その502 プリシラの家
「何ですって……?」
俺は一瞬、プリシラが言っている事がわからなかった。
だが、プリシラは俺の前で儚く、しかし明るい笑みを浮かべて言った。
「つまり、これ以上先は視られないという事さ」
老化による能力の制限……という顔じゃない。
――――そうだよ、私は君に会いたくなかった。
それはつまり、
「そう、おそらく私は今日を最後にまともに動けなくなる。寿命ってやつだよ。なるほど、道理で今日はすこぶる調子が良い訳だ。頭では否定したくとも身体は今日が出歩ける最後だと知っていたみたいだね」
「あ、貴方には今日を今日だと選ばない選択もあったはずです……そうすれば――」
「――未来が変わったかも、と?」
「……そうです」
「確かに、君の下へ荷物を受け取りに行かないという選択もあった。けど、それでは私じゃない。散々この能力に頼ってきたんだ。今更この能力を否定する事は出来ないんだよ」
「……賢者とは思えない理屈ですね」
「そうかい? 古代の賢者も頑固だったと聞くけどね」
にへらと笑ったプリシラの言葉は、やはり理屈からきているものではなかったようだった。
そしてプリシラは俺を引き連れるようにまた歩き出した。
「行こう、我が家へ招待するよ」
足取り軽く、空気は重く。
俺はそれきり、何も言えずにプリシラの背中を見守った。
やがて森に入り、プリシラが指差す方へ歩き、歩き、歩き、歩いた。
まるで順路を違えばソコにたどり着けないかのような進み方。直線に歩く訳ではなく、ポイントごとに右へ左へ。そんな九十度が加算され、千の角度を超える頃、俺は何とも形容しがたい古びた家を見つけた。
「どうだい? 私のお手製だ」
「民族って感じがしますね」
自慢するプリシラの言葉通り、これはお手製なのだろう。
魔法を使った形跡のない……
「オホン、入ってくれたまえ」
「……キャラじゃないですよね」
「久方ぶりの客人だからね。テンションも上がろうものだろう?」
「ヒルダさんとは会ってないんですか?」
「彼女が
「確かに」
つまり、ヒルダが俺に手渡した手紙は、何らかの手段を使って、ここ以外で、直接的、
それだけで納得した俺は、プリシラに
「どうだい?」
外装に続き、内装もコメントが欲しい様子。
「狭いっす」
「なるほど、それが君のキャラという訳か」
「信頼は得られたようなので、いいかなと」
「まぁ、そうじゃなきゃこんなところに連れて来ないか。そこに座ってて。今お茶を出すから」
「どこに?」
「そこ」
なるほど、地べたに座れという事らしい。
流石にここで土塊操作を発動するのは違うと思った俺は、大人しくその場に腰を下ろした。
しかし、こんなところでお茶……どうやって作るつもりなのだろうか?
とか考えてたら、プリシラは普通に魔法を使い、水を出し、水を温め、お茶を作った。
「情緒は?」
「そんなものは犬に食わせておけばいい」
なるほど、賢者である。
「お手製のこの家は?」
「試用運転中に作った副産物だよ」
実に賢者である。
肉体の魔力的維持を作った時に、造ったのか。
お茶が入ったコップをプリシラから受け取ると、彼女は俺の隣にちょこんと座った。
「ところで、『ベッドから起き上がれないのにどう身体を維持すればいいのか』とか仰ってませんでした?」
「ついさっきの事だね」
「ベッドはどこに?」
「これまでは必要なかっただけだよ。まぁ、これからは必要になるだろうけどね」
「用意があるんですね」
「用意してあるところに行くのさ」
「ヘぇ」
プリシラとそんな話をしていると、俺は先の話を思い出した。
「暗い話に戻っても?」
「あれは光魔法の話だろう?」
なるほど、賢者だ。なんか色々悟っていらっしゃる。
「……それで、あの光魔法、私が【
「教わったんだよ」
「誰に?」
「賢者に」
「ここにいるプリシラさんも賢者と呼ばれていたのでは?」
「
「前代の賢者……という事ですかね」
「まぁそう言えなくもないね。私に魔法を教えてくれたのだから」
「では……」
そう言いながら、俺はギャレット商会にプリシラが流したアレを闇空間の中から取り出した。
「この打刀はどうやって?」
「もらったのさ、賢者に」
「プリシラさんの師匠に……」
飲み物を啜りながらこくんと頷いたプリシラは、どこか楽し気だった。
間もなく生き死にの世界に入るというのに、この陽気さは何なんだ。
いつ死んでもいいって言ってたし、悟るのはわかるがもう少し雰囲気が欲しいものだ。
だが、これでわかった。ここで終わって欲しかったが、プリシラの先にまだ一人……謎の賢者がいるようだ。
「……その方、ご存命で?」
「さぁ、どうだろうね」
行方の知れない賢者がな。
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