その513 勇者エメリーのバックアップ

 ◇◆◇ エメリーの場合 ◆◇◆


「【覚醒】……か」


 戦争への参加を明言した後、ミケラルドさんは「用事がある」と言ってどこかへ消えてしまった。そもそも、私やアリスさんに直接会いに来る暇なんて、今のミケラルドさんにあるはずもない。

 でも、あの人は私たちのもとにやって来た。それが何を意味するのか、私もアリスさんもわかっていた。

 リプトゥア国への出発は今夜。ナタリーさんが連れて行ってくれるという。

 私たちはミケラルドさんと別れた後、女子寮に戻った。

 その途中、アリスさんは複雑な表情のまま私に言った。


「ごめんなさい」


 その謝罪が何を意味するのか、最初私にはわからなかった。

 でも、その後のアリスさんの説明でわかったのだ。


「ミケラルドさん、最初に私の部屋に来ましたよね……」

「……ぁ」


 たったそれだけ。その言葉だけでアリスさんの複雑な表情の意味を理解した。

 そう、勇者の【覚醒】には必要不可欠な存在、それが聖女だ。

 アリスさんは聖女の特殊能力【聖加護】を使える。

 この一年でアリスさんの【聖加護】の力は非常に強くなった。だけど、それが完全かと聞かれると誰もが首を横に振るだろう。

 勇者の【覚醒】である前提条件――聖女アリスの【聖加護】の完全なコントロール。それが出来ていない。だからこそミケラルドさんは私より先にアリスさんに声を掛けた。

 そして、アリスさんにはそれが理解出来た。私に対し謝罪したのは、その負い目からだ。私はこの謝罪をどう受け取るべきなのだろう。

 ただ一言「気にしないで」と言ったとしても、それはただの気休めなのだ。

 ミケラルドさんの口ぶりからすれば、戦争は間もなく。そんな中、そんな気休めが何になるだろう。私たちが万全の状態ならばそれも言えるだろう。

 けど、【覚醒】もしていない状況では……。


「……わ、私も頑張るから……だからアリスさんも……頑張ってね」


 私はアリスさんの目を見ずにそう言った。そう言うしかなかった。


「……うん」


 その力ない返事は、彼女の葛藤を大きく表しているかのようだった。

 今日が休みで良かった。こんな複雑な気持ちのまま、戦争なんて行ける訳がない。

 そう思い、私は外出する事にした。

 向かった先は、伝説のパーティメンバーの下。アリスさんも今頃、元聖女のアイビス皇后に会いに行っているだろう。

 家の扉をノックすると、中から出て来たのは――、


「何だエメリーじゃねぇか」

「こんにちは、オベイルさん。あの……イヅナさんいますか?」


 そう、ここは法王国のはずれにある剣鬼オベイルさんの家。

 外には炎龍ロードディザスターであるロイスさんが幸せそうに寝ている。

 オベイルさんは扉を開き、身を引いて奥にいるイヅナさんを見せた。


「――っと、そうだ爺。俺はちょっと出てくらぁ」


 そう言って、オベイルさんはそのまま外に出て行った。

 これはおそらく……気を遣わせてしまったのだろう。

 私はオベイルさんに小さく会釈してから家に入った。

 椅子に腰かけたイヅナさんが、対面の椅子をちらりと見、私に着席を促す。


「し、失礼します」


 イヅナさんとはリプトゥア国との戦争の後、少しだけ一緒に旅をした。

 聖騎士学校に入学してからは疎遠になってしまっていたが、彼は私がお手本にしている最高の剣士の一人だ。

 イヅナさんの対面の椅子に腰かけ、私はどう話を切り出すべきか考えていた。ここに来れば何かが変わる。そう思っていたがそうではなかった。

 そんな私を、イヅナさんは見透かすように言ったのだ。


「迷いが見えるな」

「あ……えっと…………はぃ」


 縮こまる身体。萎縮している訳ではない。でも、自分に自信を持てないのは確かだった。


「何があった」


 質問のようでそうでない。イヅナさんは、私に全てを任せるように聞いた。

 これはきっと答えなくてもいいのだ。だけど、その先に進まなければならないのであれば……――。


「戦争に……行きます」


 ピクリと反応するイヅナさん。


「リプトゥアに迫る闇……か」

「知っていたんですね」

「無論、私にも連絡は入る。だが、行けるかどうかは別だ」

「イヅナさんはやっぱり……?」

「うむ、ここを離れる訳にはいかんからな」


 そうだ。今、イヅナさんはここを離れられない。

 それは、炎龍ロイスさんの警護だけではない。闇ギルドの動きを考えたら、貴重な戦力をリプトゥア国に向ける訳にはいかないからだ。

 だからこそ、今回はミナジリ共和国が軍の指揮を執るのだろう。

 だけど、おそらくそこにリィたんさんは含まれない。

 今のミナジリ共和国はそれだけ大きくなっている。リィたんさんはここを離れられず、ミケラルドさんが陣頭指揮を執る。


「イヅナさん」

「何かな?」

「勇者レックスについて、教えてくれませんか?」

「……ふむ、これまで多くの事を話してきたつもりだが……レックスの何が知りたいのだ?」

「力……力についてです」


 すると、イヅナさんは口を噤み、テーブルにあるお茶を一口すすった。お茶を置いたイヅナさんは、すっとその場に立ち、壁に立てかけてあった剣をとった。


「外に出よう」

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