その269 ガンドフダンジョン前

 結局逃げる訳にもいかず、俺は剣鬼オベイルと共にガンドフのダンジョン前にやって来た。

 とはいえ、夕方のランクAダンジョンなだけあって人もまばらである。

 さて、問題はオベイルとどうやって別れるか、だ。

 別にオベイルが嫌な訳ではない。吸血行動を見られるのが嫌なだけなのだ。むしろ、彼がいた方がダンジョン攻略は早いだろう。

 何故なら彼はガンドフを拠点にしている。ここのダンジョンの事をとてもよく理解しているだろうから。


「ガンドフのダンジョンは硬い皮膚を持ったモンスターが多い。その剣なら問題ないだろうが、相性によっちゃソロだとSSダブルでもキツイ」

「オベイルさんは?」

「硬い敵には鬼剣が相性抜群なんだよ」


 あれは剣というより鈍器だからな。

 ん~……ならアレかな。

 俺は闇空間の中に手を突っ込み、とある物を取り出した。

 それを見たオベイルがジトっとした目を俺に向け聞く。


「……何だよそれは」


 その言葉に、疑問というニュアンスはなかった。

 ただ呆れと呆れ、それに呆れが交じったようなニュアンスだったのだ。


「オリハルコンの鈍器メイスです。二本ありますけど使います?」

「……剣士の風上にも置けないやつだな」

「あれ? 私が剣士だなんて言った事ありましたっけ?」

「あれだけの剣を持ってて違うのかよ」

「私の本来の戦闘スタイルは素手ですよ」

徒手空拳としゅくうけんのランクSなんて聞いた事ねぇぞ……」

「今聞いたじゃないですか」

「でもメイス持ってるじゃねぇか」

「今回はメイスなんです」

「お前の戦闘スタイルがよくわからん」

「要するに勝ちゃぁいいんですよ」

「あの破壊魔はかいまパーシバルみたいな考え方だな」

「是非撤回を求めたいところですが、今回ばかりは受け入れましょう」

「性格は全く違ぇのにな」

「それは何よりです。それで? 付いて来る気ですか?」

「付いて行かせない気かよ」


 ここはハッキリ言うべきなのだろうな。


「できれば」

「…………何故だ?」

「ちょっと最強ってのを目指してまして」

「はっ、イヅナじじいよりハッキリ言いやがる」

「とりあえず最初の目標はイヅナさん十人分くらいかなーと」


 と言うと、オベイルの片眉がピクリと動いた。


「剣神が十人とは大層な目標だな」

「別に、ただの最強ですよ」


 俺がそう言うと、それきりオベイルは黙ってしまった。

 そして、彼は組んでいた腕を解き、俺の前で剣に手を置いた。

 直後、周囲の冒険者たちが跳び退いたのだ。

 ランクAのダンジョンに潜るべき冒険者たちだ。ソレくらいの事はわかる。

 ソレとはすなわち、剣鬼けんきオベイルによる重厚な闘気。

 何を意味するのか理解出来ない方がおかしい。何をするでもなく、俺は小さく溜め息を吐いた。

 瞬間、俺の視界からオベイルが消えた。

 オベイルとの出会いの時の一撃とはまるで違う、剣鬼けんきオベイルの本気の一撃。

 俺はその剣の面を、メイスで払う。


「つぉ!? ったく、まるで小枝じゃねぇか。ホントにオリハルコンかよ、それ!」


 彼は本気だ。

 いきなり攻撃を仕掛けて来たオベイルの気持ちは、俺にはわからない。

 …………いや、本当はわかるのかもしれない。

 彼も彼の目標がある。俺が剣神イヅナの名前を出した時、オベイルの中で何かが反応した。

 それはきっと、オベイルの目指すべき先がイヅナなだけだろう。

 そんなイヅナを軽く扱うような発言を俺がした。これは彼にとって譲れない事なのだろう。怒りこそ見せていないが、何か思うところはある。そんな印象を抱くオベイルの剣はとても熱かった。炎のように猛々しく、嵐のように荒々しかった。

 …………だが、それでも俺にはぬるいのだ。

 天災という名の雷龍シュガリオンを前にした俺にとっては、彼の剣はまるで児戯に等しかった。おかしい、彼との差はそれ程ないはずなのに。何故だろう。

 だが、何故かそう思える位には、俺の心は冷静だった。

 そして、冷静だったが故に、その戦闘は呆気なく終わってしまったのだ。


「ぐぉ……っ!」


 膝を突くのは剣鬼けんきオベイル。

 メイスによる鈍痛が身体の至る所に響いているだろう。

 血反吐を垂らしながら俺を見るのは、やはり熱い眼差しだった。


「十本や二十本じゃきかないですよね、骨。多分内臓も痛めてますよ」

「涼しい顔して言うじゃねぇか、ミケラルド……!」

「ヒールいります?」

「かけたらぶっ殺す」

「でしょうね。それじゃあ失礼します」

「……ま、こんなナリじゃ止める権利はねぇわな」


 そんなオベイルの言葉を聞いた時、俺はふと思ってしまった。

 十戒の如く人垣が割れ、ダンジョンまでの道が開くも、俺は少しだけ後ろを振り返る。


「オベイルさん」

「あぁ?」

「俺って強かったですかね?」

「この期に及んで嫌味か?」

「いえ、単純な疑問です」


 多分、強さに執着のあるこの人だから、俺は聞いたのだろう。

 強さのいただきという目標があるこの人だから、俺は聞いたのだろう。


SSダブルの俺をこうもアッサリと倒すんだ。それで強くなかったらギャラリーが泣くだろうよ」


 今回の戦闘、周りは皆冒険者ばかり。

 中には武闘大会で見かけた顔も見受けられる。


「じゃあ質問を変えます」

「どうせ次も嫌味だろうよ」

「……イヅナさんと比べてどうでしたかね?」


 直後、やはりオベイルはピタリと止まった。

 だが、答えを出せなかった訳ではない。彼はすぐに立ち直って言ったのだ。


「悪いがそれを決めるのは俺じゃねぇ。そいつぁミケラルド、お前もわかってるんじゃねぇか?」


 それが、オベイルの答えだった。

 何とも困った答えである。

 だが、それは確かに正解なのだ。

 彼も藻掻いている。強さを求める者たちは皆足掻き、藻掻いているのだ。

 結局は自分でやるしかない。自分で決めるしかない。自分で抗うしかないのだ。

 簡単な答えではあるが、いつまでも出ない答え。

 冒険者最強と言われるイヅナでさえも、きっと未だ出せない答え。

 そして、それはきっと俺も。


「ありがとうございます。参考になりました」

「にゃろう……やっぱ嫌味じゃねぇか……」


 ダンジョンを目指し歩き始めた俺の後ろからバタリと倒れる音が聞こえた。

 だが、俺は振り返れない。振り返ってはいけないのだ。

 たとえ彼が気を失っていたとしても、きっと彼にはバレてしまう。そんな気がしたから。

 だから、俺は彼の先に進む他、道はないのだ。

 立ち止まればきっと、彼は、オベイルは怒るだろうから。

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