その362 マスターゴブリン

「第三階層はマスターゴブリンです。人間大ではありますが、強力なランクS個体だと認識してください。フットワークが軽く、こちらの武器を奪って攻撃したりもしますのでご注意を。はい、今天井にちらっと見えましたね」


 まるでゾンビ映画の初登場シーンのように。


「完全に殺す気マンマンです。頭もいいので、今この瞬間をもって、この階層にいる全てのマスターゴブリンに場所を知られたとご理解ください」

「ちょ、それ本当ですかっ?」

「もう見つかってるので大声出しても結構ですよ、リーファさん」

「全員警戒!」


 ダインが警戒を見せるも、それは剣弓斧魔けんきゅうふまにとって最悪の始まりだった。

 まず現れたマスターゴブリンは三体。身のこなしは軽く、素早い。

 実力だけで言うならば、アンドゥと戦っていた頃の俺が三人いるというレベルである。


「まずあの三体は私が対処します。よく見ておくように」


 マスターゴブリンの弱点はない。人間に酷似したゴブリンという認識で言うならば頭部がソレだが、その頭部を狙わせないだけの実力は有している。

 壁を跳ね右側面を狙う奴、這うように迫り真下から狙う奴、天井を跳ね俺の後頭部を狙う奴。こういった即座に合わせてくるチームワークも非常に優秀である。


「まず後頭部を狙ってる奴は排除」


 一撃の下、マスターゴブリンの頭部が消える。


「真下からの奴は蹴り飛ばして距離をとる」


 言葉通りマスターゴブリンを蹴り飛ばし強制的に距離を開ける。


「右側の奴からいきましょうか」


 マスターゴブリンの実力に合わせ、拳を交える。

 剣弓斧魔けんきゅうふまの目には、マスターゴブリンの無数の拳が見えている事だろう。


「このように体術だけで言えば文句なしのランクSです」


 言いながら俺はデコピンでそのマスターゴブリンを吹き飛ばした。

 何故なら蹴り飛ばしたマスターゴブリンが戦線に復帰したからである。


「理想は槍等の中距離武器、または魔法で対処するといいでしょう。体術がマスターゴブリンに追いついているからと言って油断してはいけません。ここはダンジョン。マスターゴブリンは無尽蔵に溢れ出てきます。懐に潜り込まれる前に決着をつけるのが理想ですが、難しければ一度引いて、距離を取る事も考えましょう」


 言い終えると共にマスターゴブリンの胴体が消える。

 最後に向かって来るのは、今しがたデコピンで強制離脱させたマスターゴブリンである。


「魔法は火魔法がいいでしょう。威力よりも速度、速度よりも範囲を考えましょう。範囲魔法で与えたダメージによる戦力低下は、強制的にランクAのフィールドに引きずりこめますからね」


 俺がフレイムボールを放つと、マスターゴブリンがニヤリと笑ってかわす。

 だが、最初から狙いはマスターゴブリンではない。天井に向けて放ったのだ。

 天井に着弾したフレイムボールは広範囲に燃え広がり、マスターゴブリンの身体を強制的に包んだ。


「ギィイイイイイッ!?」

「で、弱ったところを……こうです」


 最後のマスターゴブリンにとどめを刺すと、エリオットから呆れ交じりの称賛が聞こえた。


「ははは、流石……」


 どうやらこちらの実力を信用してくれたようだ。

 だが、剣弓斧魔の修羅場はここからである。

 先程同様、通路の奥から現れたのは、三体のマスターゴブリン。


「タバサ、撃てっ!」

「言われなくても!」


 ダインの指示によりファイアランスを放つも、それは簡単にかわされてしまう。着弾と同時に燃え広がるも、そこは既にマスターゴブリンが通り過ぎた後だった。

 俺は気配遮断系の能力を発動し、戦線から離脱する。

 マスターゴブリンの前に立ちはだかったエリオットの戦斧せんぷが振り下ろされる。

 残念、そこは振り下ろしじゃなく薙ぎ払いを選ぶべきだった。

 戦斧の上を駆けるマスターゴブリンの膝が、エリオットの顎に当たる。


「ぐぉっ!?」


 その左右を二体が通り抜けるも、飛び膝蹴りを決めたマスターゴブリンが中空にいる隙を、弓使いのリーファが見逃さなかった。

 即座に放たれた二発の矢。マスターゴブリンは咄嗟に急所を腕で覆い、致命傷を免れる。

 ダインが左のマスターゴブリンを抑えるも、右のマスターゴブリンは魔法使いのタバサに向かっていた。

 そこからは中々の泥仕合だった。

 タバサが重傷を負い、ポーションで回復するも、その間護衛に回ったエリオットが負傷。エリオットを狙っていたマスターゴブリンの後頭部に矢を当てたリーファは見事だったが、矢の発射直後マスターゴブリンに脇腹を突かれ、壁に激突し失神。ダインは一対一で何とかマスターゴブリンを倒すも、エリオットを倒したマスターゴブリンがダインを蹴り飛ばし、その反動を利用して回復したタバサを狙った。

 その段階で勝負は決まっていた。

 絶命必至のタバサへの一撃を止めた俺は、マスターゴブリンを倒し言った。


「うん、ここまでですね。戻りましょう」


 ランクAパーティは潜れて六階層。

 正にそうなのだが、それでもこの三階層は鬼畜ステージである。

 無手とは言えマスターゴブリンが無数にいるのだ。凄腕隠密集団を相手に生き残る事自体が難しい。査定官として、ここでの撤収判断が妥当だろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る