その643 トップ会談4

「アーダイン殿、及び冒険者ギルドの正式な見解、確かに拝聴致しました。シェルフに対して、ここまで慎重に事を進めて頂いた事、族長として心より感謝申し上げる」


 ネムの目を見て、ローディ族長がそう言うと、ネムは少し気恥ずかしそうに俯き、隣に座っている俺にしかわからないような笑みを浮かべた。

 今回、俺は、ネムをここへ呼ぶためにアーダイン、そしてリーガルのギルドマスターのディック、シェルフ、マッキリーのギルドマスターのゲミッドに骨を折ってもらった。

 考えてもみて欲しい。既にネムは、新人とは呼べないまでも、中堅とも、ましてやベテランとも言い難い。たとえネムの先輩ギルド員ニコルであっても、シェルフの会談へ呼ぶのは難しい。

 ネムは冒険者稼業を始めたばかりの俺の担当ギルド員だが、ディックやゲミッドがそれだけでネムをシェルフへ送り出せる訳ではない。

 冒険者ギルドが絶対中立なのは今も昔も変わらない。しかし、そこへ出資するスポンサーをないがしろに出来ないのは事実だ。俺はネムを指名するようアーダインに交渉をした。

 当然、それには理由がある。

 それは、彼女が持つ特殊能力である。

 サマリア公爵令嬢のレティシアは悪意を色で判別出来る【看破】の特殊能力を持っている。そして、リーガル国の国王ブライアン・フォン・リーガルは、俺の暗部の部下――ドノバンと同じ【魅了】の特殊能力を持っている。

 かつて、俺が冒険者ギルドに【聖薬草】と【聖水】の価格競争で商戦を吹っ掛けた時、ディックは俺をいさめるためにミケラルド商店に乗り込んできた。そこに同席したのがネムである。

 そんな場に新人とも呼べるネムを連れて来た理由は、果たしてネムの成長のためだけなのか。ネムの胆力を買って連れて来ただけなのか。答えはNOである。

 あの商談の時、ディックは明らかにネムに判断をうかがっていた。支部とはいえギルドマスターがギルド員に判断を確認する理由。それがネムの特殊能力にあった。


 ――特殊能力【真贋しんがん】。


 それがネムの有する特殊能力である。

 まぁ、要するにウソ発見器である。ネムはその目で視たモノの真偽を確認する事が出来る。

 あの商戦の時、ネムはこの能力を使っていた。だからこそディックはネムを連れて来たのだ。がしかし、俺はそもそも嘘を言わない吸血鬼にんげんなので、ネムを呼んだ意味はないし、徒労に終わっただけ……と言えば話はそれだけだ。

 しかし、事こういう会談の場ともなれば話は別である。

 俺は、アーダイン、ディック、ゲミッドの四人で話し合った時、ネムの能力について質問をした。アーダインさえ知らなかったネムの能力だったが、元とはいえ直属の上司であれば理解しているのだ。

 交渉の場において、ネムの存在がどれだけ貴重なのかを。

 それが決め手となり、俺はアーダインとの交渉の結果、ネムを冒険者ギルドの代表としてここへ連れ出す事に成功した。

 何度も言うが、冒険者ギルドは絶対中立。ネムの能力を悪用する事は出来ないし、ネムが俺に味方するような事があってもいけないのだ。


 だが、俺がネムの能力を知っているというだけで、交渉の幅が広くなるのだ。

 たった今、ローディ族長は何と言ったか? 冒険者ギルドの対応について心から感謝をしたのだ。

 そして肝心のネムの反応は? そう、照れ隠しをしながらも笑みを零したのだ。

 それだけで今日のネムの働きは十分だったと言える。

 ここでローディ族長が偽りの礼を述べていたとしたら、俺は選択を誤ってしまうだろう。しかし、ローディ族長はこれを受け入れ、前向きな返答ともとれる礼を述べた。そして、ネムがそれを正しいものだと見抜いた。

 最後の最後で慎重さを欠く事は許されない。

 これには世界の命運がかかっているのだから。


「父上……それは、ミナジリ共和国の要請に従うという事でしょうか?」

「違う」

「では、どういう事でしょう?」

「冒険者ギルドとミナジリ共和国の懇意に、甘えさせて頂くという事だ」

「父上!」


 ディーンはまだ若い。

 普段温厚そうに見えても、この激情っぷりを直さなければ族長としては難しいだろう。


「ミケラルド殿は決して口にしないでしょうが……」


 そう言いながらローディ族長は俺を見た。

 それは、族長というよりかは、やはり父親の目だった。

 お好きにどうぞ、俺はそんな視線をローディ族長に向けると、彼はコホンと咳払いをしてディーンを見た。


「ディーン、お前のその胸中にある判断は伝統を重んじるエルフとしては正しい。しかし、それは同時に他のエルフを殺す事に他ならない」

「そ、それは……!」


 そう、ディーンも馬鹿じゃない。言葉に詰まるのは当然だ。本当はわかっているのだから。


「アーダイン殿はこう仰った。『世界一の武力国家ミナジリ共和国。そこの魔族の元首がこれだけの譲歩と根回しと配慮をした』と。それは、ミケラルド殿であれば、シェルフを焼け野原にし、その後、悠々と【聖域】を調査する事も出来るという意味だ。建前が必要か? ならば水龍リバイアタン殿が【聖域】に踏み込めばいい。何故なら、ダンジョンは龍族のものだから。ダンジョンがあるかはまだわからない? ダンジョンは霊龍のもの? そんな些細な事や違いを民に伝えるのは困難だろう。このままでは【聖域】は我々の手から離れてしまう。この件をここで突っぱねれば、冒険者ギルドの干渉は確実。その結果、ダンジョンが見つかったならば、それはかつてないシェルフの大問題。シェルフは糾弾され、エルフは迫害され、我々は生きる場を失う。魔族の手先とすら言われるだろう。そんな事を……ディーン、お前は同胞に背負わせるつもりか?」


 それは、雄大で雄弁……且つ、理知的な父親の言葉だった。

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