その256 新商品パート2
◇◆◇ ドマークの場合 ◆◇◆
胡散臭い黒布を纏った男……もといミケラルド様に付いて行き、私とバルト殿は応接室に向かった。
既に部屋の家具の設置が完了したのか、応接室の扉からは無数の男たちが出て来た。そして、我々に一度頭を下げた後、静かに消えて行ったのだ。
「ドゾー」
どうやら応接室に入るまではあのヘンテコな喋り方は続けるようだ。そして、入るや否や黒布をとりミケラルド様は言ったのだ。
「さ、商談と行きましょう。あ、そっちじゃないです。こっちです」
我々が
彼は
「ドマークさんってシェルフへは?」
「若い頃に一度。来月伺う予定ではありますな? それが何か?」
「じゃあちょうどいいですね」
直後、彼は私とバルト殿の手をとった。
そして一瞬、周囲の光景がぐにゃりと姿を変えた。
それが何だったのか、私にもわからなかった。
ただ一つ言えるのは、そこは先程までの部屋ではなかったのだ。光のない薄暗い部屋。私の情報はそれだけだった。
だが、そうでない者がいた。それは何を隠そうバルト殿だった。
ミケラルド様の手を通し、彼の震えが伝わってくる。
これは恐怖? いや、驚き? それともまた別の?
「……こ、ここは……!」
彼はすぐに近くのドアへ向かった。
そしてその先から入る美しい光と豊かな緑の匂い。
それは、私の過去を呼び起こした。
若い頃、古今東西の商品に触れ、見分を広めるべく向かった地は人間の世界だけではなかった。
南東にあるドワーフの国ガンドフにも行ったし、リーガル国の西の山々を超えた先にあるシェルフにだって向かった。
そう、シェルフ。
私は初めてシェルフを訪れた時を思い出していたのだ。
それは何故か。
その答えを、私の記憶より早く、バルト殿が口にしてくれたのだった。
「こ、ここは紛れもなくシェルフッ!!」
「っ!?」
余りの驚きに、私は言葉を失った。
私は昨日リーガル国を発った。一日でミナジリ共和国の首都ミナジリまで来られたのには訳がある。
冒険者ギルドに多額の資金を積み、最高の
首都ミナジリに到着した時、仰向けになって倒れる彼には数年は遊べる
そんな元ランクS冒険者が極限状態になりながらも走って一日で着くのがミナジリ共和国だ。
そしてそのミナジリ共和国よりも更に遠いのが……このエルフの国シェルフ。
「「馬鹿な……」」
私とバルト殿の驚きは、脳を介す事なく口から零れた。
ワナワナと震える私とバルト殿は、ゆっくりとミケラルド様を見た。
そして彼はまた薄ら笑いを浮かべ、ボソりと言ったのだ。
――あの、意味のわからない口調で。
「ネー、イイショウヒンアルイウタデショー?」
彼が示す商品の名が今わかった。
そして、我々を応接室に通した理由も。
これは、これこそは紛れもなく失われし古代魔法――【
こんなものが物流を基礎とする商業界に出回ったとしたら、想像を絶するコストダウンが実現出来る。
彼はそれを売るというのか? この我々に? 馬鹿な? ありえない? 私でも、バルト殿でも絶対に独占するであろう技術である。そんな商品を……競合店である我々に売る?
彼はニヤリと笑い、カード状のマジックスクロールを四枚見せながら言ったのだ。
「ドマーク商会二枚、バルト商会二枚……ミナジリ共和国に一枚設置する事を条件に白金貨一万枚でお譲りします」
「「買いますっっっっ!!!!」」
ミケラルド様に一瞬で肉薄した私とバルト殿。一体どれだけの量の
「シャッチョサン、イイカイモノシタヨー」
これだ、これだから彼との商戦はやめられない。
彼は自分の戦いを、自分のフィールドに持ち込んだのだ。
シェルフとリーガル国……両国の商会のトップを引き連れて。
「ミ、ミケラルド様! あの、その――!」
バルト殿が言いたい事は私でも理解出来た。
彼はいち早くそれを自分の商会に持ち帰り、ミナジリ共和国と繋ぎたいのだ。ただ、今は手持ちがないのだ。だから彼は言葉に詰まりながらもミケラルド様に声を掛けた。
「いいですよ。一枚渡しておきます。バルト商会のミナジリ店の適当な部屋に貼っておきますので早速使ってください。お金は後程で結構です」
「おぉ! 感謝致しますっ! ではっ!!」
マジックスクロールを持ち、子供のように嬉々としてそそくさと消えて行くバルト殿。
……まったく、大人げないとはこの事だな。
と、頭ではそう考えても、身体は勝手に動いていた。
「私、そういう趣味ないんですけど?」
私はいつの間にかミケラルド様の両肩を掴んでいたのだ。
「あ、いや! こ、これは失礼致しましたっ!」
リーガル国の
だが、ミケラルド様は違った。私の行為等最初から不問にするつもりだったのだ。そう、彼は私の驚きを理解していた。
「まずはドマーク商会にこれを貼りにリーガル国まで飛びますか」
くすりと笑った彼は、私の全てを見透かすように言ったのだ。そうなのだ。私もバルト殿と同じだったのだ。
「は、はいっ! 是非ともっ!!」
そう返事をした私は、きっとバルト殿と同じように、大人げなく、子供のように嬉々としていたに違いないのだ。
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