◆その690 龍の使い

「な、なんという事だ……!」


 シェルフのローディ族長の息子ディーンが空を見上げる。

 大きな音と共に扉から出て来たディーンの妻アイリス、そしてローディ族長。

 それどころではなかった。この大事件はシェルフ全体で起こっていた。

「あれは……炎龍ロードディザスター!?」


 シェルフの民は空を指差し言った。


「嘘だろ!? 地龍テルースだ!」

「木龍グランドホルツもいるぞ!」


 民から民へ、誰がどこにいようともその情報はローディ族長の下へ届いた。ここに駆けつけるダドリーとバルト。


「「族長!」」

「……うむ」


 ローディ族長は一度頷いた後、じっと空を見た。

 大空で弧を描くように飛び、駆ける炎龍ロイス。その中心にいる存在――雷龍シュガリオンと目が合う。

 木龍クリュー、テルースもこれに気付き、人化しながら族長の家に降り立つ。

 四龍の登場に自ら膝を折るエルフたち。

 それは、ディーン、アイリス、ローディ族長とて例外ではなかった。


「なははは! 私が炎龍ロイスなの――もご!?」


 口を押さえられ名乗りをテルースに止められる炎龍ロイス


「んー!? んーんー!?」


 炎龍ロイスが唸る中、ローディ族長が小さく口を開く。


「こ、この度は我らシェルフにどのような――」

「――誰が開口を許した?」

「「っ!?」」


 それは、雷龍シュリの神の如き一言だった。

 ただひたすらに平伏するエルフたち。その顔、その身体に噴き出す脂汗。ガチガチと歯を鳴らす者までいた。

 テルースは穏やかに、炎龍ロイスはキョトンと小首を傾げ……しかし雷龍シュリ木龍クリューの視線は違った。

 その迫力、その威光は、皆の心臓を鷲掴わしづかみしているかのようだった。事実、彼女たちにはそれを成せるだけの力を有していた。


 ◇◆◇ ◆◇◆


 これをミナジリ共和国から捉えていたミケラルドとリィたんが渋い顔を見せ合う。


「あいつら、シェルフを滅ぼすつもりかよ……」

「そんなつもりはないだろうが……まぁ、これが本当の龍族というやつだ。過去、生意気にも逆らった国を滅ぼした事もあるからな。エルフは人間に比べれば長命だ。龍族の伝説がこれ程有効的な相手もいないだろうな」

「まぁ、俺もまだ龍族全員とやりあっても勝てないだろうしなぁ……ん? どうしたの、リィたん?」

「……いや、そんな事を言えるのはミックか霊龍れいりゅうだけだろうな、とな」

「ははは、最強が遠いなぁ~」

「ふっ、頑張ってくれ」


 ◇◆◇ ◆◇◆


 二人がそんな会話をしている頃、シェルフにいる雷龍シュリはようやくシェルフ来訪の意図をエルフたちに伝えた。


「お前たちは何をしている?」

「……と、仰いますと?」


 ローディ族長が聞くと、雷龍シュリは荒い鼻息を吐いてから言った。


「知れた事。SSダブルダンジョンが攻略されたという情報は既に得ているはずだ。何故SSSトリプルダンジョンの入り口を封鎖している?」


 雷龍シュリがそう言っただけで、皆は理解した。

 ミナジリ共和国の元首――ミケラルド・オード・ミナジリが言っていた事が事実だったと。

 しかし、この場には【聖域】がダンジョンであるという情報すら知らない者もいた。だからこそ、木龍クリューはこう付け加えたのだ。


「待て雷龍、これより西にある精霊樹。ここにあるダンジョンをこやつらは知らぬのかも知れないぞ?」

「そ、そこは精霊樹の聖域……古くより何人にも触れさせず、エルフだけの場所となっております……!」


 震える声で、しかしローディ族長は龍族の意思をくみ取って言った。


「ほぉ、確かに霊龍れいりゅうは言っていた。古の盟約の話をな」

「い、古の盟約……ですか?」

「お前のような小僧、、が生まれる前の話だ」


 雷龍シュリはあえてローディ族長を若輩者として扱った。

 それにより、ローディ族長ですら知らぬ事実を伝えるために。


霊龍れいりゅうは古きエルフに対し、ダンジョンの守護者を任せた。『来たるべき時まで』その盟約の対価として、シェルフには霊龍れいりゅうの加護がある」

「加護……?」

「何だこれも知らぬのか。何故シェルフが他国よりモンスター被害が少ないと思っている?」

「何とっ!?」


 驚きを露わにするローディ族長たち。


「時は来た。今こそダンジョンの封印を解くのだ。我らは霊龍れいりゅうの使いとしてここへ来た。まぁ、誘いに乗らなかった龍族もいるがな……」


 それが水龍リバイアタンリィたんであると、皆が理解していた。この場にいないリィたん。ミナジリ共和国の意思をそこに見出した。

 しかし、同時に理解したのだ。ミナジリ共和国の影響力を。

 それをいち早く見抜いたのはバルト商会のドン、バルトだった。


(お、恐ろしい……龍族は既にミナジリ共和国の、ミケラルド殿の価値を理解している。だが、一体何故? 何故、雷龍シュガリオンはわざわざそんな事を言う必要があった? まるでミナジリ共和国は関係ない。我々の意思だと強調したいがためのように聞こえる。これはもしや……!)

「【聖域】とやらは元々我ら龍族の所有物。霊龍れいりゅうの顔を立て、事を荒立てるつもりはないが、早々に返さねば龍族の怒りを買う事になる。それだけは努々ゆめゆめ忘れるでない……!」


 飛び上がり去って行く四人の龍を見上げるバルト。


(もしやミケラルド殿は……既に五色の龍を手中に……?)


 この日の内に、シェルフは【聖域】開放を決定した。

 冒険者ギルドを通し、ミケラルドにそれが伝わるまでそう時間はかからなかった。

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