その740 リィたんの帰還

 法王クルス、皇后アイビスとの【テレフォン】会談の後、俺は、目頭を押さえ、ホッとひと息吐いた。


「……ふぅ、これで数ターン様子見かな」


 傍らで見守っていたロレッソは、目を伏せて俺を労ってくれる。


「お疲れ様です、ミケラルド様」

「ありがとう。そっちこそ大丈夫? 結構忙しいんじゃないの?」


 聞くと、ロレッソは首を振った。


「概ね指示を出し終えたので、休憩をと考えていました」


 応援用のテーブルに視線を向けたロレッソ。

 そこには、既にお茶の用意があったのだ。


「おー……気付かなかった」

「それだけ気を遣っていたのでしょう。今回の件は武力というより精神をすり減らしますから」

「間違いない。まさか【真・世界会議】で結束した国同士がここまで荒れるとは、ねっ」


 執務席から立ち上がり、ソファに向かう。


「それだけ、国家間のやりとりはデリケートだという事です」

「ところで……」


 首を傾げるロレッソ。


「何で、お茶のカップが三つなの?」


 ソファに座りながら言う。


「間もなくリィたん様が――」

「――戻ったぞ、ミック!」


 どかりと元首執務室の扉を開け、意気揚々と登場するリィたん。

 リィたんは、目を丸くしたミケラルドの隣にどすんと豪快に腰掛けた。弧を描いた脚が組まれ、俺はそれをじっと見ていた。

 相変わらずよきおみ足である。

 ロレッソがどんな視線を向けていようが、俺はこれを直視する事をやめない。やめられない。


「ん? どうした、ミック?」

「あ、いや、なんでもないです」


 本人に気付かれればその限りではないのだ。


「え、リィたん、もう終わったの?」

「うむ、シェルフの冒険者ギルドの高ランク依頼は全て消化してきたぞ」


 鼻高々なリィたんに、俺も鼻高々である。

 まぁ、彼女にとってランクSやSSダブルに近い依頼はすぐに消化出来るだろう。


「最初の数回でリンダからSSダブルへの打診があってな。聖騎士学校も辞めたところだし、受けてきたぞ」

「おー! SSダブルになったんだ、おめでとう!」

「おめでとうございます、リィたん様」


 俺とロレッソの祝福に、リィたんは鼻の下を指で擦っていた。


「ふふふ」


 ガキ大将が照れてるのかな?

 そんな事を考えながら、茶をすする。


「リーガル国はレミリアだったな。順調なのか?」

「手をつけ始めたばかりだよ。でも、今のレミリアさんならすぐ終わるんじゃないかな」

「それは何よりだな」


 肩をすくめるリィたん。


「ミックはどうだ?」


 そう聞かれると、俺とロレッソは顔を見合わせて苦笑した。

 コトンと首を傾げたリィたんに、これまでの経緯を説明した。

 リィたんは終始耳を傾け、最後までしっかり聞いてくれた。

 リィたんも成長したなぁと感慨深いおっさんである。


「――という訳で、いたいけな女の子を口説くのが今回の目標だね」

「ふむ、概ねは理解した。しかし解せない点がある」

「ん?」

「そのゲバンを取り除けば済むのではないのか?」


 まぁ、リィたんはいつまでもリィたんだよね。


「ジェイルさんにも同じ事言われたよ」


 はははと苦笑する俺が言うと、リィたんは腕を組んで言った。


「それが正しい。どのような手段であれ、群れのボスや縄張りが攻撃されているのだ。害虫を取り除くだけだ。ミックの能力を使えば、やめさせる事も出来るしな」


 ロレッソが額の汗を拭う頻度が上がる。

 何で俺にはズバズバ言うのに、リィたんには言ってくれないのか。あ、「止めろ」ってアイコンタクトきた。


「あくまで最終的な手段だよ。この能力があれば、確かにゲバンの意識を操作して、大人しくさせる事が出来る。でも、それじゃクルス殿との友情を踏み躙る事になる。ゲバン殿は外交という正当な手札カードを使って、ミナジリ共和国を揺さぶってる。やり方は褒められるものじゃないけど、大国の王族としては真っ当だと思うよ。綺麗事なんだけどさ、人間界のルールでやるって決めたのなら、それは最後まで続けたい」

「ミックなりの意地という訳か」

矜持きょうじっていうのかな? でも、相手が外交できてるからだよ? もしゲバン殿が武力できたら、こちらも容赦はしない」

「なるほど」

「ところでロレッソ、その手拭いもう汗吸い取らないんじゃない?」


 言うと、どっと疲れた顔をしたロレッソが零す。


「休憩だったはずなのですが……」


 しょぼんとしてしまった。


「そろそろ頃合いだと思うんだよね」

「何がでしょう?」

雷龍シュリのミナジリ共和国正式加入」

「…………確かにそうかもしれません。シェルフとの問題も感謝という結果で終わったので、このタイミングならば公表してもいいかもしれませんね。リィたん様はいかがでしょう?」

「ミックが決めたのなら異論はない」


 あのスタンピードを通じて、リィたんと雷龍シュリは意思疎通が出来たようだ。というより、初対面が初対面だったしな。

 雷龍シュリがこちらについた事を喧伝出来れば、ミナジリ共和国は更に発言力を増す。だからこそ気をつけなくてはいけない。

 既にミナジリ共和国は、世界を滅ぼすに足り得る武力ちからを有しているのだから。

 拳を握る。

 強く、その震えが自分に伝わらないように。

 そうしないと、アレがまた目醒めてしまうような気がしたから。


「……よし、公布してくれ」

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