◆その737 謁見という名のナニカ
巨大なダイヤモンドはオリヴィエの知らない形状でカットされていた。現在、世界ではポイント・カットと呼ばれる単純な六面体〜十二面体の宝石類が主流である。
しかし、ミケラルドが法王クルスのために用意したソレは、明らかに姫の知識を凌駕していた。
貴族社会に慣れ親しんだオリヴィエでも見た事のない眩い輝き。一瞬、そのダイヤモンドに目を奪われていたオリヴィエは、ミケラルドの言葉によって我に返る。
「ラウンドブリリアントカットと呼ばれる
「っ!」
カット数を聞いただけで、その技術の高さを理解したオリヴィエ。
ミケラルドの隣に控えるナタリーも、オリヴィエの隣にいるクリス王女もまたうっとりと羨ましそうな顔をしている。
「こ、このような貴重な品、頂いてもよろしいのでしょうか?」
「なに、こころばかりの謝意と思ってくれと、クルス殿に伝えて欲しい」
「承知致しました。では、法王陛下へそのようにお伝え致しますわ」
震える手で箱を閉じるオリヴィエ。
「ははは、よろしく頼む」
言うと、ミケラルドはオリヴィエの隣に視線を移した。
「このような再会を果たすとは運命とはわからないものだな、ライゼン殿」
「ふふふ。聖騎士学校の生徒たちが寂しがっておりますぞ、ミケラルド様」
「後程、改めて挨拶をしよう」
「はっ、心よりお待ちしております」
次にミケラルドが見たのは、クリス王女。
「クリス殿も壮健なようで何よりだ」
「先日は本当にありがとうございました、ミケラルド様」
コクリと頷いたミケラルドが、オリヴィエに視線を戻す。
「オリヴィエ殿、旅の疲れもあるだろう。まずは、迎賓館にて疲れを癒すといい」
「過分なるご高配に感謝致します」
再びカーテシーをしたオリヴィエは、下がろうとした。
しかし、ミケラルドはそれを止めたのだ。
「あぁ、すまない」
「……何か?」
「エメリー殿はどちらにいるのかな? 挨拶をしたいのだが?」
「と、仰いますと……?」
「何かおかしな事を言ったかな?」
そこまで言うと、オリヴィエはようやくミケラルドの発言の意味を理解した。
ミケラルドは、勇者エメリーがここに来ているという確信している――という発言をしたのだ。だが、実際にはそんな事はない。エメリーは法王国にいるのだ。いる訳がない。
オリヴィエが不可解に感じたのも束の間、彼女は理解する。
「勇者の盾と名高い聖騎士団の団長と副団長がいらしているのだ。ここにエメリー殿がいないのはおかしいと思ったのだが……?」
一瞬顔をヒクつかせたオリヴィエだったが、
「……ご安心くださいませ。先日、聖騎士団団長の上位に父ゲバンが着任致しました」
「ほぉ、では、エメリー殿はゲバン殿がお守りしているのだな。後程、エメリー殿にゲバン殿の印象を聞かせてもらおう」
「っ!?」
「ん? 何か不都合でも?」
「い、いえ、そのような事は。ただ、陰ながらお守りしているため、ゲバンはまだエメリー殿とお会い出来ていないかと存じますわ」
「確かに、その方がエメリー殿の心的負担も少ないか。いや、失礼をした。
目を細めてオリヴィエを見るミケラルド。
「……武勲の高い者から礼をしたいという、ゲバンの公正な判断なのでしょう」
そこまで言うと、その後はロレッソが締めた。
「オリヴィエ殿、大したもてなしは出来ませんが、ごゆるりとお休みくださいませ」
「それでは、失礼致しますわ」
そう言うとライゼン、クリスと共にオリヴィエは去って行った。ダイモンが謁見の間の扉を閉めると同時、ミケラルドは両手で顔を覆って嘆いた。
「あぁ~……今の絶対、性格悪かったよね」
「卑屈なまでに」
ロレッソが言うも、
「いつものミックだったよ」
ナタリーはくすりと笑ってミケラルドをいじった。
「どっちかっていうと、王様っぽいミックのが変だったよ」
「え、元首っぽく見えたでしょう?」
「『ほぉ』とか『ふむ』とか笑いそうになっちゃった」
ナタリーがニコリと笑って言うも、ミケラルドは苦笑で返す事しか出来なかった。
「あれでよかった?」
ロレッソに聞く。
「えぇ、公式の場でクルス様を落とさず、ゲバン殿の印象を悪くする。とはいえ、流石はこの任を命じられただけはあるご令嬢ですね」
「うん、かわし方も上手かったよね」
「ミケラルド様の攻め方も絶妙でした」
「そう? なら頑張った甲斐があるよね。あ、でも、個人的にゲバン殿から手土産もらったし、何かあげた方がいいよね」
「二十分の一程の大きさのあのダイヤくらいならば適当かと」
「そんな小さくていいの?」
「あの加工技術を考えれば、十分と言えましょう。それに、クルス様との差異が大きさによってわかれば、ミナジリ共和国、ひいてはミケラルド様が、法王国の誰を重視しているか周囲に知らしめる事が出来ます」
「あー、確かにそうだね。わかった、準備して届けさせよう」
「それがよいかと」
ロレッソが目を伏せ言い、ミケラルドはナタリーに視線を戻した。
「ナタリー、昼食でもどう?」
言うも、ナタリーは不可解な行動をしていた。
自分を指差し、微笑んでいるのだ。
「ん?」
首を傾げるミケラルド。
そこへロレッソの耳打ちが届く。
「私にもダイヤをよこせ、というお顔です」
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