その660 ミケラルド式盗賊討伐パート2

 ランクB相当の魔法使いが、法王国を根城にする盗賊をたった一人で制圧する。そんな夢物語があっていいものだろうか。現実は非常に厳しい。たとえ夢物語の主人公だとしても、多少なりとも肩書は必要だろう。

 勇者であるとか、賢者であるとか、右腕に邪龍を封印しているとか、開眼すれば相手が石化してしまう魔眼を持っているとか、失われし血脈の子孫で覚醒の余地がまだあるとか……他にも色々あるだろうが、ナタリーのスペックとして考えれば光魔法に適正のある鬼軍曹……あたりだろうか。決断力、判断力、そして魔力は優れているものの、腕力は並み。

 答えはそう、やはり夢物語である。

 俺だって【血の連鎖ブラッドコントロール】や【チェンジ】があるから、攻略が出来るだけであって、それだけのスペックで挑むとなれば死を覚悟する他ない。

 しかし、ナタリーが光魔法使いという事であれば、【チェンジ】に近い【歪曲の変化】という魔法が使える。

 ただ、これの使いどころは非常に難しい。

 使うにしても、彼らの根城の中にまで入り込まなければならないからだ。正面から使って門番を前に入れる訳がない。その時点で知ってる顔は門番だけなのだから。

 自分のドッペルゲンガーが出て来たとしても、それは戦闘になる事、必至なのだ。


『ルーク、どうするの?』


 ナタリーが【テレフォン】越しに小声で聞く

 本来、【テレパシー】を使った方が声が漏れなくていいかもしれないが、今回はマスタング講師の監視が付いている。ミナジリ共和国のナタリーが公に使えるとしたら噂になっている【テレフォン】と【ビジョン】系の魔法を使うのが最適だろう。だから、この二つの魔法はナタリーから貰ったという設定である。彼女はミナジリ共和国の創設メンバーだから、それくらい可能なのだ。


「しばらく待ち一辺倒いっぺんとう……ですかね」

『ちょっとルーク、何してるの……?』

「何って、顔に泥を塗ってるんですよ」

『そ、そんな事までするの……?』

「まだまだ、こんなの序の口ですよ」


 それから身を伏せて五時間くらい経った頃だろうか。

 夜も深くなってきた事から、流石にナタリーが痺れを切らした。


『ずっと待ってるよね?』

「門番の交代を待ってますからね」

『ト、トイレとかどうするの……?』

「その場でするに決まってるじゃないですか」

『……ふざけてないよね?』

「それはこちらの台詞ですよ」

『うぅ……』


 あくまで俺の行動を見て応用してくれればいいのだ。

 たとえ俺が、この場でぶちまけ、下半身が大惨事になろうとも、ナタリーがこれを真似なくてもいい。

 俺がナタリーに見せなければならないのは、一筋の光明。たとえランクB相当の魔法使いであろうと、盗賊を倒す事が出来るという光なのだから。


「っ! 動いた」

『門番の交代……だね』


 木の柵に覆われた盗賊の根城。

 そこの門番はたった一人。この時点で、俺たちは交代して行った門番の顔、新たに門番としてやって来た者の顔……二人の顔を拝んだという事になる。

【歪曲の変化】で使う顔は勿論前者。だが、今すぐでは怪しまれる。最低でも十分、いや、二十分は様子を見なければならないだろう。

 そして重要なのは、正面からではなく、柵に沿って先程の男を装った俺が現れる事である。


「ん? どうした? ていうかさっき中に入っただろ?」

かしらに言われてよ、柵に穴が開いてたから塞げってさ。確かに通り抜けられる程のでっけぇ穴があったから、ついでに外周見ておこうと思ってな」


 そこそこもっともらしい言い訳を用意しつつ、情報を引き出す。


「そりゃ災難だな。それとアイツにはボスって言わねぇと怒られるぞ」


 おっと、予想だにしない情報ゲット。


「ははは、お前もアイツって言ってるじゃねぇか」

「威張り散らすしか能がねぇじゃねぇか、アイツ」

「じゃ、威張り散らされないようにさっさと終わらせるかね。気ぃつけろよ」

「おう」


 言いながら俺は盗賊の根城に侵入して行く。


「おい」


 しかし、呼び止められてしまった。

 やっべ、バレたか?


「な、何だ?」

「反対側は見なくていいのか?」


 そっか、確かに外周見ておくとか言ったもんだ。


「後だ後、先に飯だよ」

「へっ、そうかよ」


 中に入る事に成功した俺は、ホッと一息吐いてテントの陰に身を隠した。


『ルーク、今ちょっと危なかったでしょ?』

「ちょっと何言ってるかわからないですね……」


 それから俺は、まずは交代した門番を探した。

 口調は盗賊風にしておけば多少の誤差は何とかなるが、交友関係や盗賊の中での立ち位置ともなれば話は別である。盗賊の数は二十人程。中央の広場で豪快に呑んでるのがボスだろうが、どれも実力はランクB~Aというところか。その中でも一番強いボスが……ふむ、出会った当初のラッツ程だろうか。

 で、俺が狙うべき門番は…………ははは、いいね。周囲にへいこら、、、、している。

 素晴らしい、彼は盗賊内カーストで言えばそこそこ下位に属するようだ。きっと先程の交代した門番とほぼ同等なのだろう。まぁ、だから門番扱いなんだろうな。

 本来、門番は要職。そこそこの実力者が就くものだが、相手が盗賊ともなれば、こんな采配になってしまうのだろう。


「ふ、ふふふふ……」


 俺がそんな笑い声を零すと、ナタリーが更に声を落として言った。


『ちょっとミック、、、、ルークのキャラに合ってないんだけど……?』


 我はミケラルド・オード・ミナジリ。

 物理的に泥水をすすれる者なり……!

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