その880 下種く、卑しく、聖女的に1
「お邪魔しまーす!」
意気揚々と扉を開けた先にいたのは、冒険者ギルド受付員であるネム。その奥にはニコルの姿もあった。
「ミケラルドさんっ!」
ミナジリ共和国にいる俺が、ミナジリの冒険者ギルドに赴く事は現在ほぼほぼない。だからこそ、他の冒険者たちは目を丸くして驚いていたのだ。
ネムが嬉しそうに手をぶんぶんと振っているが、俺の背後にいる人物に気付いたのか、その動きが徐々に鈍くなっていく。
「聖女……アリスさんですっ?」
先程のパレードをネムも知っているのだろう。
すぐにアリスの存在に気付いたようだ。
アリスは慣れない冒険者ギルドに少々緊張しているようだが、それ以上の疲労が彼女を支配している事だろう。
それもそのはずで、アリスは今の今まで
アリスは、前に完走出来なかったレベル8、9、10のゲームをクリアしたものの、どれも一回だけでクリア出来た訳ではない。
幾度もの試行錯誤の後、四時間もの時間をかけてクリアしたのだ。
魔力的、体力的、精神的に疲れている状態で冒険者ギルドにでも来れば、疲労が表情に色濃く出てしまうのも無理はない。
「ど、どうしたんですっ? 初代オリハルコンズですよね?」
と、嬉しそうに聞くネム。
すると、ニコルが空気を読み取ったのか、
「ミケラルドさん、奥へどうぞ」
そう言って奥にある応接室へと通してくれたのだ。
とは言っても、ニコルはミナジリ冒険者ギルドの要。
応対するのは俺担当のネムである。
「それで、アリスさんを連れて来るなんてどうされたんです?」
ネムの質問に、俺は軽く答えた。
「冒険者がギルドに来る理由なんて、一つしかないでしょう?」
「そりゃあ……お仕事、ですよね?」
何故、疑問形なのかは疑問である。
「今、
「えぇ、その通りです」
「なので、
言うと、ネムは一瞬驚いた様子だったが、すぐに肩を落として言った。まるで、呆れているかのように。
「あのですね、ミケラルドさん。ご存知かもしれませんが、当冒険者ギルドがミナジリ共和国に置かれている事をご存知ありませんか?」
「存じております」
「では、そのミナジリ共和国の元首が優秀な事もご存知ではないんですかね?」
「部下が優秀なおかげで助かってます」
「そんな優秀な方々がおられたら、
「確かにその通りですね。私なら、ランクAくらいまでの綻びは
「じゃあ、ミナジリ共和国にそんな大層な依頼なんてないってわかるでしょう」
だいぶ回りくどい事を言われてしまったが、つまりそういう事だ。ミナジリ共和国には
「えぇ、なので、世界中の冒険者ギルドに確認をとって頂きたいんですよ」
「っ! ほ、本気ですかっ!?」
「転移で直接行って調べてもよかったんですけど、ネムさんを通すのが正解かなと思いまして」
「その口調、いつものミケラルドさんらしくありませんねぇ……」
「ビジネスモードみたいなものですよ」
普段、ネムとはもっとフランクに話すが、ここはある意味商談の場。このくらいの線引きがちょうどいいというものだ。
俺の言い分を聞いた後、ネムはちらりとアリスの方を見た。
「アリスさんはよろしいんですか?」
「は、はい。問題ありません」
それを確認すると、ネムは口をへの字にしてから腕を組んだ。
「ん~、わかりました。でも、冒険者ギルドとして私が確認するからには、それだけの
「担保なんて難しい言葉知ってたんですか?」
「ば、馬鹿にしないでください! この前、勉強して覚えたんですー!」
最近じゃねぇか。
「それで、担保というのは?」
「照会した依頼の内、三割はお引き受け頂きたいという事です」
「確かに、照会しておいて何も引き受けないのでは、ギルドをおちょくっているともとられかねませんからね」
「そういう事です」
「まぁ、大丈夫ですよ」
「へ?」
「全部引き受けるつもりですから」
「へっ!?」
驚いて立ち上がったネムが、バッとアリスを見る。
しかし、アリスは口をヒクヒクさせながらも何も言わなかったのだった。
◇◆◇ ◆◇◆
ネムは明日までに調べておいてくれるそうで、俺たちはミナジリ邸へと足を向ける。
道中、アリスが俺に聞く。
「ネムさん、でしたよね? いつもあんな感じなんですか?」
「いつもはもっとフランクですよ。今日は少しプレッシャー強めでした」
「容赦ないですね」
「そりゃあ今回は聖女アリスのマネージャーですから」
「マネージャーって……」
「アリス」
「へ!?」
途端に顔を赤らめるアリスちゃん。
「俺、じゃんじゃん仕事とってくるからな!」
直後、アリスは顔を真顔に戻し、そそくさと歩き始めるのだった。
そう、俺を置いて。
しかし、アリスはまだ気づいていない。
売れっ子アイドルの過密スケジュールが、一体どういうものなのかを。
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