その545 深夜の密会

「へぇ、やっぱりレックスの勇者の剣は、ジェイル師匠が魔界に持って帰ってたんですね」

「そうだ。だが、魔人が使っていた剣が、あの時の勇者の剣だったと聞かれれば『そうだ』と言い切れない私もいる」

「うぇ? それってどういう事です?」

「考えても見ろ、勇者レックスは若くして死んだ。つまり現在のアイビス皇后もそれだけ若かったという事だ」

「という事は、あの時代のアイビス皇后が聖女として【聖加護】を行使し、造った勇者の剣には……私をあれだけ追い詰める力はなかった――と?」

「そう思う」

「わからないものですね」

「間近であの剣を見られれば或いは……だが、今の私が魔人に近付くのは危険が過ぎる」


 今の私――か。

 この言葉だけで、ジェイルが今どれだけ自身を追い込んでいるのかがわかる。

 この一年でジェイルの魔力、体術は向上し、Z区分ゼットくぶんの領域へ足を踏み入れた。彼ならば今の魔族四天王を圧倒する事が出来るだろう。

 しかし、魔人を前にした時、ジェイルの実力では心もとない。いかに剣術を極めようともあの魔力量と攻撃力を前にしては成す術がない……というより見当たらないのが現状だ。

 ジェイルにリィたん並みの魔力が宿れば、或いはリィたんにジェイル並みの剣術が宿れば拮抗する事は可能かもしれない。だが、魔人の強さを体感した身としては、あの戦力は世界の外の力と言わざるを得ない。

 ゲームの中盤から裏ボスに挑むようなおかしな状況。

 俺の力は世界の外から得たものも大きい。しかし、それでも俺以上に強い者が確実にいる。だからこそ、俺は更なる実力を付けなければならない。

 聖加護の力を行使した魔人、雷龍シュガリオン……まだ見ぬ霊龍や魔王。

 そして、覚醒したエメリー……か。


「行くのか?」

「えぇ、そろそろ時間ですから」

「気を付けていけ」

「はい」


 ジェイルの気遣いに見送られ、夜中……俺はミナジリ邸を抜け出した。

 変装した姿は勿論【デューク・スイカ・ウォーカー】。

 ときの番人として、闇人やみうどとして、俺は闇の仕事仲間であるカンザスとナガレに会う。

 とはいえ、定期報告だ。会えないかもしれない。

 というのも、分裂体エメラが誘拐された事により、ジェイルとフェンリルワンリル率いる捜索隊により、周囲の山狩りが行われたからである。

 その直後に、あの小心者のナガレと慎重なカンザスがこの場に戻るのか。そう考えながら、いつもとポイントをずらして集合場所を決める。

 そこにいつものような暗号を置き、待つこと十数分。

 やって来たのは――、


「ナガレ殿だけですか」

「何だい? アタシだけじゃ不満かい?」

「カンザス殿がいない理由を教えてくださるのであれば、不満はありません」

「ふん、棘のある言い回しを使うじゃないか」

「大方理由は見当がつきますけどね」

「言ってみな」

破壊魔はかいまパーシバルが原因でしょう」

「……ま、奴の寝返りがなけりゃカンザスがここにいたのは事実だよ」

「という事は……ナガレ殿は伝言を?」

「そういう察しのいいところがエレノアがアンタを気に入る理由だろうね」

「エレノア殿が?」

「本来であれば【失われし位階ロストナンバー】に任せるだけの仕事だよ、伝言なんてものはね」

「つまり、それだけ重要な伝言だと?」

「伝言自体は大したものじゃない。招集命令だよ」

「法王国へ?」


 コクリと頷くナガレ。

 たったこれだけの伝言に【ときの番人】の重鎮ナガレを使った。つまり、何が何でもこの招集命令を俺に伝えたかったという事だ。一体何故?


「三日後の午後十時――エレノアはときの番人全員を法王国へ呼んだ」

「っ!」

「こんな事、異例中の異例だよ。現在就いている任務を放り出して来いって事だからね」


 確かに、任務対象を見失うリスクもある。そこまでして俺たちを招集する理由とは?


「パーシバルの粛清が主だとは思うけど……ククク、面白くなってきたねぇ」


 どうしよう、全然面白くない。


「わかりました。三日後の午後十時、法王国のアジトで。……しかし、エレノア殿が私を気に入っている理由については理解出来なかったのですが?」

「アンタだけだよ、ときの番人から伝言を受け取ったのは」

「なるほど」


 ナガレの言葉に理解を示した後、俺はある事に気付いてしまう。


「ナガレ殿の【失われし位階ロストナンバー】もお忙しいので?」

「魔人以外の【ときの番人】の所在を把握しているのはアタシのところだけだからね。方々飛び回っているよ」


 確かに、周囲に魔力の反応はない。

 山狩りが良い方向に効果を見せたのだろう。

 そして、慎重なカンザスがいないという事は……彼に付き従う【失われし位階ロストナンバー】もいないという事だ。何故なら、彼のやり方では、彼の周囲しか失われし位階ロストナンバーでカバー出来ないからだ。

 つまり今、この場所には……俺とナガレしかいないという事なのだ。


「とても良い事を聞きました」

「良い事?」


 パーシバルが良い起爆剤になった。

 ようやく隠していた歯車を動かす事が出来る。

 リプトゥア国との戦争時、拳神ナガレが失った腕から得た血を有効活用出来る場は、この場をおいて他にない。


「ん……っ!」


【血の呪縛】を発動し、ナガレの足が一瞬もつれた。

 頭を抑えるナガレが、顔面をピクピクとさせながらゆっくりと俺を見る。


「お、お前……っ?」


 なるほど、流石はときの番人の重鎮。一瞬なりとも俺の【血の呪縛】に抗ったという事か。

 ナガレの目がぐりんと白目を剥き、大地に膝を突いた時……俺はナガレの支配者となっていたのだった。

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