その661 しっ、見ちゃいけません!

「どうでしょう! この! 私の! 腹踊りはっ!?」


 うねうねと動く我が腹。

 腹に描いた法王クルスの顔が様々な表情に変わる。


「はははは! いいぞブボル! もっとやれ!」

「そんな特技があったとはなっ! ガハハハハ!」


 豪快に笑う盗賊ども。よし、掴みはバッチリである。

 俺は【歪曲の変化】を使い、このブボルという男に成りすました。そして、門番の疲れを癒すために就寝したブボルに代わり、宴会の席に立ったのだ。

 ブボルがこの場に戻ってくる事はない。

 ブボルのテントでは眠り薬を香として焚き、明日の昼くらいまではぐっすりである。本来であれば闇魔法【催眠スモッグ】を使ってもいいのだろうが、出来るだけナタリーにでも出来るような攻略法のが望ましいだろう。念のため、後でナタリーに【催眠スモッグ】を教えるのもいいかもしれない。


「ひゃはははは! マジかよコイツ! 本当に俺様の靴を舐めやがったぜっ!」

「ふほほほほ! このわたくしめの舌でボスのお靴様をピッカピカにしてさしあげましょうぞっ!」

「はははははははっ! 最高の気分だぜ! おいブボル、他になんかねぇのか!?」


 法王国は南東の深い森の中――ブボルは今や時の人となっていた。それこそ俺はブボルを演じながら何でもやった。腹踊りに靴舐め、過去に振られた女の話(嘘)、盗みに入ってその家の女房と間男の浮気現場を旦那が目撃していた修羅場に遭遇したとか(大嘘)。たとえ彼らが捕まったとしても、この記憶は一生残り続けるだろう。話した俺でさえ爆笑するくらい面白がっていたのだから。

 ブボルのカースト位置こそ変わっていないが、酒を呑彼らは今、この次に俺が何をするのか、それが気になって仕方ない程には俺に興味を持っているようだ。


「ふむ、そうですね。皆さんも酒が回ってきた事でしょうし――」


 そう言って俺は、皆に食後の箸休めを提案した。

 最初はもっと盛り上がるものをやれと煽られるも、そこは口八丁手八丁くちはっちょうてはっちょう……その場で料理をしながら面白おかしい話でもしてやればいいのだ。

 当然その中には遅効性の眠り薬が混入している。

 皆の気分を良くさせ、味だけは美味い料理を口に運ばせれば、事は上手く進むのだ。


「……うーん、こんな感じかな、ナタリー?」

『さ、流石に騎士団の人たちも驚くと思うけど……』


 深い眠りにつき、雁字搦がんじがらめに縛られた盗賊たちを吊るし上げ、更には文化祭の入り口かのように垂れ幕をかける。ダイイングメッセージのような血の走り文字。だが安心して欲しい、これは獣の血を使っている。

 垂れ幕に書かれた内容は――【騎士団さん、いつもありがとう!】の一言。

 ナタリーの下に戻った俺は、爽やかに言った。


「盗品はギルドに届けましょう」

「あ……ぅん」


 何故かナタリーはドン引きである。おかしい、一国の元首として素晴らしい活躍をしたと思うのだが?

 ナタリーがマスタング講師の耳に届かないよう、小声で聞く。


「あ、あのお腹の踊りはやっぱり……あっちの世界で覚えたの?」

「んや? こっちで暇な時に覚えたよ?」

「……冒険者が靴を舐めるって聞いた事がないんだけど」

「そりゃ靴を舐めたなんて周りに言えないでしょう」

「うーん、多分、皆やってないと思うんだけど?」

「あんなに受けがいいのにっ!?」


 少しばかり驚いてしまった。

 そういえば、どこの冒険者歴が長いアーダインやディックに聞いた事もないし、世の創作物に出て来る主人公たちは舐めてないかもしれない。何故だ……こんなにコストパフォーマンスがいいのに……!?

 呆れを通り越して、何かを諦めたようにナタリーがジト目で言う。


「まぁいいよ……ルークが言いたい事は何となくわかったし、私なりに盗賊討伐やってみる」

「あ、これ」

「これって……【催眠スモッグ】の魔導書グリモワール?」


 流石ナタリー、今回の依頼で必要なものが何かを理解していたようだった。


「そう、これがあれば――」

「――うん、これをお願いしようと思ってたの」


 なるほど、既にナタリーの中でプランがあるようだ。

 しかし、今回の盗賊たちと、ライゼン学校長が用意した聖騎士とうぞく相手ではやや難度が変わる。

 だが、ランクBの魔法使いであろうと、これを攻略する事は出来るはず。

 何故なら、直接的な関与こそ出来ないが、サポートに俺を置いているのだから。手札が増えるというだけではない、ナタリーの頭の中にあるプランは、きっと俺をこき使いまくるものなのだろう。

 ふふふふ、どんどんこき使ってもらおうじゃないか。

 ナタリーが成長すれば、オリハルコンズも成長する。そして、失われし魔法――【伝説級魔法レジェンダリーマジック】を使えた理由もわかるかもしれないからな。

 夜も遅いが、俺とナタリーはギルドに報告すると共にライゼン学校長が用意した指定任務へ向かう事にした。

 これには、心優しきナタリーの配慮があった。


「マスタング先生……寝不足になっちゃう」


 そういえばそうだった。

 特殊任務だという事から、俺とナタリーは講義が免除されるが、マスタング講師はこれが通常勤務。本来、相手を見極めるだけならば半日もあれば可能なのだが、日を跨ぐ事になるとは、多分ライゼン学校長も考えてないのだろう。

 ナタリーの優しさが垣間見えた直後、俺は気付いてしまった。

 もしかしてナタリーは今夜中にケリをつけようとしているのではないか、と。くすりと微笑んだナタリーに、俺は背筋を凍らせるのだった。

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