◆その525 三王の脅威

「馬鹿なっ!?」


 背後をとられたのはリーガル国戦騎団。団長の【ネルソン】は後方を振り向きながら顔を引きらせた。

 明らかな強者。それがたった二人と言えど、その充実した魔力が警戒を色濃くさせた。馬を反転させようと手綱を強く握ったネルソン。

 しかし、それを止めたのは連合軍の指揮官だった。


『全軍前進!!』


【テレフォン】越しにミケラルドから聞こえてきた命令は、制限ではなく行動。

 ネルソンは一瞬その指示を疑ったが、ミケラルドの実績これまでかぶりを振らせた。


「リ、リーガル戦騎団! 前進!」


 後方に現れた脅威から逃れるように真っ直ぐ前進するリーガル戦騎団。

 これを見た魔族四天王スパニッシュ・ヴァンプ・ワラキエルが呟く。


「冷静ではないか、我が子よ」


 その隣を歩く大男――同じく魔族四天王の牙王がおうレオが言う。


「は! つまらん!」

「楽しむためにあんな窮屈な場所にいたのではない。仕事をしろ、レオ」

「少しは楽しませろ、スパニッシュ」

「獣の頭にはわからなかったか」

「捻り潰すぞ」

「やる事をやってからだ」

「ふん……ここまでは【リッチ】の言う通りか」

「恐ろしき奴だ。奴の智謀にかかればミケラルドの児戯などとるに足らん」

「じゃあその児戯ってやつを堪能しようじゃねぇか。さて、どいつが来るかな?」


 魔族四天王の二人が話していた時、ミケラルドは各所に指示を飛ばしていた。

 後方に現れたのは魔族四天王といえど二人。しかし、多くの人数を割く事は出来ないのだ。多くにとって、そこは確実なる死地。ならば選ぶのは少数精鋭。

 やがて、間もなくしてスパニッシュの前に現れたのは――、


「久しいな、ドゥムガ」


 元十魔士ダイルレックス種序列五位――ドゥムガ。


「てめぇにはたっぷりと借りがあるからな」

「そして、お前は……あぁ、以前ガンドフの地でミケラルドといた……確かラジーンと言ったか」


 元闇人やみうどであり、ミナジリ共和国ミケラルド近衛部隊隊長の――ラジーン。


「思い出すようなフリは結構だ。各部隊の情報くらい頭に入れてきているはずだからな」

「なるほど、ドゥムガと違って頭の回る男のようだ」


 ドゥムガの舌打ちを聞き流したスパニッシュが続ける。


「しかし、部隊の長が肝心の部隊から離れるとはそちらの指揮官の采配はお粗末なようだな」

「そちらこそ、ミケラルド様の智謀に脳が追いついてないようだな。部隊の長には予め代行者となるべき副官がいる。戦時下において、部隊の中央にいる隊長。その個人的戦力は混戦にでもならない限り必要ない。だからこそ、隊長がいつでも部隊を離れられる構成をミケラルド様がご考案なさったのだ」


 左翼、右翼の陣にいるミナジリ軍をちらりと見るスパニッシュ。


「なるほど、サイトゥとドノバンが左右の指揮を担ったか。だが、たった二人だけで我らを相手すると? それは些か夢を見すぎではないか?」


 すると、ドゥムガが言った。


「へっ、お前らなんざ俺様一人で十分だぜ」


 そう言うも、ドゥムガの言葉には無理があった。


「足が震えているぞ、ドゥムガ?」

「うるせぇ! こりゃ武者震いだ!」

「つまり震えているんだろう?」


 ニヤリと笑うスパニッシュに魔力が放出される。

 これを受け、ラジーンとドゥムガが後方へ跳び退く。

 同時に、ラジーンたちの隣に開戦と同じ現象が起きた。

 大地が爆ぜ、そこに歪な大地が刺さっていたのだ。そんな事が出来るのはこの戦場でただ一人。ミケラルド以外の何物でもなかった。

 ミケラルドが送り込んだ更なる援軍、それは――、


「ほぉ、勇者と聖女をこちらへよこしたか」


 牙王レオは、着地した勇者エメリーと聖女アリスを見て言った。


「なるほど、我が相手は貴様らという訳か」


 勇者エメリーはキュッと口を結び、聖女アリスは手に持つ杖を強く握って顔を強張こわばらせていた。


「ん?」


 レオは背後に気配を感じ、ちらりと振り返る。

 そこには細い双剣を構えるリプトゥア国の冒険者ギルド――そのギルドマスター【フレッゾ】の姿があった。


「私如きの剣が魔族四天王に届くかはわからぬが、ミケラルド殿の期待に添えるよう努力しようじゃないか」


 スパニッシュにはラジーンとドゥムガ。そしてレオにはエメリー、アリス、フレッゾ。このメンバーを見て、スパニッシュが言う。


「なるほど、数少ない手札にしてはまともな采配かもしれんな。もっとも、我らに対してたったこれだけでいいのか……という疑念は尽きないがな。っ! くっ!?」


 瞬間、スパニッシュがその場から跳び退いた。同時にそれはレオがいた場所にも起こっていた。

 スパニッシュがいた位置には前線にいるはずのグールの死骸。

 そして、レオが巨大な手で鷲掴みしているのもまた、グールの死骸だった。

 二人の視線の先にいたのは、最前線で壮絶な戦闘を繰り広げるミナジリ共和国の元首。


「……なるほど、超遠距離からこやつらを援護するつもりか」


 正に、スパニッシュの言う通りだった。

 ミケラルドは前線からグールという弾を使い、二人を狙ったのだ。

 これを見たレオが渋い顔を見せて言った。


「あれも一種の化け物だな。今の我らでは、、、、、、敵わんな」


 握っていたグールの頭部を握り潰しながら言ったレオ。スパニッシュは遠目に見えるミケラルドを睨み言った。


「ふん、それも時間の問題よ」


 直後、最後方へ配置された五人の顔が引き攣る程の魔力が辺りを覆った。

 充足した魔力が彼らを覆い、襲い掛かる。


「「さぁ、始めよう」」

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