その332 建国

 これが【ゲオルグ・カエサル・リプトゥア】――リプトゥア国の王にして世界のがん

 エメリーに聞いた風貌そのままだ。

 刃物のように鋭い眼光、と太い眉。隆起りゅうきした筋肉から見るに、かなり鍛えこまれている。オベイルとほぼ同じ体躯じゃないか?

 実力はオベイルというより法王クルスやアーダインに近い。つまり、SSSトリプル寄りのSSダブルってところか。


「自身をゴミと認めるか。殊勝な心掛けだ」

「相手の感性を否定しちゃいけないと思いまして」

「ではお前はわれをどう見る?」

「おや、舌戦ぜっせんをしに来たので? それは何よりです」

「言っておれ」

「…………奴隷などという制度を改めもせず、人間の尊厳を無視する酷い人と聞いております」

「ほぉ」

「勇者エメリー殿を軟禁し兵器と言ったそうですね? 十五の少女に対する言葉とは思えません。彼女、泣いてましたよ?」


 全てをそよ風の如く聞いていたゲオルグ王は、口の端を上げてから言った。


「お前は何か勘違いしている」

「……参考までに聞きましょう」

「勇者は兵器、それは変わる事のない事実だ。農民にくわを持たせ魔王に立ち向かわせるのか? 幻想だ。無理に決まっている。やがて一国の武力を超える一個の存在。これを兵器と呼んで何が悪い? 人間の尊厳? 笑わせる。奴隷は商品であり道具だ。使えなくなれば捨て、また買えばいい。聞いているぞ? お前もドルルンドの町で大量の奴隷を買っているという話だが?」

「正規の手順で買い、奴隷契約をせずにミナジリ共和国にいらしてもらってます。礼をもって接すれば、皆さん私が魔族とわかってもご一緒に暮らしてくださっております」

「縛らずして何が奴隷か」

「本来、人は縛り付けるものではありません」

「魔族の言葉とは思えないな」

「貴方が人間であるとは思えない」


 このゲオルグ王の何が恐ろしいかと言うと、悪意を見通せる【看破】を使ってみても、何の反応も示さないという点だ。この男の全てがこの男にとって正義なのだ。だからこそ怖い。悪意を持っている人の方がまだ人間らしい。

 だが、これが人の恐ろしさである事は間違いない。どんな環境と思想が人をこんなにも捻じ曲げるのか。俺はそれが疑問でならない。


「見ていろ、ミケラルド。我が一声をもってミナジリ共和国は消滅する。お前が魔族でいてくれた事、心から感謝しよう。おかげで攻め込む大義名分が整った。そう、侵略のな」

「いよいよ化けの皮が剥がれてきましたね」

「女はなぶり、騎士たちに相手させよう。子供は奴隷だ。安く替えがきく。物好きな貴族連中が喜んで金を出し玩具おもちゃにするだろう。男は全て殺してやる。指をそぎ落とし、腕をすりおろし、眼球をくりぬき、苦痛の限りを味わってもらう」

「まるで悪魔の所業ですね」

「だがミケラルド、お前だけは別だ。我が奴隷とし、愛する家族が苦しむ姿を特等席で見せてやる。……っ!?」


 その時、気付いたら風が止んでいた。


「……ウチの国民かぞくに手を出したらただじゃおかない」


 俺は強く拳を握り、その場でゲオルグ王の首をとらず、自制する事で精一杯だった。溢れ出る魔力を調節し、振り返った時見えた六人の仲間が同じよう、、、、に怒ってくれていた。

 この戦い、絶対に負けられない。

 俺とゲオルグ王は、全ての決裂を示すように互いに背中を向けた。

 自軍へ戻るゲオルグ王と、仲間の下へ戻る俺。

 最初に笑顔で迎えてくれたのが、リィたんだった。

 そして、泣きながら深く頭を下げたのがエメリー。

 未だ怒っているレミリアとオベイル。

 互いに見合って頷くイヅナとジェイル。実は仲良いんじゃないか?

 まぁ、この二人は剣に生きている人たちだし、似ている部分もあるのだろう。

 俺は何とか抑えられた怒りを心の中でがんじがらめにし、中央にいるリィたんの横を横切った。


「ミック」


 リィたんの言葉により振り返った俺が見たものは、リプトゥア軍の騎士団が剣を掲げ自軍を鼓舞していた。


「「オォオオオオオオオオオオオオッ!!」」


 だが、リィたんが俺を呼び止めた理由は別にあると思った。


「何、リィたん?」

「我らを信用してくれている事は有難く思う」

やぶから棒だね」

「だが、たまには私にも甘えさせろ」

「……何だい?」

「我らにも鼓舞を」


 なるほど、しょうに合わないが確かにその通りだ。

 これは戦争であり、進行中の作戦、、の事もある。一つ演説でもかっとばすか。

 俺は要塞の外壁部に跳び上がり、皆に言った。


「今日! この場を以て我々に様々な試練が襲い掛かる事だろう! だが、まずは最初の壁だ! リプトゥア国王のゲオルグは、人を人と思わない非道の王! 今日、この日、この場を以て、ミナジリ共和国は真に立国を果たす! 世界に叩きつけろ、その身を! 魔族とそしられようと見せつけろ、その姿を! これは、人が人足る自由を勝ち取るための戦いだ!!」


 走り始めたリプトゥア国の騎士団。

 俺はそれを見据え手を上げた。


「ミナジリ共和国!!」


 そして、それを強く握り高らかに叫ぶ。


産声うぶごえを上げろっ!!」

「「おぉおおおおおおおおおおっ!!」」


 たった六人、されど俺が信ずる最強の六人。

 六人が呼応し、自身の全てを解き放つ。

 最初に変化が起こったのは、走り始めていた騎士団の馬だった。

 急に脚が止まり、その身を震わせている。人間に飼いならされようとも、その内に眠る野性が知り、悟ったのだ。

 ミナジリ軍最強のリィたんの変化を。

 アクアブルーの煌めく身体。蛇のような身体と鱗。大きく裂けた口はその全てを喰らう証。羽のようなヒレをパタつかせ、ワインレッドの瞳が騎士団を睨む。

 彼女の名はリィたん。

 五色の天災が一つ――水龍リバイアタンの登場である。

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