第18話:青騎士に会ってみた(後編)

「なあ? もう諦めたら?」


 あれから3分間くらい、ブルータスの攻撃を受け続けたが罅すら入らない。

 ひたすら斬撃を続けるブルータスに、流石にうんざりしてきたが一向に諦める様子も無い。

 そしてブルータスが攻撃の角度を変えてみたり、連撃を放ったりもしているが俺の障壁は揺らぎもしない。

 全くもって生産性の無い時間だというのに、その顔に諦めの表情は微塵も無いのが不思議でならない。


「はあ、はあ…化け物め! これならどうだ【氷ノ太刀】!」


 直後、ブルータスの持つ剣が氷に包まれる。

 それどころか、甲冑から漏れ出る冷気が周囲を包み込む。

 周囲の気温が一気に下がるのを感じるが、冷寒耐性も持ってるから意味ないけどね。


「さ…寒い」

「私も…」

「ちょっと! お前らは俺の後ろに隠れてろ」


 と思ってたら、2人の子供が冷気に当てられて震え始めるのを、慌てて少女が身を盾にして守ろうとする。

 普通の人間に、この寒さは堪えるのか…


「おい、辰子」

「うん!」


 俺が辰子に声を掛けると、辰子が結界を張って冷気を防ぐと3人を守るように前に躍り出る。

 流石に龍の子だけあって、この程度はお手のものか。


「寒さが和らいだ?」


 少女がビックリしているが、辰子は当然と言った様子でふんぞり返っている。

 それにしても、この状況で俺の肩で欠伸をしているウララは相当な大物だと思えてくる。


「ちっ! あんな小娘に防がれるような冷気じゃないってのに」


 忌々しそうにそっちにブルータスが目をやる。

 まあ、そんな隙を見逃す俺じゃありませんけどね。


「ふーん…お前は氷を使うんだな? じゃあ、このくらい余裕だろ? 【虎々婆フフバ】」


 俺が地獄級魔法を発動させると、周囲が一瞬で凍り付く。

 可哀想に巻き添えを喰らった豚も、目を大きく見開いた状態で氷漬けにされる。


「ばっ、馬鹿な! 第4位地獄級魔法だと! くそっ!」


 慌ててブルータスが氷による防壁を展開するが、それすらも飲み込み極寒の冷気が襲い掛かる。

 荒れ狂う暴雪が通り過ぎると、ブルータスの全身が氷に覆われる。

 というか、周囲の建物まで凍り付いている。

 ちょっとやり過ぎたかも…なんて事を思っていると何かが俺の障壁にぶつかる。

 ブルータスの斬撃よりも遥かに強い一撃だ。


「パパのばかー! いきなりそんな魔法使わないでよ!」


 後ろを振り返ると、必死の形相で結界を維持する辰子がこっちを睨み付けている。

 まあ、俺の娘ならあれくらい防げ当然だな。


「はは、ゴメンゴメン! お前なら大丈夫だろうと思ってさ。ほら大丈夫だったろう?」

「何が大丈夫よ! 一気に魔力を吸い取られちゃった!」


 辰子がゼーゼー息をしながら、大量の汗を流している。

 くっそ寒い冷気の魔法の中で汗をかけるなんて中々大したものだ。

 とはいえ、結構疲弊しているみたいなので魔力を分け与える。

 そんなやり取りをしていると、パリンと氷の割れる音がする。


「400年魔族やってるけど、第四位地獄級魔法なんて初めて喰らったぞ!」


 ブルータスの鎧は、あちこちに罅が入っている。

 それどころか、こいつも今の一撃を防ぐ為に大量の魔力を消耗したらしい。


「ん? そうなのか? ちなみにまだやるのか?」

「ああ、勿論だ! そんな極大魔法を放っておいて魔力に余裕があるとも思えないし、大方とっておきだったんだろう?」


 そう言ってブルータスがニヤリと笑うが、残念。

 この程度の魔法いくらでも、撃ちたい放題だ。


「えっ? パパなら第一位地獄級魔法も使えるよ?」

「えっ?」


 辰子の言葉に、ブルータスがキョトンとする。

 うん、辰子の言う通りだ。


「ああ、なんなら披露してやろうか? 炎熱系と、氷雪系どっちが良い?」


 辰子の言葉を肯定する俺の発言を聞いて、ブルータスの表情にようやく焦りの色が見え始める。

 とは言ってはみたものの、これ使うと殺しちゃいそうだしな。


「ハッタリだ!」

「はっ? 圧倒的有利なのはこっちの方なんだけど? ハッタリなんか言ってなんの意味あるんだ?」


 俺はそう言いながら、右手に魔力を集中させる。

 まあ、いきなりぶっ放す事も出来るが、少しは考える時間を与えてあげても良いかなと。

 優しいな俺。


「仮にそうだとしても、精々が撃てて1発ってところだろ? まあ、その1発を防ぐのが至難なのだが」


 何を言っているのかね、チミは…

 口で言っても信じて貰え無さそうだしね…

 どうしたら理解出来るかな? 


「なあ、辰子はどのくらいまで使える?」

「うーん、氷雪系は苦手だけど、炎熱なら第三位くらいまでは」


 辰子が頭の後ろで腕を組んであっけらかんと答えるのを聞いて、ブルータスが肩を震わす。

 それから大声で笑いだす。


「ハッハッハッハッ! そんな子供聞いた事が無い! ならば放ってみるが「【焦熱地獄ヘルフレイム】」


 あっ、酷い…

 ブルータスが、ガチで焦った表情で襲い来る熱気から身を守ろうとするが、防げる訳も無く体中を灼熱の炎が包み込む。


「まあ、パパ程広い範囲に撃てる訳じゃないけど、対象が1人ならね」


 そんな事を言いながらニヤニヤと笑っている。

 割と性格が悪いな…誰に似たのやら。


「はあ、やり過ぎだ…」


 俺が魔法でブルータスの身体に纏わり付く火を消し去ると、全身大火傷の状態でブルータスがその場に倒れ込む。


「う…そだろ?」


 それでも意識があるあたり、流石は四天王か…

 まあ、いいや。

 その傷を魔法で治療すると、ブルータスの前に歩み寄る。


「なあ、まだやるのか?」


 それから再度、手に魔力を込めるとようやく諦めたのか、大きく溜息を吐くと首を横に振る。


「無理…だな」


 ブルータスがそう言って立ち上がろうとするので、手を貸すとその手を掴んで起き上がる。

 それから、罅だらけの剣をこっちに差し出す。


「俺じゃあんたには勝てそうもない。だが大魔王様を裏切る事も出来んのでな…俺の核には大魔王様から楔を打たれている。裏切れば、核を破壊されるようになっている」


 あらあら、抜け目のない事で…

 まあ、俺にとっては何の意味もないけどね。


「だから、せめて敵の手で殺される方がまだマシだな…裏切って死ぬという汚名を背負うくらいなら…」


 そう言って覚悟を決めて目を閉じる。

 つっても、俺が折角気に入ってやったのにそんな事で諦める訳無いだろう。

 俺はブルータスの胸に手を当てると、核に中野の魔力を感じたのでそれを闇の魔力で包み込んで消し去る。


「これなら、俺の配下に加わっても問題無いよな?」

「おいおい…これじゃ言い訳すらできねーな」


 一瞬こっちをチラリと見たあと、自分の胸に手を当てる。

 それから自分の状態を理解したのか、ブルータスが一度天を仰ぐと、片膝を付いて頭を下げる。


「敗者は勝者に従うのみだ」

「ああ、これからよろしく頼むな」


 どうやら今度こそ、完全に諦めてくれたみたいだな。

 それにしても鬼の配下か…ますます、俺の日本式魔王城の構築が捗る。


「えっ? じゃあ私が勝ったから、青鬼さんは私の子分?」

『はっ? 』


 辰子がいきなり変な事を言い出したから、2人ともつい素っ頓狂な声を上げてしまった。

 が、確かにそれも悪くないな。

 実質、俺の直属の配下ばかり増えているが、俺1人で統率を取るよりも組織化するなら、それぞれに役職と上下の立場を付けた方が良いだろう。


「ははっ、確かに今の俺じゃあ、そこのお嬢ちゃんにも太刀打ちできないしな…タナカさんさえ良ければ」

「ああ、俺は構わないぞ」


 俺がそう言うと、辰子が嬉しそうにニンマリとする。

 子供に買い与えるおもちゃにしては、高価過ぎる気がするがただの子供じゃないしな。

 まあ、良いだろう。


「やったー! 初めての子分ゲット! 宜しくね! えーっと…」

「ブルータスです」

「可愛くない名前だけどいっか…ブルータス!」


 にしても、ブルータスか…裏切られる気しかしない名前だな。

 近いうちに改名した方が良さそうだ。


「で、おチビちゃん達はどうするんだい? 俺の城に来るならそれなりの生活は保障するよ? その代わりちゃんと仕事もしてもらうけど」


 若干放置気味だった孤児3人に声を掛けると、男の子だけはキラキラとした視線をこちらに向けているが、ほかの2人は完全に放心状態だった。


「これが魔族同士の戦い?」

「お姉ちゃん…怖い…」


 女の子が怯えて、少女の陰に隠れてしまったが、そこは料理上手魔王様。

三分調理キューピー】を使って、女の子の好きそうなクリームが中にたっぷり入ったミセスドーナツのエンゼルフレンチを作り出してちらつかせる。


「俺の城で頑張ったら、たまにこういったのも食べられるんだけどなー」

「ちょっ! 悪魔か! この子を食べ物で誘惑するな!」


 俺の突然の行動に、少女が慌てて女の子の目を隠すが時すでにお寿司だ。

 チラッと見てしまったのだろう…見た事も無いだろう美味しそうなリング状のパンのようなお菓子を。

 その陰から、チラチラと俺の手元を見ようとするのが分かる。


「パパは本当に優しいから安心して」


 辰子の言葉に、少女が溜息を吐く。


「ルカだ!」

「ん?」

「俺の名前はルカだ! この子はユミ…それからあっちの男の子がシュウ! その娘には守ってもらったからな…お前の城を見に行くだけ、見に行ってやろう」


 少女が唐突に名前を名乗ったのでびっくりしたが、どうやら釣れたらしい。

 悪いが、俺の城に来たらもう戻る気は無くなると思うけどな。


「ちなみに、砂漠のど真ん中にあるから勝手には逃げ出せないけどいいか?」

「ちょっ! 折角覚悟を決めたのに後だしで変な事を言うなよ! つっても、どうせここに居ても3人とも共倒れだろうしな…」

「まあ、嫌になったら言えばいい、いつでもここでも他の村や町でも好きな所に連れて来てやるから」


 俺の言葉にホッとした表情を浮かべるが、魔族をこんなに簡単に信用するのもどうかと思うけどな。

 まあ、ルカの言う事も間違いじゃないしな。

 ここに居ても、よほど運が良く無ければ餓死するだけだろうし。


「それで、ブルータス。お前が守護してた塔に南の女神が封印されているんだろ?」

「ああ、その事は特に隠し立てしてる訳じゃないから言うが、俺の担当していた塔の地下に女神は封印してある」

「そうか…」


 俺はそれを聞くと、町の向こうに見える塔に転移する。


「お前! 誰だ!」

「邪魔だ!」


 門の前に、猪の門兵が2人居たが一発で意識を刈り取ると、中に入って真っすぐ地下に向かう。

 地下を降りてすぐに目の前に大きな門が見える。

 その前にこれまた蜥蜴の魔族…リザードマンが2人程門を守っていたが、そいつらの意識も一瞬で刈り取ると門を破壊する。

 中には色々な管に繋がれた大きなクリスタルがあり、その中に1人の日本人らしき女性が居たのでその女性だけを転移で救い出すと、2人でまたまたブルータスの前に戻って来る。


「あれっ? あっ!」


 俺が南の女神らしき女性を抱き抱えているのを見て、ブルータス驚愕の表情を浮かべていたが、すぐに諦めたような納得したような表情に変わる。


「こんな簡単に連れ出されたら、四天王が守護していてもなんの意味もないですね…」

「ははっ、あんなので俺を止められる訳ないじゃん。まあ当分目を覚まさないだろうし、一度俺の城に戻るか」


 俺の言葉に、乾いた笑いを浮かべるブルータスと、あとついでに氷漬けの豚も連れて全員で新魔王城に転移すると、慌てて4人の魔族と、一匹の大蛇が出迎えてくれる。


「これはこれは、お早いお…帰り…で?」

「あっ! 青騎士様ね!」

「まずいですね! 裏切りがバレたのですね!」

「お前ら落ち着く…タナカ様が連れて来たという事は、こいつも同類」

「お帰りなさいませ、主様」


 3人が俺の横にいるブルータスを見て固まるが、ボクッコだけは冷静に状況を判断したようだ。

 この4人の中では、ボクッコが一番優秀かもしれないな。

 荒神は全く気にしていない様子だったが。


「お前らも捕まってたのか…まあ、俺も人の事言えないけどな。俺はこちらの辰子様に仕える事になった。今度は上司じゃなくて同僚? いや後輩か? まあ、宜しく頼むわ」


 ブルータスが軽めに挨拶をするが、ボクッコ以外の3人はどう反応したものかと困ったような表情を浮かべている。


「ああ、この城の事は貴方よりは詳しい。なんでも聞いて」


 すげーなこいつ! 元上司に対してもこの切り替えの早さは、感心するわ。


「ふんっ、貴殿も主様の素晴らしさをこれから嫌という程思い知らされるだろう。精々変な気を起こさぬようにな」


 それから荒神が、ブルータスに対して釘を刺す。

 というか、割と大物感あふれる感じになっちゃってまあ…

 確かに、ブルータスと比べても荒神の方が頭一つ抜けているだろうが。


「いや、ここ本当に南の砂漠のど真ん中にあるのか? 南の大陸には砂漠は1つしかないが、どうやったらこんな森林が出来上がるんだ?」

「タナカ様なら当然!」


 何故かボクッコが偉そうにしているが、頑張ったの俺だからね? 

 つっても、魔法でちゃちゃっとだから頑張ったとも言い難いか…


「ははは…これが砂漠の中?」

「凄いねー、お姉ちゃん!」

「うん、なんか神秘的というか、とっても落ち着く」

「パパが1人で、一瞬で作り上げたんだよ! 凄いでしょ!」


 人間3人組もこれまた驚きを隠せないようだ。

 とはいえ、ルカだけは若干遠い目をしているが、他の2人は気に入ってくれたようだ。

 そして、何故か生まれてもなかった辰子が自慢げにしているが、まあそれも可愛く見えてくるから不思議だ。


 取りあえず、人間3人の為の住居も用意しないとな…

 流石に魔族と同じ建物はまずいだろうしね。



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