その646 バルリンダドリー1
「さて、ダドリー。まずはミケラルド様、及びネム殿の案内ご苦労でした」
「いえ、まだ終わった訳では……」
ダドリーの任務は俺たちの案内人。
ダドリーの中では、俺たちを迎賓館に送り届けてやっと任務完了なのだ。
しかし、首を横に振ってそれを止めるのがバルトという男なのだ。
「君はここまでだ」
「え……? い、一体何故?」
「これからのここでの会話は、君の任務に支障をきたす可能性があるからだよ。安心したまえ、リンダ殿が代わりにお二人を迎賓館へ送り届ける事になっている」
ダドリーがシェルフギルドマスターのリンダを見る。
リンダは口を結んだまま、ダドリーの疑問に応える気はないようだ。これでは更なる疑問がダドリーの中で生まれるだろう。
そう判断したのか、バルトが口を開く。
「ミケラルド様、彼に話しても?」
シェルフの議題であるのにも関わらず、俺に許可を求める理由。それは、俺とダドリーとの関係悪化に繋がる可能性があるからだろう。
「これが理由で、私からダドリー殿を
「ミケラルド様……?」
それがバルトの求めている答えになったのかはわからない。
疑問を募らせるダドリーのためなのだろう、バルトはいくつか前置きしてから、今回の俺のシェルフ訪問の理由を話した。
「――【聖域】の調査……ですか」
ダドリーの表情は、複雑且つ重いものだった。
「驚くのも無理はない。我々だって先程族長に呼ばれて知った事なのだから」
「だから俺が案内役として……」
自分が今回の任を受けた理由を理解したダドリーは、ちらりと俺を見た。それはもう気まずそうに。
流石に気まずいが過ぎるので、ここで俺なりのフォローを入れてみようと思う。
「そうなんですよ、さっきからず~っと考えてたんですよね。『あ~、帰ったらダドリーさんも全部知っちゃうんだろうなー』って。『今は笑ってるのに、後でその記憶をどう消化するのかなー』ってね」
俺なりとは、つまるところの道化という事だ。ダドリーは、俯くばかりでこの
「ははは、ミケラルド様もお人が悪い。がしかし、彼も理解したでしょう」
ちらりとダドリーを見るバルト。
「案内役はここまでである、とね」
「それこそ人が悪いのでは、バルト殿?」
「確かに。しかし、我々には次代を担う優秀な若手を育成するという義務があります。これも彼への試練」
「目の前で仰いますか」
「どこかの元首殿のお言葉を借りるならば――陰口みたいな事はしたくないので」
まったく、俺とレミリアのやり取りをどこから集めてくるんだ、この狐商人は……。
「まぁ、自分の発言故、それには納得ですよ。……でもね、ダドリーさん」
「……え?」
「私からは、先程申し上げた通りです」
――――これが理由で、私からダドリー殿を敬遠する事はありませんよ。
「っ!」
「ご安心を。私は行動で示すだけです。ダドリー殿からの信頼が足りないのであれば、更にそれを積み重ねるだけですよ」
「本人を前に仰いますか。いや、流石はミケラルド様。確かに貴方にはそれを成す力がある。それがわかるからこそ、私も、そちらのリンダ殿も今回の件を呑み込めたに過ぎない」
俺がリンダを見ると、何か言いたそうではある。あるのだが、言葉を呑み込んでいるようにも見える。
彼女はエルフではあるが、冒険者ギルド内部の職員でもある。きっとその葛藤はバルトの比ではないのだろう。
「先程、我々を含むシェルフの重鎮たちが族長の家に呼び出されました。【聖域】の話を聞き、中には『戦争』を口にする者もおりました」
「おやおや、そんな事を私の前で言ってもよろしいんですか?」
「無論、老人のたわごとです。我々にそんな武力がない事は
「勿論です。それともバルト殿は私がそれを蔑ろにしていると感じたのでしょうか?」
首を横に振るバルト。
「シェルフを牛耳っているとさえ言われるバルト商会の頭として言わせて頂きますが……見事、本当に見事という他ありませんよ。方々への根回しを考えただけでゾッとします。しかし、ミケラルド様はそれを乗り越え、シェルフへやって来た。同じ商人として尊敬を覚える程です。ぐうの音も出ないとはこういう事を言うのだと実感しているところです」
「それにしては多弁では?」
「これは愚痴ですよ、弁論とは違います」
「ははは、公式に訪れた元首に愚痴ですか」
「ですが、ここからは違います」
「どう違うのか楽しみですね」
俺が肩を竦めて言うと、バルトは人差し指を立てて俺に提案するように言った。
「実は先程の会議に、【テレフォン】を用いてメアリィ様も参加されておりました」
「へ?」
何故ここでメアリィの名前が出て来るのか?
俺はそれが疑問でならない。彼女はミナジリ共和国のシェルフ大使ではあるが、今はその任を母のアイリスに委ねている。一体何故?
「そこでメアリィ様が妙案を出されましてな」
「はぁ……?」
ハンパない狐商人が……
「『エルフしか【聖域】に入れないんだったら、私がミケラルド様と結婚して、強引に一族に入れてしまえばいいじゃないですか』……とね」
何それ笑える。
……え、冗談だよね?
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