◆その334 一騎当千
「じゃあお前たちは下がってろ。
そう言いながら解放された奴隷たちを横切ったのは、剣鬼オベイル。
剣闘士含む奴隷たちは皆顔を綻ばせ、要塞へと向かう。要塞はいつの間にか変化していた。なかったはずの大階段があり、要塞の外壁へ
それに気付いたミケラルドがゲオルグ王に
『あ、気付かれちゃいました?』
そう、ゲオルグ王がホネスティから受け取ったのは【テレフォン】の魔法が込められたマジックスクロール。そして、マジックスクロールを渡したはずのホネスティは、まだ何枚もマジックスクロールを持っていたのだ。
だが、それだけではなかった。やはり自軍の至る場所からミケラルドの声がまだ聞こえるのだ。それは回収し切れぬ程の【テレフォン】のマジックスクロールが、まだ残っているだけの事。
(これか……あの時の違和感の正体は……!)
マジックスクロールを強く握り潰したゲオルグ王は、ミケラルドと直接会って話した後、騎士団や奴隷たち、冒険者たちからの視線に違和感を覚えていた。本来、数百メートル離れた場所で話した内容が、後方にいる自軍に届く事はない。
しかし、その内容が自軍に届いてたとしたら……。
明確な答えこそ示さなかったが、ゲオルグ王は認めてしまったのだ。
勇者を軟禁した事、自分本位な侵略行為である事、リプトゥア国軍ほぼ全員からの信頼を失するような発言を、全て聞かれてしまっていたのだ。
ゲオルグ王が部下に聞く。
「何故、止めに来なかった?」
「回収だけで精一杯。いえ、それでも時間が足りませんでしたが、これだけの数です、陛下にも聞こえているものかと皆思ったのでしょう」
百以上にも及ぶ【テレフォン】ともなれば、ミケラルドとの会話中、ゲオルグ王の耳に多少の動揺が届いてもよかった。しかし、それをさせなかったのが水龍リバイアタンこと、リィたんである。
リィたんはゲオルグ王の背後に風魔法【エアウォール】を展開し、空気振動――
ゲオルグ王付きの騎士が更に集めて来たマジックスクロール。これを足せば、実に二百枚を超えていた。
(集められた限りで二百枚以上。しかし、既に奴隷共はあちら側。一体どれだけのマジックスクロールを用意していた? いや、そうではない。これだけの数、一体どうやって……!?)
「どうやら騎士や馬、奴隷や冒険者の持ち物、身体、武器に不可視されて張り付けられていたようです。おそらく、全てに光魔法【歪曲の変化】が施されていたのかと」
『で、発動と同時に見えるようになった訳です』
淡々と説明をし、遠目に見えるミケラルドを、
(恐ろしい能力。これはギルド通信であって、ギルド通信ではない。つまり、ミケラルドの魔法技術はこれを量産出来るだけの能力。だが、それだけではない……!)
ホネスティは自分の持っているマジックスクロールを睨む。
(……いつ張り付けられた?)
そう、ホネスティが持っていたマジックスクロールは
(それだけで一騎当千、いや……それ以上の能力を有している。五万一千の目を欺きながら、これだけの事をしでかせる人物……!)
それ程の者がリプトゥア軍内に潜んでいた。ホネスティはそれが疑問でならなかった。
『いやぁ、大変でしたよ』
「「っ!?」」
ゲオルグ王、ホネスティはミケラルドのその言葉だけで理解した。
リプトゥア国軍がミナジリ共和国へ出立した日、剣神イヅナはミケラルドに聞いた。
【リプトゥアへの草はおらなんだか?】
そして、その返答としてミケラルドはこう答えたのだ。
【さっき仕込みました】
イヅナはそれを文字通り受け入れたが、それが全てであり、全てではなかった。その後、ミケラルドはエメリーに言ったのだ。
『自分の目や耳で見聞きした方が面白いじゃないですか』と。ミケラルドはリプトゥア国軍に草を忍ばせた。しかし、それが一体誰なのか。その全てを語らなかったミケラルドには理由があった。
((奴自身が草だったというのかっ!?))
【気配遮断】や【静音】等、隠形で役立つ多くの固有能力を持つミケラルドにとって、リプトゥア国軍に忍び込むのは容易な事だった。【チェンジ】を使い顔を変えて奴隷となり、冒険者となり、騎士となった。そして、持っていた【テレフォン】入りのマジックスクロールを、多くの者に張り付けたのだ。
『やっぱり、この時代、情報共有って大事ですよね。あ、コホン。このメッセージは五秒後に自動的に
ミケラルドのその言葉より五秒後、【テレフォン】入りのマジックスクロールは砂のように塵と化し、風に攫われてしまったのだった。
震えるゲオルグ王は戦場を睨み、怒りを露わにした。
「奴らを出せ……!」
「はっ!」
早くも切り札を出さざるを得なくなった、ゲオルグ王。
しかし、その顔には未だ余裕が残っていたのだった。
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