その233 剣神イヅナの実力

「うわぁ……」


 俺が溜め息交じりの呆れ声を出したのには理由がある。

 ラジーンとドゥムガをミナジリ領へ帰し、リィたん、ジェイルと共に戻ってきたガンドフの職人街。

 今現在、皇后アイビスは、ガンドフの鍛治師ガイアスと共に勇者の剣製造の真っ最中だろう。裏で何が起こったかは職人街で倒れている闇の人間たちを見れば容易に想像出来る。


「荒々しいが見事な太刀筋。これは剣鬼けんきのモノだろうな」


 ジェイルが絶命している男の傷を見て言った。


「ではこちらの者はどうだ?」


 リィたんがジェイルに聞く。


「……むぅ、凄まじいな」


 ジェイルが唸る程の実力。

 それは、この一見無傷の男を倒した相手への称賛以外の何物でもなかった。


「当て身……いや、喉を潰し気道を塞いだか」

「て事は鞘で?」

「あぁ、死体の肉体からだを見るにランクSに近い実力。相手は、それを剣も抜かずに倒している」

「じゃあコッチを倒したのが剣神ですね」

「うむ。なるほど……成長している」


 一瞬、ジェイルが嬉しそうな表情を浮かべた。

 過去戦い、退しりぞけた相手の成長。

 彼にとってこれほど嬉しいものはないのかもしれない。


「で、何をしているミック?」

「一応テイスティングを」

「なるほど……成長している」


 死者の血を舐める俺に対し、一瞬、ジェイルが複雑そうな表情を浮かべた。

 共に生き、歩んだ弟子の成長。

 彼にとってこれほど複雑なものはないのかもしれない。


「死体が目印になっているな。追うぞ」

「はい!」


 ジェイルの指示と共に、俺たちはガイアスの作業場まで向かった。

 しかしなるほど、皇后アイビスが作業場に向かう道中を狙ったか。

 護衛に同行したであろう騎士も、幾人かやられている。

 目的地が近いのだろう。リィたんが跳び、どういう理屈かわからないが中空で止まった。


「見えた!」


 そして、そのまま作業場に向かい跳んで行ってしまった。


「今あの子……空を蹴ったよね?」

「水魔法の応用だろう。水の上を走るのと同じ要領だ」

「その要領を得ないんですけどね」


 やれやれと息を吐く俺は、ジェイルと共にリィたんの後を追う。

 すると間もなくして作業場前と思われる路地へ出たのだった。


「うわぁ……」


 本日二回目の呆れ声。

 闇装束の人間が、作業場を取り囲み、入口には剣神イヅナ、屋根には剣鬼けんきオベイルがいる。

 そして路地でハルバードを振り回す美女が一人。


「リィたん、お待たせ」


 俺とジェイルは跳んで闇人やみうどたちを跨ぎ、リィたんの前に着地する。


「ほっほっほ、終わったか、ボン?」

「えぇ、被害は最小限に抑えたつもりです」

「どれ、それなら儂もゴキブリ退治といくかな」


 言い得て妙。

 作業場を囲む奴らは正にゴキブリのような奴らである。


「おいミケラルド! 手を貸せ!」

「ジェイルさん」

「うむ、ここは私とリィたんとイヅナ殿が受け持つ」

「では!」


 屋根に登った俺は、オベイルの振る剣に注視しながら近くの敵を払った。


「屋根を壊させるなよ! どんなとこだろうが侵入経路だ!」

「勿論です!」


 そう言うと俺は、土塊つちくれ操作を使い、ミケラルド商店お馴染みの【鍵】を造った。作業場が鋼鉄強度に近い壁に包まれ、闇人やみうどたちから困惑の声が漏れる。


「へっ! やるじゃねぇか! これなら俺も暴れられるぜ!」

「っ!?」


 危険察知が働く。直後、俺はオベイルを背に闇人やみうどの後ろへ回った。


「ちょっと失礼」


 まるでオベイルに対する盾。その闇人やみうどが気付いた時には遅かった。


「良い勘してるぜ! 鬼剣きけん、金棒!」


 どんなネーミングだと思ったが、彼の攻撃を見て納得した。

 俺の盾となった闇人やみうどが、遠く東の空へと飛んでいく。


「カカカカッ!」


 まるでバットのように剣を振り回し、剣の面を使って吹き飛ばす。

 食らって死ぬか、落下して死ぬか。確かに剣が金棒になったな。

 直後、屋根まで跳んできた闇人やみうどが俺の背後に現れる。

 一瞬警戒するも、入口の方から声が聞こえた。


「大丈夫だ、ボン」


 それは剣神イヅナの声に他ならなかった。

 跳び上がって来た闇人やみうどは、そのまま左右に分かれて落下していった。


「えっぐ……」


 だってえぐいんだもの。それ以外の感想なんてないのだ。

 しかし凄いな。イヅナに跳びかかった者は、大抵一太刀で葬られていく。


「あっ、悪いボン。取り逃がした」


 再度聞こえたイヅナの声。

 それは言うほど軽くない事態である。

 何故ならそいつは、イヅナが取り逃がす程の相手なのだから。現れた相手は――、


「ハハハハハ! また会ったな、化け物め!」


 先日取り逃した御者の爺もとい、サブロウ君だった。イチロウ談により名前が判明した時は笑ったものだ。

 なるほど、この人なら剣神の一撃くらいかわせるだろう。


「だけど――」


 全身の力を込め、振り下ろす……!


「ぬおっ!? 重いっ!?」


 叩き落としたサブロウが「なんのっ!」と言いながら跳び上がる。


「ハハハハハハッ! 三度みたび相まみえようぞ、化け物!」

「ぬん!」

「ぬっ! くっっっ! まだまだぁああああ!」


 終わりの見えないモグラ叩きの終着点は、果たしてどこなのか。

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