その388 聖騎士団長オルグ

『失礼します』


 ノックの前に響いてきた野太い声。

 法王クルスが頷くと共に、俺は扉へ手を掛けた。

 開けた扉の奥にあったのは、いかつくガタイのいい、浅黒い肌の男だった。

 彫りが深い濃い顔付き。一度会ったら忘れられなさそうなタイプの男である。

 鋭い目つきと物静かな佇まい。

 なるほど、神聖騎士しんせいきしの称号は伊達だてじゃないという事か。


「……イイ」


 神聖騎士も男だという事に、変わりはないという事か。

 だがオルグはディックとは違いすぐに職務へと戻った。

 ギンと目を光らせ、俺を威嚇するように見、そして法王クルスへ視線をやったのだ。


「陛下、オルグにございます。御用と聞き参上致しました」

「うむ、ご苦労。今しがた冒険者ギルドを介しアーダインの下へ情報が入った」


 オルグがアーダインをちらりと見る。

 その目には、敵意こそないものの対抗心のようなモノが見える。


「……と、仰いますと?」

「休みを与えられたお前の部下が、魔力を解放し町中を歩いているとな」

「何と、そのような事がっ!?」


 ふむ、この反応からするに、オルグも把握していなかった様子だ。

 という事は、オルグの配下が怪しいな。


「部下の取りまとめも大変だろうが、他国の民に迷惑をかけるのは感心しないな」

「はっ! すぐに原因を究明しご報告に上がります!」

「うむ、下がってよろしい」

「はっ! 失礼致します!」


 と、聖騎士団長とのやり取りは一瞬で終わってしまった。


「驚いたか、ミィたん?」


 法王クルスが聞く。


「えぇ、クルス殿がまるで王様でした……」

「そうだろうそうだろう……ん? そ、そうではない! オルグの実直さにだ!」

「あぁ、確かにそうかもしれません。問題のあった聖騎士だからこそ、もっとこう……――」

「――問題のありそうな聖騎士団長だと?」

「そう、それです。ですが、そうではなかった。ちょっと意外でした」

「そうだとも。オルグはこちら、、、側だからな。聖騎士学校への冒険者招致に乗ったのも彼だ」

「という事はやはり別の者が?」


 そう聞いたところでアーダインが言った。


「オルグは真面目過ぎてな。ヤツは知らない事だろうが、ハリボテ団長なんて揶揄やゆされる事もあるそうだ」

「それは……凄いですね。法王国に二人いる神聖騎士に対してそんな事言うなん……て? っ! そうか、もう一人……!」


 アーダインが頷く。


「神聖騎士【シギュン】。大半の聖騎士はシギュンの命令しかきかん。今回の騒ぎもおそらく」

「アーダイン」


 と、法王クルスがアーダインの口をつぐませた。


「悪い」


 まぁ、証拠もなくこれ以上言うのははばかられるのだろう。

 神聖騎士【シギュン】――名前からして女だろうか。


「シギュンさんは今回の護衛に?」


 そう俺が聞くと、


「いや、いない」


 法王クルスが答えてくれた。


「とすると法王国ですか」

「うむ、今回はオルグに一任している」

「それで、オルグさんとシギュンさんの力関係は?」

「言わずともわかるだろう。聖騎士団内は二つの派閥がある。一つはオルグ。もう一つは当然シギュンだ。がしかし、シギュンの求心力が異常でな。勝負にすらならない」

九対一きゅういちってところですか」

「それ以下だ」


 わお。


「それでよくオルグさんは聖騎士団長を続けられますね」

「当のシギュンがオルグを立てているからだ」


 何それ、怖い。


「そして、オルグはそのシギュンにご執心しゅうしんって訳だ」


 アーダインの言葉により、段々と聖騎士内部の相関図がわかってきたな。


「……つまり、オルグさんはシギュンさんに強く言えない」

「そういう事だ」


 肩をすくめて言ったアーダイン。

 そして、法王クルスが続けた。


「聖騎士学校の管轄は聖騎士団長のオルグのものだ。私とアーダインはシギュンの留守を狙い、オルグにこれを伝え、認可を出させた。少なからず邪魔が入ると思ったからな」

「だが、ここまでとは思わなかった。という事でしょうか」


 二人が頷く。


「……仕方ないですね」

「何がだ? ん?」


 法王クルスの言葉と共に、俺は自分の頭をトンと指差した。


『お二人に【テレパシー】を使うのは初めてですね』

『これは……【テレパシー】か!』

『ほぉ、これは面白い。吸血鬼の【超能力】か』


 アーダインと法王クルスが驚きを見せた後、俺は先程法王クルスがアーダインを止めた先を……いや、核心について聞いたのだ。


『それで、そのシギュンさんが闇ギルド員という可能性はあるのでしょうか?』

『……なるほど、そのための【テレパシー】か。……法王としては信じたくないところだな。お前はどうだ、アーダイン?』

『ふむ、聖騎士学校招致の妨害については、聖騎士のプライドを盾に冒険者を毛嫌いしているとも考えられる。オルグからはきっと『厳重注意した』って報告しか入らないだろうしな。シギュンが闇ギルド員かどうかはわからんが、これで終わるとも思えないな』


 だよな、誰だって身内の中に、それも法王国の象徴とも言える神聖騎士に闇ギルド員がいるとは考えたくはない。

 こちらの事はこちらで対処するとして、法王国にいるシギュンを気にしない訳にもいかないのだ。

 一旦話を終えた俺たち。

 俺は紅茶をすすりながら、再度【テレパシー】を発動したのだ。


『あ、リィたん? ミケラルドだけど』

『む、どうしたミック?』

『ちょっと調べてもらいたい事があるんだよね。実は――――』


 そう、俺たちは後手に回る訳にはいかないのだ。


『――――ほぉ、それは面白い』


 だからこそ、出来る事はやっておかないとね。

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