その65 心眼のレティシア

「んな!? まさかそんな事がありえるんですか!?」

「勿論、王家による査問があるので、待遇こそ悪くありません。しかし、王家転覆の容疑を掛けられているのは確かです」

「公爵家……ですか」

「「っ!?」」


 この場にいる誰もが驚く。

 そうか、この人たちは、俺がランドルフに報告した内容を知らないのか。


「知っていらっしゃったのですか……」

「えぇ、以前ランドルフ様から直接依頼を受けましたから」

「そういう事でしたか。それでランドルフは、『ミケラルド殿を頼れ』と言い残していたのですね」


 勝手に言い残さないで欲しいものだが、こういう事態になってしまっては仕方ないか。


「それで、一体どんな証拠があってランドルフ様を?」

「サマリア侯爵家の倉庫から、リプトゥア国の物と思われる軍事品が見つかったのです」

「それを、偶然を装って公爵家が見つけたと」


 リンダとラファエロが静かに頷く。

 なるほど、リーガル国の侯爵家から、隣国であるリプトゥア国の軍事品が見つかれば、国家転覆罪に問われても仕方が無い。だが、これはおそらく公爵家の仕込み。

 ランドルフは公爵家にハメられたという訳か。


「ここまでは一体どうやって?」

「マッキリーの町に向かう商人に助けてもらいました」

「そういう事でしたか。冒険者ギルドを頼らず商人ギルドを頼ったのは正解でしたね。リーガルの冒険者ギルドには、公爵家の手の者が潜んでいる事でしょう。そして、この町の冒険者ギルドにも」


 レティシアが俺の服の裾をぎゅっと掴む。

 公爵家はおそらくレティシアの【看破】の特殊能力を、今度は侯爵家ごと消そうとしたのか。前回はレティシア個人だったが、サマリア侯爵家全ての人間が邪魔という判断は、敵ながらいい目をしている。仮にレティシア暗殺が成ったとして、公爵家が王位を狙う際、必ずサマリア侯爵家は邪魔となる。そもそもランドルフが黙っているはずないだろうからな。

 王位を狙う前であれば、侯爵家への攻撃もそこまで目立たない。王家もまだアルフレド・フォン・リーガルの陰謀には気付いていないだろうからな。

 それ故、ランドルフが王家と通じる事は難しいだろう。当然それをアルフレドが阻止するからだ。

 なるほど、中々厄介な敵を相手にしてるな、ランドルフ。

 さて、ランドルフを助けるにも、まずはここの皆を助けなくちゃな。


「ミケラルド殿、どうか!」


 ラファエロの懇願するような言葉。

 これは……良いチャンスかもしれないな。

 そう、相手が窮地だからこそ、俺の正体に触れられる。


「ランドルフ様はお助けすると約束します。当然、あなた方も」

「おぉ!」

「――ただ、一点だけご理解頂きたい事がございます」

「言ってみてください! 父上が戻り次第報酬は弾ませて――」

「――いえ、この場で可能な事です」


 俺がこの宿の一室で暴露を選んだ理由は一つ。

 ここが個室であり、皆がまとまっているからだ。

 もし俺の正体に恐怖し、敵対する事になったとしても、ここにいる全員を【催眠スモッグ】などで気を失ってもらってから、全員の血を頂いて催眠療法をすればいいだけ。

 そう思ったからだ。

 ――だが、

【チェンジ】を部分的に解き、俺の瞳が赤く、そして肌が青白くなっていく。

 ゼフは普段見えない細目を開き、ラファエロは驚愕し、リンダは口を手で覆った。


「ま……魔族……!」


 ラファエロの驚きは当然だろう。


「姿を見るに、吸血鬼……ですな」


 ゼフの警戒も当然だろう。


「まさか、こんな事……!」


 リンダが嘆くのも仕方ない事。

 ――だが、違った。

 レティシアだけが違ったのだ。

 驚きもせず、警戒もせず、嘆きもしなかったのだ。


「それがミケラルドの本当の姿なのですか?」


 ただ、単純な興味本位であるかのように、小首を傾げてレティシアは言ったのだ。

 俺はそんなレティシアに一瞬だけ驚き、しかしすぐに顔を戻し、レティシアの頭にぽんと手を乗せた。


「実は身長をかなりサバ読んでる。本当はレティシアより小さいんだよ」

「何故小さくならないのですか?」

「服が脱げちゃうからだよ」

「あっ! ……ご、ごめんなさい」


 レティシアはほんの少しだけ頬を赤らめて謝罪した。

 なるほど、【看破】の特殊能力を持つが故の行動か。レティシアの反応が変わらなかったのは、既に俺の悪意、、に気付いているからだ。そう、悪意がないって事に。

 レティシアの能力を知らない者はおそらくこの場にいないだろう。

 だからこそ、まずリンダの反応が変わる。


「忘れていました。この方はレティシアの恩人だったという事を」


 そして、ラファエロも溜め息を吐いて反応する。


「そうです。それに、父上は仰いました。ミケラルド殿を頼れと」


 ……まぁ、ランドルフはまだ知らないんだけどな。

 ゼフも警戒を解き、俺の目をジッと見た。品定めというより、俺の本質を覗くかのような視線。


「レティシアお嬢様程ではありませんが、私も善人と悪人の区別くらい見分ける術を心得ております。が、少々驚きましたな。ほっほっほ」


 どうやら、【催眠スモッグ】の魔法は必要ないみたいだな。

 俺はホッと胸をなで下ろし、皆に「ありがとうございます」と礼を述べてから再び【チェンジ】を発動した。


「詳しい話は道中で。まずはシェンドの町へ」


 時間は少ない。

 ――急がなくては。

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