その377 名店

「うはぁ~……」


 見上げるは煌びやかかつ上品シックな装飾。

『知る人ぞ知る』とかリルハは言ってたが、こんなの知ってたとしても来られるものでもない。むしろ、俺なんかがこんな店に入っていいのか気になるところだ。


「デューク様でいらっしゃいますね」


 疑問形ではなかった。明らかな確信を持った自信と気品溢れる言い方。

 振り返るとそこには、サマリア公爵家の執事――ゼフを彷彿するような老紳士が、胸元に手を置いて立っていた。


「えぇ、リルハ殿の紹介で来ました」

「お話は伺っております。どうぞ中へ」


 綺麗に腰を折り、店内へ招き入れる男。


「あ、えっと。ここで待ち合わせなんですけど」

「お連れ様の事は存じ上げております。ご来店の際、責任を以てご案内致します」


 すげぇ。来客する、人とナリ、、を頭に入れてるのか。

 という事は、リルハが教えたのだろうか。名前を伝えただけかもしれないな。

 後は店独自で調べていたりするのかもしれない。

 そもそも、ナタリーとクレア以外は有名人とも言えるからな。

 メアリィの名前は表に出ていなかったようだが、ミナジリ共和国にシェルフの大使として来てからは注目されているだろう。

 ウェイターに案内され中へ入ると、そこはあわ暖色だんしょくに照らされた、店構えと同じく落ち着きある雰囲気だった。

 ……俺も着替えて来て正解だったな。完全に超高級店である。

 店の名は【アヴァロン】。リルハによると、この店では食後の会計はないそうだ。最初彼女が何を言ってるのかわからなかったが、信用ある者のみ迎え入れるスタンスのようで、食事の請求が後日届くそうだ。

 リルハが紹介してくれたから大丈夫だとは思うが、きっと規格外の請求となるだろう。何たって俺含む七人分だ。

 しかしこの椅子の装飾――ミスリルを銀装飾の如く使ってる。

 このデザイン、もしかしてガンドフの鍛冶師ガイアスの仕事じゃなかろうか?

 置かれた食器もことごとくミスリル。陶器も焼きの拘りがうかがえる。

 ミスリルの食器はウチでも扱っているが、陶器はまだだったな。

 今度挑戦してみるのも悪くないかもしれない。

 そんな事を考えながら座って待っていると、ウェイターの男が二人の女を連れて来た。

 一人はクレア。あるじを立たせる控えめな白いドレスはまるでビクトリア朝様式のようだ。薄手の水色のガウンがとてもよく似合っている。

 そしてそのあるじであるメアリィは、正にプリンセスと言わんばかりの優雅なドレス。エルフのイメージの緑を基調としているが、極力それを抑えた白とも思える薄緑のプリンセスドレスに、俺は目を奪われた。


「デューク殿、本日はお誘い頂きありがとうございます」


 挨拶カーテシーも完璧である。

 エルフってだけでもパワーワードなのに、そこに少女と姫が付くから大変である。

 化粧もしてるみたいだし、これまでの印象がガラッと変わるような姿だ。


「とても綺麗です。さぁ、お掛けになってください」

「はいっ」


 微笑んだ顔がまた可愛い。


「クレアさんもよく来てくれました」

「は、はい。失礼します」


 うーむ、慣れない感じがとても良い。

 メアリィとクレアだけでこんなにも緊張するのだ。

 え、後四人? 俺は今日死ぬのではないだろうか?

 次にウェイターの男が連れて来たのは勇者エメリーだった。

 姿はまだ見ていない。

 何故わかったのかと言うと、まぁ魔力もそうだが、耳で拾ったからだ。

 エメリーが転ぶ音を。


「あいちちち……歩きにくいよぅ……」


 乙女の登場としてはそぐわないのかもしれないが、エメリーの登場としてはピッタリだった。額をおさえながらやって来たエメリーのドレスはシンプルなAラインのドレスだった。勇者らしく白で統一されている。胸元の首飾りは……あぁ、俺が前にあげたオリハルコンのやつか。静かに薄く発光する光が、ドレスに更なる演出を加えている。


「へ?」


 俺はエメリーの手を取り、席まで誘導する。

 まさか自分にこんな事をする日がくるとは思わなかった。


「あ、ありがとうございます……」

「とてもよくお似合いですよ」

「あ、あはは……アイビス皇后様がこれにしろって」


 なるほど、良いセンスをしている。

 流石は元聖女である。


「ふぅ」


 椅子がまるでゴールだったかのように、エメリーはどっと疲れを見せた。

 こういう子いるよね。とてもいいと思います。

 次にやってきたのは剣聖レミリアだった。


「む、遅れたでしょうか?」


 まじか。

 何だあの美の化身は?

 オフショルダーの赤いスレンダードレス。いや、もうそれだけなのだが、とにかく凄い。どうしよう、語彙力ごいりょくが喪失する程だ。どうしよう、衣装効果じゃないだろうに後光が見える。え、俺の脳、病気になっちゃった?


「レミリアさん、素敵……」


 と、女性である勇者エメリーも見とれる程だ。

 呆ける俺を見て小首を傾げるレミリア。


「どうした、デューク殿。これは返り血ではないぞ」


 ありがとう、レミリアがちゃんと現実に引き戻してくれた。

 そうだった、レミリアは剣聖だった。ブラックジョークにも聞こえるが、アレは完全にマジトーンで言ってる。いやしかし、世が世なら、世界から愛される美女となっていただろう。


「お綺麗ですよ、レミリアさん」


 一瞬硬直したレミリアが、ハッと我にかえりすぐに顔を背ける。


「そ、そういうのはいらないっ」


 恥じらい方は、おじさんの真ん中高めのストレートでした。つまり、完全にストライクです。ここに来るまでの間、誰もが目を奪われた事だろう。

 どうしよう、心臓持つかな、俺?

 だってこの後はナタリーとリィたんだぞ?

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