その120 信頼の月夜

「魔族四天王の一人、妖魔族不死種……【リッチ】。それが今回の親玉と見られます」


 その報告結果に、ダドリーとクレアの顔が一瞬で青ざめる。

 ある程度の情報が集まってきたのでバルトと……何と族長の息子である【ディーン】がやって来ていた。当然、この二人も【リッチ】の名前に聞き覚えがあるようで、深刻な表情を浮かべている。


「……【リッチ】とは、アンデッドであり、強大な魔力を持った魔法使いであるという情報です。発見した杭は何らかの魔法発動に使用されるモノと考えています」

「い、一体どんな魔法なのでしょうか……!」


 ディーンが恐る恐る聞いてくる。

 俺はそれに対し首を横に振った。


「ミケラルド殿、何らかの魔法発動に用いるものでしたら、破壊する事は出来ないのですか?」

「当然、それも考えました……しかし――――」


 ◇◆◇ ◆◇◆


「ふっ!」


 リィたんがハルバートを振り下ろし、杭に対し強烈な一撃を加える。

 しかし、周囲の木々が倒れるも、その杭はびくともしなかった。


「ふむ……ダメだな」

「土すら掘り起こされてないね。もしかして魔力的な結界って事かな?」


 俺の疑問にジェイルが答える。


「いや、これは……おそらく魔人柱まじんちゅうだろうな」


 はて、聞いた事のない単語だ。きっと魔族内にある独自の文化なのだろう。

 そう思っていたら、リィたんがジェイルに鋭い目を向けていた。

 あの目の中にあるのは……怒り?


「魔族はまだそんな事をしていたのか……?」


 静かな怒りと共に、呆れの交じったリィたんを見て、俺は首を傾げる。


魔人柱まじんちゅうって何なんです?」

「魔族の人柱ひとばしらと言えばわかるか?」


 ジェイルが答えてくれたが、人柱って……まさか。


「そ、それって人を生きたまま土の中に埋めたりするやつ……?」

「そうだ。俺も相手があの【リッチ】だとわからなければ気付く事は出来なかった」

「ま、魔人柱ってこんな効果があるんです?」


 すると、今度はリィたんが答えてくれた。


「魔族が行う魔人柱は特別でな。幾多の魔族の亡骸の果て。凝縮に凝縮を重ねたマジックアイテムになるんだ」

「もしかしてそれが……」

「あぁ、この杭だろうな。どうするミック? 私が元の姿に戻れば壊せなくもないが?」

「え、出来るのっ!?」

「その代わり、ここら一帯が消し飛ぶ」

「シェルフも?」

「シェルフも」

「……代償がデカ過ぎるね」


 ◇◆◇ ◆◇◆


「――――破壊する事は出来ませんでした」


 俺の説明を聞き、バルトたちエルフが皆俯く。

 すると、俺の裾を掴んだナタリーが懇願するように言った。


「大丈夫……だよね?」


 その願いのような問いに、俺は答える事が出来なかった。


「……とりあえず、何の魔法が仕掛けてあるのかを判別する。わかり次第その対策……だな」


 結論が出ない以上、俺にこの雰囲気を変える事は出来なかったのだ。

 俺はやり場のない憤りを拳に込め、その場を後にした。

 皆の期待を背に、俺はかつてない程の重圧プレッシャーを感じた。誰とも目を合わさず、ただ一人、外の空気を吸いに調査拠点の扉から出た俺は、空に見える星を眺めた。いや、ふと目に入っただけなのだ。星が何かをしてくれる訳でもない。そんな事はわかっている。

 これは、今回のこの事件は、俺が何とかしなくてはならない。

 リーガルの期待も、シェルフの期待も、ナタリーたちの期待もある。

 あの杭がある以上、ここに留まるのは危険だ。だが、留まらなくてはいけない。何故ならここには数多くのシェルフの民がいるのだから。

 シェルフの民全員をここから移動させるなんて無理な話だ。

 せめて、あの魔人柱を介した魔法が何なのかさえわかれば、対策のしようがあるのに。魔法の正体が解明出来れば、シェルフの族長を動かす事が出来るのに。

 ダメ元で民の移動を進言してみるか? いや、確証のないまま動くのは危険だ。こちらの信用問題にもなり、二度目がなくなる。やはり魔法の解明が先。

 そもそも、魔法の発動はいつだ? どのタイミングで発動する?

 時期すらもわからないというのにどうやって族長を動かす?

 くそ、時間が欲しい。時を止め、いくらでも考えられる時間が……!


「ミック」


 その時、俺の背中に声を掛けてきたのは……リィたんだった。


「あ、あぁリィたん。どうしたの?」

「困っているようだな」

「あ……うん」

「やはり、私が動くか?」

「国がなくなっちゃ意味がないよ……」

「……シェルフがなくなれば、後顧の憂いもなくなるのではないか?」


 一瞬、リィたんが何を言っているのかわからなかった。

 だが次の瞬間、俺はリィたんの胸倉を強く掴んでいたのだ。


「……言っていい事と、悪い事があるよ……!」


 この時の俺は、きっとリィたんを強く睨んでいただろう。

 しかし、リィたんはそんな俺の視線をさらりと受け流した。

 そっぽを向きながら、肩を竦めて軽口を言い放つように口を開いたのだ。


「私がここを吹き飛ばせば、ミナジリ村の背後に国はなくなる。リーガルの王からあの地を貰わずともこの土地を有効に使えばいいだろう。クロードたちには私が勝手にやったと言えばいいし――」

「――リィたん!!」


 声を荒げる事でしか、俺はリィたんの口を止める事が出来なかった。

 耳に残る俺の怒声。しんと静まる月夜の下、俺はリィたんの胸倉から手を放した。

 自身の手の震えが、彼女に伝わる事を避けるために。


「……ならば、甘い考えは捨てるんだな」

「っ!?」


 それは、先程までの俺の考えを見透かすかのような、リィたんの鋭い指摘だった。


「国民の避難が必要なら、その方法を考えろ。族長を動かす手段がないなら、その手段を考えろ。……シェルフを消したくなければ、消さない方法を考えろ」

「そんな事わかってる!」

「わかっていたら、ナタリーを心配させるような態度をとらないはずだ」

「っ!」

「……私の知るミックは、いつも何を考えているのかわからない笑顔のミックだ。自信がないようであり、胆力がないようであり、皆からの信頼厚い男だ。間違ってもその信頼を自分から裏切るような男ではない。いつもミックはやってきた、誰にも不可能な事を。神話の時代の魔法を蘇らせ、村を作り、人間の王の信頼も得た。ならば、ならばいつものようにやって見せよ。胡散臭い笑顔を浮かべ、あっけらかんとした態度で、いつものミックでやってみせよ……!」


 いつもの……俺。


「そして忘れるな。ミケラルド、お前は……魔族四天王にすら負けぬ、水龍リバイアタンを従えた男だと」

「…………まったく、胡散臭いとは心外だなぁ…………」

「では、入ってナタリーに聞いてみよ。謝った後でな」

「謝った後でね」


 これは、リィたんなりの激励だったのだろう。

 俺は良い仲間を持った。ナタリーやジェイル然り、当然リィたんも。

 大丈夫。仲間のおかげで気合いも入った。頭は回り、いつも以上に冷静だ。

 大丈夫。必ず突破口はある。

 俺の仲間は、ちゃんとソレを……ヒントを示してくれたのだから。

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