第3話 ダンスパーティーの夜①

 ダンスパーティー当日。


 会場となる体育館の入り口付近で俺は落ち着かない気持ちと緊張感で鼻息を荒くしていた。


 私立明応学園には制服以外にもフォーマルスーツが支給されており、今夜のダンスパーティーはそれを着用してくるよう義務付けられていた。


 体育館の入り口前で黒いフォーマルに身を包み、腰の後ろで手を組む俺の姿はさながらVIP専属のSPのように見えるのだろう。

 これでサングラスがあれば完璧だと自分でも思う。

 故に、先程から体育館へ入場してゆく同級生たちがこちらを見るなりひそひそと耳打ちをして怪訝な眼差しを向けてきた。

 ……おいおい、俺は誰かの護衛に来たわけではなくお前たちと同じでダンスパーティーに参加するために来たのだぞ? そんな目で見るのはやめてくれ。泣きたくなるじゃないか……。


 新入生たちが続々と集まってくる中で豊崎の姿を探す。

 左腕の時計に目をやると待ち合わせの時刻である午後七時はとうに過ぎていた。

 その瞬間、俺の中で言い知れぬ不安が募る。


「豊崎になにかあったのだろうか? いや、やはりこの場合は俺とペアを組んだことを後悔するにあまり来られなくなったと考えた方が普通かもしれんな……」


 所詮はこんなものだ。これが現実なのだろう。

 俺のような世紀末覇者顔をした男と人前でダンスを踊るなど公開処刑にも等しい行為だ。

 それでも誘ってくれただけありがたいと思える。


「……フッ。やはり俺には孤独がお似合いか」


「それはなぜですか?」


「ぬほあああああああっ!?」


 突然真横から聞こえた声に驚くと、いつの間に俺のすぐ傍には豊崎が立っていた。


「お待たせしてすみません。私、神崎君のことをかなり待たせちゃいましたよね?」


「と、豊崎だったか。驚いてすまなかった、俺も少し前に来たところ……だ」


 改めて見た豊崎のドレス姿に思わず見惚れてしまい呼吸をすることさえも忘れてしまいそうになった。

 艶めく長い黒髪をアップにしてうなじを晒し、光沢のある真紅のドレスを身に纏うその姿はまさに女神。

 とても美しく高貴な雰囲気を漂わせながらそれでいて女性らしい曲線を見事に描いた豊崎のスタイルの良さに通り過ぎる男子連中の誰もが目を奪われていた。

 しかも制服越しではわからなかったが、豊崎はとても胸が大きかった。


「神崎君、どうかしましたか?」


 不思議そうに小首を傾げる豊崎の仕草に俺は顔から火を噴きそうなほど萌えた。

 なんだこの凄まじい破壊力は? この齢に至るまでそれなりに女子たちを見てきたつもりだったが、その中で豊崎に勝る者はいないだろう。

 そう思えるほど彼女は可愛く、そして、なにより美しかった。


「……綺麗だ」


「え?」


「あ、いや、その! なんというか……余りにも豊崎が魅力的でつい見惚れてしまった。許して欲しい!」


「私が魅力的って……ふええええええっ!?」


 真っ赤になった頬に両手を当てて驚愕の声を上げる豊崎に俺は慌てて首を振った。


「あ、違うんだ豊崎! 別に俺は下心からそう言ったわけではなくて純粋にお前が美しく見えたからであってだな!」


「美しいだなんてそんな……ふしゅるるるる~……」


 言葉の選択肢を間違えただろうか。

 豊崎は俺の方を見ずにそのまま動かなくなった。


 今の発言で完全にデリカシーのない男だと思われてしまったかもしれない。

 ならばどうすべきか? 否、ここは潔く謝罪をすべきだろう!


「と、とにかくすまなかった!」 


 腰を九十度に曲げて勢いよく頭を振り降ろすと、その勢いで発生した突風が地面の砂埃を巻き上げた。

 その際に巻き上げた風が豊崎の前髪とドレスの裾をふわりと煽り、さながらマリリンモンローのような状態になった。

 そのせいでドレスの裾がぶわっと捲り上がり、豊崎の穿いていた下着が丸見えになった。


 一瞬のできごとだったが、俺には数分間のようにとても長く感じた。

 というか、普段の豊崎からは想像もつかないようなエロスを感じるショーツだったと思う。


「~~~~っ」


 真っ赤な顔で豊崎はドレスの裾を抑えつけると、すぐさま俺の顏を見てきた。


「……見ましたか?」


 低い声音でそう言った彼女の瞳は涙ぐんでいる。

 こんな時、なんと答えればいいのだろうか? 否、男なら正直なことを口にすべきだ!


「いや、その……魅力的だった、ぞ?」


「なっ……」


 俺を見つめる豊崎の顔がさらに赤面してゆく。

 ……俺はバカか! いくら正直なことを言おうとしたとはいえ、彼女の下着の感想を口にしてどうする! 完全にセクハラではないか!?


 運よく周囲に誰もいなかったのは不幸中の幸いだ。

 でも、この出来事は豊崎にとって一生忘れられぬ嫌な思い出になってしまったかもしれない。


 頭を下げた状態のまま視線を下げて地面を見つめる。

 恐れ多くて目の前に立つ豊崎の顔を見ることができない。

 地面には俺の額からダラダラと流れた冷や汗で水染みが完成されていた。


 ……マズイぞ。こればかりは絶対にマズイとしか思えん! 


 偶然とはいえ、女性に恥をかかせるなど決してあってはならないことだ。

 これはもう腹を切って詫びるしかない――。


「……フフフッ」


「と、豊崎……?」


 彼女が真剣に怒っていると焦っていた俺であったが、なぜか頭の上から聴こえてきたのはクスクスと可愛らしい笑い声であり、思わず顔を上げて確認していた。

 すると、豊崎が口元を押さえながら必死に笑いを堪えていた。


「あの、豊崎?」


「ご、ごめんなさい。神崎君ってば本当に面白い方ですよね……アハハハッ!」


 ついに我慢できなくなったのか、豊崎はクラスでも見せないような笑い声を上げた。

 その姿があまりにも新鮮で俺はどこか呆気に取られていた。


「せっかく神崎君が褒めてくれたのに笑ってしまってごめんなさい。でも、ありがとうございます」


「ありがとうございますって、俺はお前のその……下着の感想を言ったのだぞ? 普通なら激怒するべきところではないのか!?」


「ふぇっ? 褒めていただいたのに怒るものなのですか?」


 不思議そうな表情を浮かべて小首を傾げる豊崎を見て俺は思う。

 彼女は人並外れた天然なのだろうと。


「そ、そうか……」


「はい。ですから、神崎君が褒めてくれてとても嬉しいです! あ、それより体育館にそろそろ行きましょうか。ダンスパーティーが始まったみたいですよ?」


 そう言って、拳ダコでゴツゴツとした俺の手を躊躇いもなく握ってくる豊崎に胸の鼓動が早まった。

 その小さくて柔らかな手の感触に全身の神経が集中する。

 俺は今、自分の人生の中で一番トキメいているかもしれない。

 女子と手を繋ぐという行為がこれほど心躍ることだとは知らなかった。


「……神よ、感謝する」


「神崎君どうしました?」


「あ、いや、大丈夫だ! 気にしないでくれ」


「そうですか。では、行きましょう!」


 豊崎が見せてくれる優しい笑顔。

 それだけで俺の心が満たされるような幸福感に包まれた。


 彼女と手を繋ぎ会場へと向かうこの時間、俺の顔の火照りが静まることはなかった。

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