その658 ナタリーからの挑戦状1

 プリシラの面倒はコリン、リルハ、ヒルダがやると言って聞かないので、俺はほんの少しの日常へと戻ってきた。


「指定任務?」


 ルーク・ダルマ・ランナーの姿をした俺は、ナタリーにそう聞き返した。


「うん。聖騎士学校の特殊任務だよ」

「それってアレですよね? 卒業時の査定に関わってくるっていう……」

「そうそう。この任務をどれだけやって、どれだけ成功したかによって、騎士になるか聖騎士になるか決まるやつ」

「ナタリーさんだけ?」

「うん、こういうのは個別で決まるんだって。私が最初みたい」


 自分を指差して苦笑するナタリー。

 聖騎士学校の特殊任務となれば、ナタリーが言った通り聖騎士として認められるための絶対条項。この特殊任務の厄介なところは、講義として行われる任務じゃない事から、正規組が個人で雇っている護衛を付けられないという点だ。

 もし秘密裏に護衛を付けた事がバレると、一発で退学という恐ろしい措置がとられる。勿論、護衛を付けられないという観点から、任務を拒否する事が可能である。当然の事ながら、一定回数以上拒否が続けば聖騎士への道は潰えてしまう。

 その栄えある一番手が……何でナタリーなのか。ライゼン学校長め……校長の椅子におなら音が出るクッションでも置いてやろうか?


「でね? 一回目に関しては付き添いを連れてっていいみないなの!」


 なるほど、それならば納得である。


「それで、どなたを連れて行かれるので?」

「へ? ルーク君以外に誰がいるの?」

「リィたんさんとか?」

「リィたんはリィたんでルーク君を誘うって言ってたし」

「ん?」


 ん?


「あ、実はね、付き添い人は何回選ばれても大丈夫なんだって」

「何回選ばれる予定なんですかね?」

「ん~と……私にリィたん、エメリーちゃん、レミリアさんに……あ、メアリィとクレアさんもルーク君を誘うとか言ってたね」

「……何でそんな事に?」

「冒険者組はしたたかだから」


 さらっと言ったな、この子。

 確かに、聖騎士学校の最高戦力を隣に置くのは戦略的に間違っていない。

 現代ではそう思えないかもしれないがこの時、「人の迷惑を考えて行動しよう」なんて考えてはいけない。厚かましいくらいがちょうどいいのだ。何故なら、彼女たちは俺が断らない、もしくは断れないと知っているからだ。この戦略的判断は上に立つ者として非常に重要で、尚且つ、聖騎士にとって必要なものだ。

 つまり、俺を隣に置く事は、聖騎士学校にとっても評価の高い事なのだ。勿論、俺としても逞しく育っているようで安心している。

 この判断を遠目に見て「ルークの苦労をわかってない」とか「酷いやつら」と思う者こそ命を軽んじていると言えるだろう。

 命が軽い世の中……だとは言わないが、命の危険が隣り合わせの世界である以上、彼女たちの判断は非常に優秀と言える。


「あ、アリスちゃんはすっごい葛藤してた」

「ははは……」

「なんか、『くっ、見えないものまで見えてきた……!』とか言ってた」


 幻影まで見え始めたか。


「えーと、それで? 指定任務というのは?」

「盗賊退治」

「え?」

「だからー、盗賊退治だってば」

「……確か、ここは法王国だった気が?」

「そうだね」


 またさらっと言ったな、この子。

 ここは法王国。法王国は魔界を除けば世界一強いモンスターが生息している地域。だから優秀な冒険者が集まり育つのは道理である。そんな地域で盗賊退治となると、かなりの実力が必要。ライゼンめ……一体何を考えてる?

 ランクAの実力者だろうと成功しないような任務だぞ?

 法王国で盗賊退治……ラッツ、ハン、キッカの三人がいれば難なく、といったところか。

 ランクBになったばかりのナタリーでは無理。

 捕まってあんな事やこんな事をされた後、監禁コースまっしぐら。

 ……いや、待てよ?


「付き添いはどれだけ干渉していいんですか?」

「全部……と言いたいところなんだけど、基本的にはサポートだけ。だからきっと――」

「――ですねぇ。おそらく聖騎士学校から監視としてマスタング講師が様子を見ているでしょうね」

「出来るかな、私に?」

「見てみないとわからないですが、おそらくライゼン学校長の狙いはそこにないのかと」

「へ?」

「とりあえず行ってみましょう」


 特殊任務を受けた者は、午後の講義が免除となり、付き添いの者もこれに該当する。公式に抜けるという事もあり、珍しくルーク不在の聖騎士学校。当然、入学以来目立っていたルークがいないとなれば、皆も気付くだろう。

 聖騎士学校が命に関わる任務を始めたという事に。


 ◇◆◇ ◆◇◆


「ル-ク、伏せて!」

「私は見つかりませんからご安心を」

「んもう、何でこんなに回りくどい事、、、、、、するの?」

「任務の前に依頼を受けてはいけないという決まりはないですよ。つまり、別の盗賊退治を引き受けて見本を見せる事も問題ないという事です。ですよね、マスタング講師」


 ちらりと後ろを振り返ると、そこには筋骨隆々系講師のマスタングが難しい顔をして立っていた。


「むぅ、私の隠形を見破るであるか……」


 森の中に築かれた盗賊の根城。

 さて、一体どうやって攻略したものか。

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