第22話:宴 IN 田中城

「それでは、新たな仲間の誕生に祝して…かんぱーい!」

『かんぱーい!』


 俺がビールの入ったジョッキを高く掲げると、全員が合わせて飲み物の入ったグラスやジョッキを高く掲げる。

 すでに俺の料理を食った事のある辰子、荒神、それから4人の魔族を除いた二人が目の前に並べられた料理の数々にすでに目が釘付けだ。

 当然南条さんと、ブルータスでその意味合いは違うのだろうが、どちらも恐る恐るといった感じで料理に手をつける。


 色々と悩んだが、メインはすき焼きにしてみた。

 一人一人の前にお膳が並べられており、松茸のお吸い物、炊き込みご飯か白ご飯と漬物、一人前のすき焼き、刺身、それから野菜の天ぷらだ。

 一応天ぷらはつゆと、抹茶塩を好みで食べられるようにしてある。

 勿論生卵も用意している。


 俺は上座の一番高い所に座り、正面右隣に荒神、左隣に辰子が座っている。

 その隣がブルータスと、南条さん以下魔族4人組だ。

 人間3人組はすでに夕飯は済ませてあるので、今頃家でゆっくり寝ていることだろう。


 まずは南条さんがお吸い物を手に取り、中の具を確認した後でジッとこっちを見つめている。

 心なしか呆れた表情に見えるのは気のせいだろう。

 栃の木に本漆を塗った高級仕様だが、お分かりいただけただろうか? 

 それから恐る恐るズズズっと汁を啜る。

 それから溜息を吐くのが聞こえる。


「美味しい…」


 心の奥底から漏れ出た声だろう。

 一口啜ってから固まってしまった。

 おーい! 大丈夫か? 

 そんな事を思っていると、魔族側からなんとも興を削がれる声がする。


「味、薄いね…」

「この茸もあまり味がしなくて、美味しくないですね」

「これっぽちじゃ腹の足しにもならんな…」

「この奥深い味…注意深く味合わないと見逃してしまいそうな、微かな海の香りと、香ばしい茸…さらにちょっと苦みのある葉野菜の調和。流石タナカ様」


 ボクッコ以外からは散々な評価だったが、たぶんそうだろうなと思っていたよ。

 荒神はちゃんと口に含んでしっかりと、その風味を楽しんでいる。

 後から来る出汁の旨みもしっかりと味わっているようで安心する。

 辰子は…一口飲んでそっと置きやがった…


「た…確かに、これはお世辞にも美味しいとは」


 ブルータスまで微妙な顔つきだ。

 確かに濃い味が好みのこの世界の人間に、薄味のスープは受け入れがたいのかもしれないな。

 といっても、これは南条さんへのおもてなしだからな。

 当の本人が…って泣いてる? 

 南条さんの方に目をやると、隠すこともなく頬を一筋の涙が伝っている。


「日本の味…故郷の味…もう食べられないと思っていた…」


 そうだろうな…500年もの間、何も口にしていなかったんだ。

 そうして異世界で初めて口にしたのが、日本の和食となるとその感慨深さはいつも食べている俺からは想像も付かない。


「ああ、ここにいればいくらでも食べられるぞ! それにゲストのチーズインハンバーグだって、からかさ寿司だって、ハンバーガーでも、藤大吉なみの本場割烹料理だって食べられるしな。ポテチとかだって作れるぞ?」


 俺の言葉に南条さんがジッとこっちを見る。

 それから無表情のまま、白ご飯だけを口にする。


「ちょっ、女神様あの白いの何もつけずに食べてるね!」


 ネネがびっくりした表情を浮かべているが、ここでも一口食べただけで動きが止まる。

 それから一気に料理に手を伸ばし始める。

 余程、飢えてたんだろうな…食事にも、和食にも。

 対面でブルータスが、すき焼き鍋の蓋を開けて顔を顰める。


「く…黒いスープ?」


 やはりこっちの人達には、黒い食べ物というのは受け入れがたいのだろうか? 

 その横で平然と卵を器に入れる荒神。

 まあ、強化の段階で大分俺の知識も流し込んでいるからな、初めてのすき焼きでも問題無いようだ。


「そ…それは生の卵なのか?」


 犬男が荒神の方を、ドン引きした表情で見ている。

 まあ、こっちじゃ生で卵を食べる習慣は無いから当然だろうな。

 しかし、そんな犬男を無視して荒神が長ネギを卵に浸してから口に運ぶ。

 それから目を閉じて頷く。

 うん、キャラ通りの所作ありがとうございます。

 その荒神を横目で見ながらブルータスが覚悟を決める。

 いや…たかがすき焼きと生卵でそんな覚悟を決めなくても…

 これから死地に向かう騎士のように、キリッとした面持ちで卵を割る…あっ失敗した。

 卵の割れ目に指が思いっきり入って黄身が割れる。

 まあ、どうせ溶いて使うのだから問題無いが、殻が入るのは問題だな。

 そのブルータスの器から、荒神が上手に箸で殻を取り除いている。


「あっ、すまない…」

「いえ、折角の主様が用意してくださったすき焼きですから、是非とも美味しく召し上がっていただきたい」

「お…美味しいのか?」


 ブルータスが信じられないといった様子で荒神の方を見ているが、荒神は笑顔で頷いてどうぞと勧める。


 意を決してブルータスが箸を伸ばす。

 といっても、上手に掴めるわけでもなくどうにか肉を引っ掛けただけだった。


「こ…これが肉? こんな薄っぺらい肉なんかじゃ食べた気になるのか?」


 そんな事を言いながら、肉をゆっくりと口に運んでいく。


「…」


 何か言えよ! 


「…」


 口に入れた状態でブルータスが固まっている。


「なんだこれは? これが肉なのか? こんなに薄いのに、溢れ出る肉汁…解ける繊維…噛めば噛むほどこの黒いスープが口の中に広がっていく…味は濃いいのだろうが、卵の甘味がそれを緩和してなんとも形容しがたい美味さだ…俺が今まで食べていたのはなんだったのだろうか? 木の皮でも食べていたのでは無いだろうか…」


 あ…有難う。

 そこまで言って貰えると、逆に恐縮だわ。

 そのブルータスの様子を盗み見ていた4人が一気にすき焼きに手を伸ばす。


「お…美味しいね」

「うそだろ? これが肉なのか? それにこの黒いスープはなんなんだ? これってもしかして、この白いのと一緒に食べたら」

「犬男天才ですね。是非その案を採用させて頂きますね…ああ、美味しすぎるのですね! この白いのの間に肉汁や、卵、黒いスープが絡みついていながらも、白いもの独特の甘みがあり、最高の調和がなされていますね」

「良い嫁の条件は料理が上手…僕は田中様のお嫁様にはなれない…これ以上の料理を作るのなんて無理」


 ボクッコは俺の嫁になるのを、まだ諦めていなかったのか。

 とはいえ、別に俺より料理が上手になることなんてそんなに難しくない。

 一から材料で手作りとなったら、ちょっとしたものしか作れないからな。


「パパの料理は世界一!」


 すぐ隣に目をやると、すでに殆どの料理を空にした辰子が嬉しそうにこっちを見ている。

 うん可愛いな…頭を撫でてやるにはちょっと遠いが、代わりに目の前に大量のエビフライを追加で出してやる。

 子供にはエビフライだな。


「やったー! 辰子これも好きー!」


 そう言って、直接手で大きなエビフライを掴んでは口に運んでいく。

 エビフライを食う龍の子もどうかと思うが、可愛いから許そう。


「こ…この生の魚は、このスープで温めて食べるのか?」


 ブルータスが、隣の犬男に確認しているが犬男が首を横に振る。


「これは、生のまま横にある小さなお皿の黒い汁に付けて食べるらしいですよ。あと緑色のはわさびと言って、ちょっと辛いので少しだけにしてください」

「魚を生で? しかもこの緑色のも食べられるのか? そのうえ、また黒い汁か…」


 ブルータスが一瞬怯んだ様子を見せるが、先のすき焼きの件があったからだろうか、特に逡巡することも無く口に運ぶ。


「えっ?」


 何その感想…料理食ってえっ? なんて言われたら不安でしか無いんだけど? 

 そんな事を思っていると、ブルータスが今度は違う種類の魚に手を伸ばす。

 さっきのはマグロで、今度はブリだ。


「なんなんだ? こ…これが魚? っていうか、魚って生で食べるとこんなに美味しいものなのか?」

「フフン! タナカ様が捌いた魚は特別! 普通はこうはいかない!」


 これはボクッコのセリフだ。

 辰子と、ボクッコは何故か俺が褒められると誇らしげに、自分の事のように自慢をする。

 精神年齢が近いのだろうな。


「そうなのですね。タナカ様の元で生の魚を食べるようになって、自分でも捕まえた魚をそのまま口にしてみたけど、生臭くてとても食べられたものじゃ無かったのですね。新鮮なものが良いというから、捕まえた瞬間に口にしたのに、凄くまずかったのですね」


 そりゃそうだろう…

 鱗の処理もしてなければ、皮つきをそのまま食べるとかとても信じられない。

 というか、その話いま初めて聞いたぞ。

 だから一昨日は、ずっとお腹を押さえていたのか。


「田中さん! 貴方は一体、何者なのですか?」


 大人しく料理を口に運んでいた南条さんが、急に大きな声を出すものだから全員の注目を浴びる。

 それでも、力強い眼差しでこっちを見据えて、視線をそらさない。


「何者って言われても…前世で死んで、こっちの世界に生まれながらの魔人として転生した、元北の魔王としか…」

「ただの魔人にこんな事が出来る訳が…」


 だって出来たんだからしょうがないじゃん。

 まあ、転生者、日本人、魔人の三つの組み合わせが途轍もなくチートだったとしか言いようが無いけどね。

 そんな事を言い出したら、転生者、日本人、女神の南条さんも北条さんも教えたら【三分調理キューピー】くらい簡単に使えるようになりそうだけどな。


「まあ、細かい事は気にすんな。それよりも今は料理を楽しめば良い」


 未だに俺の方に疑惑の目を向けているが、そういった難しい話は今度ゆっくりでいいだろう。

 今日は純粋に食事を楽しむ会だ。


「なんだこの黄色いデコボコした食べ物は! カリッとしててサクッとしているのに、確かな味わい…これは中に野菜が入っているのか? この外のはなんだ?」

「これは天ぷらだ…野菜以外のも色々な食材で作る事ができるが、今日はメインはすき焼きだからな。煮込まれて柔らかくなった野菜だけでなく、こうして野菜本来の食感を楽しめるようにと主様が気を遣ってくださったのだろう」


 相変わらず丁寧な食事作法を披露している荒神が簡単に説明をする。

 うん、やっぱりこいつは様になるな。


「なあ、この人さっきから凄くここに馴染んでいるけど、タナカ殿のなんなのだ? もしかして筆頭幹部とかか?」

「いや、どうやらタナカ様が戯れに強化した大蛇らしいです…この辺りを護衛している蛇の頭領との事でした。とはいえ、俺なんかじゃ足元にも及びませんが」


 ブルータスと犬男がコソコソと話しているが、実際に荒神とブルータスはどっちが強いんだろうな。

 俺の見立てでは、俺の戦い方を知っている荒神の方がちょっと強いぐらいか? 

 とはいえ、ブルータスも中々に悪くない戦い方をしていたし、気にはなるな。


 その後も宴会は盛り上がることなく、淡々と料理を食べては驚き、納得し、頷き味わって食べるという風景が続いていた。

 辰子はお腹いっぱいになったのか、いつのまにか俺の膝の上までやって来ていびきをかいているが…

 全ての料理を食べ終えた後に、クリームぜんざいを出したらこれまた絶賛の嵐だった。


「もはや、この城で黒い食べ物というのは至高の食べ物の代名詞だな」

「ええ、私はもうここから離れたくないのですね。私はタナカ様に一生ついていくときめたのですね」

「僕は元から忠実なしもべ…でも、いつかはその横に並びたい」

「私もね、タナカ様の元にいつまでも居たいと思ってますね」

「俺は…いつか武力で横に立ちたい…無理だけど」


 5人がそれぞれに満足してくれたようで、俺も満足だ。

 途中まで暗かった南条さんも吹っ切れたのか、クリームぜんざいのおかわりまで要求してくる始末。

三分調理キューピー】冥利に尽きるな。

 こうして、田中城初の歓迎会は幕を閉じる…カインを放置して。


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