。


 やがてフロア全体を包み込んでいた音楽が止まり、それに合わせて俺たち二人がダンスを終えると、周囲から盛大な拍手が巻き起こり、館内が歓声で沸いた。


「な、なんだ!? 何が起こったんだ!」


「フフフッ、どうやら皆さんが神崎君の踊る姿に感動して拍手をくれているみたいですよ?」


 いたずらな笑みを浮かべてそう話す豊崎を見た直後、俺は急に顔が熱くなり、激しい動悸にみまわれた。


 今さらになって凄まじい恥ずかしさが込み上げてきて死にそうになった。


「踊ったら喉が渇きましたね。隅の方で少し休みましょうか?」


「あ、ああ。そうだな!」


 再び豊崎に手を引かれフロアの中央から退出すると、周囲の同級生たちから今も絶えることなく盛大な拍手と熱い視線が送られ続けている。


 そんな同級生たちからの称賛を受けつつ、俺は豊崎と共に体育館脇に設けられたドリンクサーバーの方へと向かった。

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