その727 事実

 大暴走スタンピードの翌日。

 俺は、勝手に建てた、、、、、、とされる北、東、南の土壁を元の土に戻す作業に追われていた。

 ミナジリ共和国に備蓄していたマナポーションがすっからかんになったり、俺の腹が水っ腹になったりと色々大変だったが、その日の夜には何とか全ての土壁を元に戻す事が出来た。

 それを見届けた法王国騎士団のアルゴス騎士団長が俺に言った。


「それでは……ミケラルド殿……」


 アルゴスは俯き、申し訳なさそうに言った。


「えぇ、仕方ありません。事実は事実ですから消す事なんて出来ませんよ」


 苦笑して言うと、アルゴスは書状を開き声を張り上げた。


「ミナジリ共和国元首ミケラルド・オード・ミナジリ殿! 法王陛下クルス・ライズ・バーリントン様のご命令により、国外退去、、、、を言い渡す! これより我ら法王国騎士団が貴殿をリーガル国境まで護送致します!」


 これが、法王国の決定。

 法王クルスは最後までこの決定に抗ったものの、俺がやった事を考えれば当然の帰結と言えた。

 俺が奴に意識を奪われた時、奴は俺の身体を使い、法王国にとって様々な悪影響を及ぼした。


 法王国民からの魔力吸収。

 騎士団、及び聖騎士団からの魔力吸収。

 そして何よりいけなかったのが法王クルス本人への――攻撃。

 多くの目撃者がいる中、これを行使したのは奴だが、そんな事は目撃者にはわからない。つまり、俺がやったという事実に何ら変わりないのだ。

 奴が法王クルスに攻撃し、更にはとどめを刺そうとした時、俺は気付いた。法王国と築き上げた交友関係が全て白紙……いや、マイナスになってしまったのだと。

 馬車に乗り込む俺の下に、勇者エメリーと聖女アリスが駆け寄って来る。


「「ミケラルドさん!」」


 心配そうな二人だったが、俺は手をヒラヒラとさせていつものように振る舞った。


「大丈夫大丈夫。国外退去で済んだだけよかったでしょ。賠償金とかないみたいだし?」

「そんなの、そんなの当然じゃないですかっ!」


 アリスの怒りは、俺の目を丸くさせた。

 強く握った拳は震え、その顔はとても悔しそうだった。


「私――!」


 エメリーが言う。


「私、お休みもらったらミナジリ共和国に行きます!」

「うん、ありがとう。そろそろ良い段階だと思うから、二人とも時間を見つけてウチにおいで」


 エメリーは苦笑を浮かべる。

 きっと、彼女の意図は別にあったのだろう。

 おそらく、勇者エメリーがミナジリ共和国に行く事によって、世間に対しその親交をアピールするため。そんな優しいプランが、彼女の中にあったのだろう。

 俺は二人に手を振ってから、そそくさと馬車の中に入った。もしかして、二人の悔しそうで悲しそうな顔を、見たくなかったのかもしれない。


「ふぅ……」

「聖騎士学校追い出されちゃったー」

「特別講師がクビ……か」

「私の学園生活が……」


 先に馬車に入っていたナタリー、ジェイル、そしてリィたん。

 三者三様に今回の問題について嘆いている。めちゃくちゃわざとらしいけどな。


「すみませんでした」


 しかし、この謝罪は必要だろう。

 三人に頭を下げ、迷惑を詫びると同時、ナタリーがスコーンと俺の頭をはたいた。


「ミックは悪い事してないでしょ!」


 ぷんぷんナタリー丸である。


「何、良い経験が出来た。我らの真実を知る者が多いのは、せめてもの救いだろう、ミック?」


 いつでも師匠のジェイル君。


「いざとなったらいくらでもやりようはある。お前は龍族に認められた数少ない存在なのだからな」


 いざとなったら法王国を滅ぼしそうな顔ですね、リィたんさん。

 俺は自分を指差し、にやりと笑いながら言う。


「法王クルス暗殺未遂犯」

「あ、それ歴史上初めてらしいよ!」

「ミックも出世したな」

「何しろ我があるじだからなっ!」


 と、ミナジリの皆がいつも通りなのは、ありがたい事だし、嬉しい事である。

 幸いな事にルークへの追求はなかった。おそらく法王クルスが口を割らなかったのだろう。これから法王国との交渉も、アーダインに会うのも全部ルークがやるしかないだろう。

 まぁ、特別講師からも解放された事もあり、今後は国益を優先させ、国力を蓄える方向にシフトしようと思う。

 法王国は勿論、シェルフ、リーガル国、リプトゥア国、特にガンドフとの国交を増やしていきたいところだ。


「何よミック? 国外退去なのに笑っちゃって」


 そういうナタリーも笑っているのだが?


「今回は色々準備不足がたたったからね。ミナジリ共和国で出来る事を考えてるだけだよ」

「あ、それ気になる! ねぇリィたん?」

「何をする? ミックのためなら何でもしよう」

「ミック、新しいレシピの事を忘れていないだろうな?」


 ナタリーもリィたんもジェイルも……俺は本当に素晴らしい仲間に恵まれた。


「ところでリィたん、ジェイルさん、気付いた?」


 言うと、ナタリーだけが小首を傾げた。


「へ? 何々?」


 ナタリーの疑問は二人に向かう。


「無論気付いている」

「ミナジリ共和国まで付いて来るつもりだろうな」


 そこまで言うと、ナタリーは目を閉じ意識を集中させた。

 すると、この四人が乗る馬車を追う者の魔力に気付いたようだ。


「この魔力って……」


 俺はナタリーに頷く。


「レミリアさんだよね?」

「魔人との戦いで自分の不甲斐なさを痛感したのだろう。おそらく聖騎士学校も辞めてるだろうな」


 ジェイルの言葉にナタリーが驚く。


「うわー大胆!」


 剣聖レミリアが、再びミナジリ共和国にやって来るようです。

 何にしても、面白い事にはなるだろう。

 大暴走スタンピードも終わり、法王国を追い出され、俺の人生の中では中々にキリがいいところだろう。

 こういう時は、様式美としてこうつづっておくのが正解なのだろう。


 ――俺たちの物語は、まだ始まったばかりだ、と。


 ま、過去にもやったし、二番煎じどころじゃないけどな。

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