第20話:青騎士に会ってみた(その後:ブルータス編)
「これはまた変わった床だな…」
部屋に案内されたブルータスが畳の感触をしっかりと確かめるように踏みしめる。
「それは畳と呼ばれるものらしい…乾燥した草を編み込んだものらしいが、弾力といい香りといいとても心地が良い床材だと思う」
「そ…そうか」
草を編んだものだと聞いて一瞬原始的なイメージが沸いてしまったが、これに使われている技術はとてもそうは思えない。
緑色の縁の部分は意匠がこらされており、幾何学的な文様が編み込まれている。
それから、部屋の中をゆっくりと見渡す。
何もない…そう、本当に何も無い部屋だった。
部屋の隅には行李が置いてあり、一応ちゃぶ台とお茶セット…それから庭側の障子の前には行燈とお手本台が置いてあり、いかにもな昔風の古風な部屋である。
さらに奥に進み壁側にある引き戸を開いてみると、そこにあったのは部屋ではなく上下2段に分けられたスペース。
下の段には3段の箪笥が半分のスペースを占めており、上の段には集めの布が折りたたまれてしまわれている。
恐らくこれは布団だろうとブルータスが推測するが…上に掛けるであろう布団はとても軽く、こんなので寒さが防げるのかといった印象を受ける。
「そこは押入れというらしい…壁に収納を設けるとは中々に素晴らしい発想! 流石はタナカ様だと思う。左のタンスには服や小物を、右のスペースは好きに使ったらいいとのこと」
「ああ、どうせそんなに物を持っているわけでは無いからな…これだけあれば十分だ」
それから箪笥の戸をスッと開ける。
桐の良い香りがしてくるが、中にはこれまた見慣れない布が。
袖のようなものがあるが、ボタンも何もついていない。
バスローブか何かにしては、生地が凄く薄い。
「ああ、それは浴衣と言うらしい。主に部屋着もしくは寝間着として使用するとのことだ。横にある帯を使ってへその辺りで結ぶらしい…ボクのは可愛らしい花柄だった」
ボクッコの浴衣の柄までは聞いたつもりは無かったのだが、たぶん嬉しかったのだろう。
ブルータス配下の時からあまり感情を表に出す事はなく、起きて、仕事をして、夜は一杯の酒を飲んでから寝るというワンパターンな生活しか送って来なかった彼女が、こんなにペラペラと喋る姿を見るのは初めてだった。
「しかし、奇怪なものばかりだな。そのどれもこの世界では見た事が無いものばかりだ…それに、この城もその周りも独特で不思議な雰囲気なのに、妙に落ち着くな」
「これは、タナカ様の前の世界の建築様式らしい。ボクはもうここ以外に居を構える気がしなくなった。気を付けた方が良い…気が付けばここの生活を手放せなくなる…一種の正統派洗脳」
ムフーっと自慢げに胸を反らせているが、残念な事に張る胸は無い…ちっぱいである。
「ふふ、洗脳されているのにやけに嬉しそうだな…お前はそんな風に笑うんだな」
ついついボクッコの頭を撫でてしまう。
ボクッコが不機嫌そうにこっちを見上げる。
「ボクの頭を撫でて良いのはタナカ様だけ」
それから、ブルータスの手を振り払う。
思わずこれには彼も苦笑いをするが、それでもボクッコにここまで言わせるタナカという男にますます興味が沸いてくる。
と言っても直属の上司は辰子になるのだが。
それから今度は部屋の外に連れ出されて、廊下の突き当りにまで連れていかれる。
「ここがトイレ…本当はワシキベンジョなるものが良いらしいが、あれは不便なのでこっちの世界の基準に合わせているとのこと」
「良く分からないが、まあこれは使い慣れたものの方がいいな…有り難い」
「ここの出っ張りを押すと光が灯される…仕組みはよく分からないけど夜でも十分明るいそして、今度は左横に出っ張りが現れるから出る時はこっちを押すと消える」
ボクッコが扉の横に付けられたスイッチを入れると、室内に明かりが灯る。
もう一度出っ張りを押すと今度は明かりが消える。
「これは…なんとも便利な道具が北の世界にはあるものだな…」
「いや、これはタナカ様が作られたものだ。そしてタナカ様のオリジナルらしい」
いまちょっと信じられないような言葉を聞いた気がした。
彼は北の世界で魔王をやっていたはずだ。
そして、この世界でも圧倒的な武力ですぐに俺から配下を奪っている。
というのに自分で作ったというのは意味が分からない。
「ん? ここはタナカ殿の部下か使い魔が作ったのじゃないのか?」
俺の質問に、ボクッコがニヤリと笑みを浮かべる。
当然の質問だが、待ってましたとばかりの表情だ…
ああ、これが恋をするという事か…いつも塔で仏頂面をしていた彼女がコロコロと表情を変える姿を見れるとは。
とても可愛くなっちゃって。
「聞いて驚け。タナカ様がこの城も、森も、庭も、自ずから全て作り出した。それも2~3分のうちに」
「えっ?」
「耳の悪い奴だな! タナカ様がこの城も、森も、庭も、自ずから全て作り出した。それも2~3分のうちに」
いや、ちゃんと聞いていたけどさ…そんな話がにわかに信じられる訳が無い。
そもそも、良く考えてみれば砂漠のど真ん中に森を作り出した時点でおかしい。
何故かすんなりと受け入れてしまったが、普通に考えたらどれだけの労力を必要とすることか。
風系と水系の魔族に加護を与えてもらい気候を穏やかにしてもらい、土系の魔族に土壌から改良して貰わなければいけないだろう。
それから植物系の魔族に、この地に適した植物を育てさせてから、木を伐り出して建物の基礎作りから…
俺の配下を全て動員して、植物を育てて森を作るだけで5~10年はかかるだろう…
伝説の時空魔法を使えたとすれば、多少は時間を短縮できるかもしれないが存在すら伝説でしかないからな。
確か、ナカノ様が使えたと聞いた事はあるが、実際に使用したところは見た事が無い。
「いや、2~3分って…どうやって?」
「知らない。タナカ様曰く、複数の魔法を使えば簡単だと言われたが、その魔法の全てが簡単な魔法じゃないことだけは理解できた。凄いだろう」
何故俺達を裏切ってタナカ殿の配下になったばかりのこいつが、こんなに偉そうにしてるのかは分からないが、俺も一つだけ分かった事がある。
タナカ殿を裏切るには命がいくつあっても足りないだろうという事だ。
「次の場所に行く」
ボクッコが俺の裾を引っ張って、嬉しそうに前を歩き始める。
「おいおい、そんなに急かさなくても」
「次はここで2番目に感動した場所だ! 早く来い」
ボクッコがニヤニヤしながら俺の手を引っ張って行く。
まあ、この城を2~3分で作ったという事実だけで、これ以上驚かされる事はきっとないだろうと言えるのだが。
そして連れていかれたところは浴場だった。
室内には木で出来た大小様々な浴槽があり、軽く10~15人は入れるだろうものから、2~3人しか入れないだろうものまであったが、それぞれで用途が違うものらしい。
中には水の入った浴槽なんてのもあった。
「これは、水棲魔族用か?」
「ふっ…これだから無知は困る。こっちに来い」
無知って…お前もここに来るまで知らなかっただろう。
なんとなく小さい子を相手にしている気分になり、一挙手一投足が可愛らしく許容してしまう。
タナカ様と上手くいくといいな…
そんな事を思っていると、小さな部屋に入れられる。
な…なんだここは! 地獄か何かか? それともここだけ砂漠の中で結界が張ってないとか?
案内された部屋は、二重の扉付いていて外の扉を閉めてから内側の扉を開くようになっていたが、室内が以上に暑い。
「ここはサウナーというらしい。汗を掻くためだけの部屋らしい…そして、ここで火照った身体でこの水風呂に入る。凄く気持ちが良い!」
ここでもエッヘンという声が聞こえてきそうなくらいに、ボクッコが大きく胸を反らす。
しかし、サウナーというのか…それにしても、ちょっと魅力を感じるな。
確かにここの風呂には驚いた。
北の世界では、皆が皆こんなに風呂に情熱を燃やしているのか。
こっちの世界じゃ、魔族でもよほどの上位主じゃないと浴室なんて持っていないし、せいぜいが天然の温泉を利用するくらいだ。
それすらも、一般の魔族には解放されていない。
人間にしても、王城やよほどの金持ちしか持っていないと聞く。
魔族の統治下の人間なら、誰も持っていないだろう。
「ここだけじゃない…外に出ろ」
それから浴室の奥にある扉から外に出ると、だだっ広い石で出来た温泉が広がっている。
奥には滝のようなものが降って来る場所があるが、驚いた事にあれもお湯らしく肩や首を打たれる事で疲労が軽減されるらしい。
「どれだけ風呂に本気なんだよ!」
「これも、思いつく度にタナカ様がすぐに作り出す。まあブルーもすぐにタナカ様が何かを作ってもいつもの事かとしか思えなくなる」
「ああ…ってブルーって。まあ良いけど」
腕を組んでウンウンと頷きながら、ここでもタナカ殿の自慢を聞かされる。
もう、こいつはダメになったんだな…二度と大魔王軍に寝返る事は無いだろう。
そして…いずれ俺もそうなるのかと考えると、薄ら寒い気分になってくる。
「女性用には、岩盤浴なるものも作ってもらったが、あれは格別! 身体の芯からあったまるし、美容にも良いと聞いた」
「そ…そうなのか? それは良かったな」
「ムフー! もっと褒めて良い」
いや別にお前を褒めてる訳じゃないんだけどな。
しかし、大魔王様に対しても、そこまで忠誠を誓っているとは思えなかったが、もしかしてタナカ殿は本当に出来た魔族なのか?
「そして、最後がボクの一番のお気に入りだ」
そう言って連れていかれたのは、えっと? 机が並べられた部屋?
椅子が無いが、床が畳で丸くて薄い、これまた畳みたいに草が編み込まれたものがある。
クッションかな?
一番奥が一段上がっているが、あそこにタナカ殿が座るとしてみんなでここで食事でも取るのか?
「これは実際に体験するまでのお楽しみだ。ボクからは何も言わない…でも自信がある」
「そこは自慢しろよ! 逆に気になるだろ?」
フフンと笑うだけで、絶対に教えてくれる気は無いらしい。
てことは、ここの食事に自信があるという事か?
「で、その食事は誰が作ってるんだ?」
「それはタナカ様だ!」
「えっ?」
「はっ! しまった!」
流石はボクッコだ…根本は変わって無かったが、俺の聞き間違いじゃなかったらタナカ殿が作ったって言ってたような…
「まあ、食べてみたら分かる、これ以上喋ったらボロが出る」
「えっ? ていうか、タナカ殿が直々に食事を作ってくれるのか?」
コクコクと首を縦に降ると、口に手を当てる。
まあ、良いか。
実際に夜になれば、本当か嘘か分かるだろう…
その日の晩、この部屋で俺はこれ以上無いくらいの衝撃を受ける。
そして食事を取った俺はもう駄目になってしまったことを悟った。
これは反則だ…タナカ様を絶対に殺させることは出来ないし、俺も死にたくなくなった…
きっと他の連中もそうなのだろうな。
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