彼女の秘密編

第2話 新入生親睦会

 『青春とは?』と、問われたら何と答えるだろう。


 俺の知る青春とは学生時代にどれだけの楽しく、淡く、そして甘酸っぱい女子との思い出を作れるかだと思う。


 学生時代にしか味わえないこの期間限定で賞味期限アリのような青春を送りたいと願うのは誰しもが思うことだろう。

 だが、現実は非情なまでに残酷であり、そんな切なる俺の願いをいとも容易く打ち壊してしまう。


 ――なぜなら。


「おい、神崎君だぜ。絶対に目を合わせるなよ、殺されるぞ?」


 ……いや、待て。なぜ目が合っただけで俺が人を殺さねばならんのだ?


「同じ中学の人から聞いた噂だけど、神崎君って中学時代に何人もの人を暗殺したって噂らしいよ? マジ恐いんですけど」


 ……いやいや、ちょっと待て。なんで俺が人の命を殺めなければいけないのだ?


「ボクがアメリカにイタ頃、パパのフレンドの戦争に行ッタ兵士が彼ト同ジ目をシテイタヨ」


 ……片言で話すお前は誰だ!? というか、戦争に行った兵士と同じ目ってなんだ!


「てか、顏マジ恐えしガタイ良すぎだし、ホントに俺らとタメなのかよな?」


 ……平成生まれのお前たちと同い年だよバカ野郎!


 とまあこんな感じで、俺こと『神崎鋼かんざきハガネ』は青春という名のメモリーを謳歌できないでいる。


 その理由は、俺が幼少時代から片時も休むことなく続けてきた空手が原因であるようだ。

 おかげでこの身体は、中学時代から急激に大きく成長し、高校一年生になった今では筋骨隆々。

 顔は厳つく目つきも鋭いのだが、これは視力が悪いということもある。

 故に俺は、コンタクトレンズを装着しているのだが、今まで目を細めながら眉間に皺を寄せて生活してきたため、そのような眉間の形になってしまったのだ。


 おまけに長身のため、同級生や先輩からは『巨大な黒馬が似合いそう』とか、『マント着きの鎧姿が似合いそう』とか、最終的には『世紀末覇者』と言われるようになった。

 それが俺のコンプレックスなのだ。


「んでさ~、この間そいつを裏庭へ呼び出してボコってやったんだけど……って、痛ぇ! おいテメエ、どこ見て歩いてやが――」


「え?」


「ヒィッ!? か、神崎君、ご、ごめんなさーい!」


「え? あの、ちょっと……」


 とくに何もしていないのに、ぶつかってきた同学年の男子は顔面蒼白で走り去って行った。

 こんな生活が高校入学してからずっと続いている。


 別に俺は争いが好きなわけでもなく、血に飢えているわけでもない。

 どちらかといえば、動物や植物が好きで勉強も好きだ。

 要するに普通の学生だ。


 だが、俺はこの見た目のおかげで誰からも避けられ畏怖されてしまっている。

 このままでは、夢に描いていた青春など送れるわけもない。

 ああ神よ、アナタはこの俺にどうしろというのだ?


 そんな肩身の狭い思いをしている内に、いつしかゴールデンウィークという名の連休が終わっていた。

 連休が明けてから、俺の通う私立高校『明応学園』の教室内には同級生たちによる活気が戻っていた。


 教室内で久方ぶりの再会を果たすクラスメイト達は、連休中の出来事を面白おかしく語り合い、その会話に花を咲かせていた。 


 連休中の俺はというと、高校の空手部で己を精進することに努めており、遂には素手で鉄板をひしゃぎ、岩を叩き割ることができるほどの強さを手にしていた。


 だが、そんな力を持ったところでなんの意味もなさない。

 それどころか、そんな話を気軽にできる友人が俺にはいなかった。


「ふむ。このままでは『ぼっち』という孤高の存在になってしまうな。なにか手を打った方が良いだろうか……」


 我が校では、生徒間同士の友好関係も成績評価の対象となる。

 それ故に、その点が上手く行っていないと、担当教師から面倒な指導を受ける羽目となる。

 別に俺は、人間関係を破綻させようなどとは思っていない。

 この見た目で勝手に破綻しているだけだ。


 とはいえ、交友関係を円滑に構築できる術を俺は知らない。

 そうなると、やはり俺個人にも問題があるようだ。


「このままでは成績に支障をきたすかもしれんな。ここはとりあえず、校内にある図書館に赴いてその知恵を授かるための参考書を探すとするか」


 そう思い至り俺が席を立つと、皆が怯えた小動物のようにその身を竦めて見つめてくる。


「……むぅ。皆、どうかしたか?」


 不意にそう問いかけてみるも、皆はぶるぶると首を横に振るだけでなにも言おうとはしない。急に席を立ったから、皆の視線を惹いただけのことかもしれん。


「さして気にすることでもないか……」


 なにやらコソコソと耳打ちをしているクラスメイト達を見て俺は肩を竦めると、そのまま教室を後にした。


 ○●○


 図書館に到着すると、掲示板に張り付けられた一枚のチラシに目が留まった。


「なになに……新入生親睦ダンスパーティー、だと?」


 我が校では、新入生の友好関係を深めるためにちょっとしたイベントが催される。

 その名も『新入生親睦ダンスパーティー』である。


 数ある有名高校のひとつだけあってダンスパーティーなどを催すとは本当に洒落たイベントを企画したものだと感慨深く思う。

 うちの高校には富裕層の両親を持つ生徒も多くいるためそういったイベントをあえて企画したのかもしれない。

 だが、そのイベントですべての新入生たちが必ずしも交友関係の構築に結びつくとは言い難い部分がある。

 それは内気だったり、人見知りであったり、俺のように恐れられていたりと理由は人さまざまだ。

 それ故に、俺のような新入生は必ずあぶれるのが現実だ。


 ここ数日、帰りのSHRが終わるとクラス中がその話題で賑わいをみせる。

 たかがダンスパーティーでなにをそんなに騒ぐ事があるのかと冷ややかに聞いていたのだが、噂によるとそれも成績に影響があると聞かされて心底焦っていた。


「このままでは『ぼっち』確定となり、卒業までの成績に影響が出てしまうやもしれん。それだけはなんとしても回避せねばなるまいな」


 俺のように特待生として入学を果たした生徒はその成績により、ある程度の学費が免除される仕組みとなっていた。

 そのため、なにがなんでもこんなことで成績を落とすわけにはいかないのだ。


「俺のために共働きしてくれている親父とおふくろにこれ以上の負担を強いるわけにはいかん。ここはなんとしてもこの危機を脱さねばならんな。しかし、困ったものだ……」


 俺のような良くない噂を持つ男とペアを組んでくれる女子がいるとは到底思えない。


 そもそも俺とペアを組んでダンスパーティーに出席しようなどという物好きはいないだろう。

 なにせこの俺は全学年から世紀末覇者と畏怖されている男なのだから。

 しかし、このイベントに参加をしなければ単位が取れないというからタチが悪い。


「むぅ、本当にどうしたものか……」


 色々と思いに耽ってチラシを見つめていると、不意に後ろから声をかけられた。


「あ、あのぅ……か、神崎くん?」


「む?」


 後方から蚊の鳴くような声が聴こえたかと思い振り向くと、そこにはセーラー服姿で艶のある黒髪を三つ編みで一つに束ねた黒縁眼鏡の小柄な少女が立っていた。


「む? お前は確か……豊崎、だったか?」


「は、はい! そうです豊崎です!」


 両手を握りしめ、どこか興奮した様子で俺に話しかけてきたこの少女。

 というか、クラスメイトを少女呼ばわりするのもアレな話だが、童顔で物静かなこの少女の名前は『豊崎詩音とよさきしおん』。俺のクラスメイトだった。


 見かけによらず運動神経が良く、成績も優秀で顔立ちも良い。

 ただ難を一つ上げるとするのなら人付き合いが苦手なのか、他の同級生とのコミュニケーションを取らないという印象を持つ少女だ。


 まあ、俺に比べれば相当マシな方だが……。


 そんな豊崎は色白な頬を赤く染めながら両手を後ろに回すと、俺の顔を何度もチラチラと窺ってきた。


「えっと、あの……か、神崎君はダンスパーティーの相手とかもう決まっていますか?」


「いや、まだ決まっていないが」


「ほ、本当ですか!?」


「ああ。本当だ」


 この期に及んで嘘をつく理由もあるまい。

 そんな相手が現れるなんて微塵にも思ってもいないのだから。


「で、でしたらその……わ、私とペアを組んでいただけませんか!」


「え?」


 豊崎の発言に思わず唖然とする。

 この俺とペアを組む……だと!?


 しばし呆然としながら立ち尽くしていると、豊崎が不安そうな表情を見せた。


「あの、神崎君?」


「え? あ、ああ。なんだ?」


「私とペアを組むのはダメ、ですか?」


 潤んだ瞳で見つめてくる豊崎に思わず顔が熱くなった。

 目鼻立ちの整った幼顔。肌の色は白くて陶器のように滑らかそうだ。

 教室の片隅で静かに読書をしているイメージがあるためか一見すると地味に思えてしまう豊崎だが、それなりの格好をすれば相当な美少女に生まれ変われるのではないだろうか。

 そんなことを思いながら立ち尽くしていると、豊崎が悲しそうな顔で目を伏せた。


「やっぱり私みたいな子とペアとか組みたくありませんよね……。こんなお誘いをしてごめんなさい」


「え? 違う、そんなことはないぞ! 俺はただ、女子からダンスパーティーの誘いを受けるなんて思っていなかったものだからその、かなり驚いていてな! 俺みたいな誰からも避けられている男で良ければいつでもOKだぞ!」


 自分で言っておいてなんだが、この発言が自虐的で泣けてくる。


 ちなみに、俺と豊崎のやり取りを廊下の端で見ていた数人の男子の数人たちがクスクスと嘲笑しているのが見えて余計に恥ずかしさが増す。

 当然、それは彼女も一緒なのだろうと思い視線を下げてみると存外そんなことはなく、豊崎は両手を合わせて嬉しそうに微笑んでいた。


「本当ですか! 良かったぁ……」


 俺の返事に対して本当に嬉しそうな顔をしているからさらに驚きを隠せなかった。

明日は雨が降るかもしれない。

 いや、槍が降ってくるかもしれないと思えるほど、俺自身の中で信じ難い展開だった。


「ところで神崎君、ダンスの経験はおありですか?」


「い、いや。そういった経験は皆無だ。豊崎はダンスが踊れるのか?」


「一応、両親の仕事関係でそういった社交場に訪れる機会がありますので多少なら」


 鼻の頭を掻いて豊崎が気恥ずかしそうに話す。

 俺の通う私立明応学園は俺のようなスポーツ特待生で奨学金を出してもらえる者以外は、ほぼ上流階級の者ばかりだ。

 つまり、豊崎もその一人であり、両親がそれなりの資産家であるが故にそういった集まりのようなものの中で経験を積みダンスが踊れるのだろう。

 セレブは凄いな。


「では神崎君。ダンスパーティー当日よろしくお願いしますね!」


「ちょ、待ってくれ豊崎!」


「はい?」


「その、俺はダンスがまったく踊れないのだがそれでいいのか!?」


「はい、もちろんです!」


「それはなぜだ?」


「それはダンス当日に私が神崎君を完璧にエスコートするからです。ですから安心してくださいね?」


 くるりとその場で踵を返すと、豊崎が形の良い唇に人差し指を当ててウィンクを投げてくる。

 その姿はまるでアニメに登場する二次元ヒロインのようで俺の心が高鳴った。


「それでは神崎君、また明日」


「あ、あぁ……また」


 満面の笑顔で小さく手を振り、豊崎が教室の中に戻ってゆく。

 俺はその後姿を呆然と見つめたまま柄にもなく彼女と同じように小さく手を振っていた。


「……神よ、こんな俺にも青春を謳歌できるチャンスがあるというのか?」


 そんなことをポソリと呟いて天を仰ぐと、俺は高揚した気分で鼻唄交じりに部活へと向かった。

 どうやら、世の中は俺が思っていたほど世知辛くはないのかもしれない。

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