その254 新任大使

「ミケラルド様、この度は建国おめでとうございます。こちらは、私とわが父からの贈り物です」


 胸に手を置き小さく頭を下げた後、ギュスターブ子爵……もといアンドリューは俺に小さな木箱を渡した。


「これは?」

「ベルトです。バックルの部分に貴国の紋章を入れました」


 おぅ……それはまた何と厨二臭いデザインだ。

 だが、こういった世界の元首ともなれば、これは必然なのか。


「ありがたく頂戴します。…………どうでしょう?」

「おぉ! とてもよくお似合いです!」


 しっかし、水龍の紋章を公開したのは数日前だってのに、しっかり仕上げて持ってくるあたり、辺境伯の実務能力を感じてしまうところだ。

 リーガル大使館前へアンドリューと共に向かい、馬車から彼を降ろす。


「ここから先は私でも入る事の出来ない場所。しかし、何かお困りの際はいつでもご連絡ください」

「ありがとうございます。両国間の友好のため、今後も是非宜しくお願い致します」


 俺はアンドリューと握手をした後、リーガル大使館を後にした。きっと今頃アンドリューは、大使館の中で【テレフォン】の説明を受けて驚いている事だろう。

 リーガル国に譲渡した【テレフォン】は現在三ヶ所。

 一つ目はリーガル王家。当然、ブライアン王に渡したものだ。

 二つ目はサマリア公爵家。この二ヶ所は頻繁に連絡を取り合う事になるだろう。

 そして三つ目が、このミナジリ共和国内のリーガル大使館内部。これは、アンドリューが主に俺とブライアン王とやり取りをする【テレフォン】である。

 後一つ、ギュスターブ辺境伯家にもプレゼントしておきたいところだ。あそこはリプトゥア国との国境に一番近い領地。今のリプトゥア国の動きを考えれば渡して然るべきだろう。

 無償のプレゼントは四ヶ所ってところだろうか。

 当然ドマーク商会には売っているんだけどな。


「おや、ミケラルド様。こんなところで奇遇ですな」

「あぁ、バルトさんお久しぶり――――って!? 何でここにいるんですか!?」

「おや? ミナジリ領、、、、、とシェルフの行き来は、原則自由だったかと?」

「……スミマセン。先日独立シタンデスヨ」

「おぉ! そういう事でしたか! そういえば関所のようなものがありましたねぇ!」

「ハハハハハ……」


 何てわざとらしい演技だ。

 たとえリーガル国に向かっている途中でも、ローディから連絡受けて立国の事は知っているはずなのに。

 ……いや? もしかして立国のタイミングを読んでこちらに向かった?


「そういえば偶然にもミナジリが立国した際のバルト商会の事業計画書がこちらに」


 笑顔でぺらりと事業計画書を見せるバルト。

 確かに以前接待を受けさせられた時に見せてもらったのと同じものだ。


「是非購入したい土地があるのですが」


 やはり、えてこのタイミングを狙って来たな?

 流石はバルト商会のドン。

 俺は大きく溜め息を吐き、バルトに背を見せた。


「目途はつけています。同行しましょう」

「ふふふ、そう言って頂けると思っておりました。ミケラルド様」


 ◇◆◇ ◆◇◆


「ふしゅ……ふしゅるるる……」


 一瞬オークかと見間違えたけど、絶対に違うと思えたのは、彼が一枚の羊皮紙じぎょうけいかくしょを前に出しながら、肩で……いや、身体全体で息をしていたからだ。

 今にも息絶えそうな表情をした汗だくオークもとい……ドマーク商会のドン――王商おうしょうドマーク。


「ま……ま、間に合った……!」


 俺の隣にいるバルトを見て、彼は言ったのだ。


「流石は音に聞こえる豪商。その商魂は私も見習うべきでしょうか」


 どっちもどっちだよ。


「ほひぃ……ほひぃ……」


 息を整えるドマークと、肩をすくめて俺を見るバルト。

 こりゃ商戦もはかどりそうだな。


「いや~、ミケラルド様からミナジリ共和国への出店を促されましてな? ご希望に応えるべく、急いではせ参じた訳でございます」

「それは素晴らしい事です。私も偶然、、ミナジリ共和国が立国したタイミングで来られて運が良かった」

「いやいや、テレパシーが使えるエルフの情報網は侮れませんからな。実は立国するタイミングを待ってしれっと入国したのでは?」

「いやいやいや、そんなまさか。しかし流石はドマーク殿。もしや隣国で我先にと爪を研いで待っていたのでは?」

「そちらこそまさかですよ」

「そうでしたか」

「「ハハハハハ!」」


 まるでバルトドマークが化かし合ってるようだ。

 顔は笑っていても目が笑ってないのがとても怖い。

 二人の腹の探り合いを耳で拾いつつも、やがて聞こえてくる人々の喧噪けんそう

 そこはミナジリ邸を背に直線上にある大きな広場。


「おぉ、やはりここが市場となりましたか」


 やはりバルトの見立てはここだったか。


「確かに、ここであればミナジリ邸から目と鼻の先。何よりリーガル国側の出入り口にも近い。周囲の住民は勿論、冒険者や商人、旅の者も集まりやすい」


 ドマークが顎を揉みながら行き交う人々を見る。

 俺は空いたスペースを指差し、歩き始める。


「バルト商会はその敷地を」

「む?」

「ドマーク商会はそちらの敷地をお使いください」

「ほ?」


 そして、二つの敷地の中点に存在する敷地に俺が立つ。


「……もしやミケラルド様――」

「――私共が来るのを待っていた……?」


 バルトとドマーク。二人は小さな汗を額から流し俺を見る。


「何事もフェアにいきたいじゃないですか? ここは広場の中央。三店舗間は均等。敷地も均等。ただ、ここは私たちの国ですからね」

「「……というと?」」


 今回ばかりは俺も演じよう。

 そう思い指をパチンと鳴らした直後――背後に巨大な建造物が出来上がる。


「「お、おぉおお……!」」


 看板には勿論この文字。


「ミケラルド商店、栄えある一号店、、、へようこそ!」

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