その42 ミケラルド、前科一。

「くそ、やっぱり早いなリィたんは……!」

「えぇ、何でわかっちゃうんですかっ!?」

「ネムさん、もうツッコまないから早く俺の手続き終わらせてくれ……」

「あ、えっと……はい。それでその方たちは?」

「この子はレティシア。盗賊に攫われて捕えられてた女の子ね。んでこっちがチャック。盗賊の親玉。生け捕りにしたけど、ここでいいんだよね?」

「っ! それはお疲れ様です!」


 出来れば最初の説明でそこまで理解して欲しかったものだ。

 だが、マンパワーには限界はある。抱えきれない事は、俺だってあるものだ。別にネムを責める事はしない。当たり前なのだから。


「では、レティシアさんはギルドでお預かりします。盗賊の方は、今から町の兵士にひき渡します。これで――」

「――見つけたぞ貴様!」


 さっきの中年オヤジが追い付いて来たみたいだ。

 物凄い形相だ。今にも俺を殺すんじゃないかってくらい怒ってる。

 そんな中、何故かレティシアは俺の服を掴んでくる。


「おい、いい加減あれなんとかしてくれよ」

「うぅ……」


 駄目だ、今レティシアは頭の中で何かと戦っているようだ。

 葛藤なら是非別の場所でやっていただきたいものだ。


「捕縛しろ!」


 そうきたか。

 しかし、そう言い切るからには、そういった権限を持った人間だと察する。俺がこれを断れば、シェンドの町にいられなくなるだろう。

 これまで構築した人間関係が崩れるから、顔を変えるのも面倒だ。

 そう思い、俺はネムに振り返る。


「……これ、俺捕まらないと駄目なやつ?」

「えぇっと……はぃ」


 申し訳なさそうにネムは言った。

 冒険者ギルドでもどうしようもないって事だ。仕方ないここは大人しく捕まってやるしかない、か。

 俺はレティシアに向き直り、頭を撫でながら言う。


「いいか、黙るのは勝手だけど、その勝手のせいで俺が捕まるんだからな。それは覚えときな」

「ご、ごめ――」

「――貴様! レティシア様に触れるんじゃない!」


 と、中年オヤジに言われながら、俺は兵士たちに捕まってしまったのだ。謝ろうとしたあたり、レティシアの勝手については許してあげたい。

 逃げる事は簡単だが、すればレティシアはともかく、ネムの立場も悪くなるだろう。俺ってなんて良い人なんだ。

 おそらく、このせいで俺はリィたんとの競争に負けるだろう。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あぁ~~~、罰ゲームやだなぁ……」


 遂に日暮れになってしまった。

 こんなカッコイイお兄さんが、牢の中で体育座りとか誰得なんだよ。


「出ろ!」


 兵士が俺に向かって叫ぶ。

 この圧を受けるに、俺はまだ罪人扱いなのだろうか。

 通された部屋は狭い個室だった。机と椅子二脚。

 これは尋問室だろうか。拷問室とか連れてかれてたら、逃げだしていたところだ。


「奥に座れ」


 罪人扱いだしな。扉に近い席は座らせられないだろう。

 俺が奥の席に座って間も無く、先程の中年オヤジとは違い、今度は人の良さそうな、しかし熊みたいなおっさんが入ってきた。

 彼が椅子に座るなり、椅子はミシリと悲鳴をあげる。

 何だこの個室の密度は。ドゥムガに近い体躯だぞ、この人。

 まぁ、いい。とりあえず現状を把握しておこう。


「それで、俺って今、何の罪状でここにいるんです?」

「何だ? 自分の罪も知らないでここにいる奴も珍しいな」

「だから、その罪に心当たりがないんですよ」


 熊男は持っていたペン尻でこめかみを掻き、俺の情報が書かれているであろう紙を見ながら言う。


「サマリア侯爵の御令嬢、レティシア様を誘拐――とあるが?」


 物理的にえれぇもんを拾っていたようだな。


「はぁ……」

「何だってそんな事を?」


 どうやら、親身になって聞いてくれそうな感じだったので、俺は懇切丁寧に熊男に説明した。

 冒険者ギルドから指名依頼があり、それが盗賊討伐だった事。盗賊討伐に行ったら人質としてレティシアが捕まっていた事。レティシアを連れ帰ったら中年オヤジ率いる兵たちに囲まれた事。捕まりそうだったから逃げて冒険者ギルドに報告に行った事。そして、捕まった事。


「はぁ~、そういう事だったか」

「わかってくれましたか、熊さん!」

「誰が熊さんだ。俺にはマックスって名前があるんだよ」

「わかってくれましたか、クマックスさん!」

「違うわい!」


 おっと、間違えてしまったか。


「ねぇいいでしょうっ? 冒険者ギルドの受付にいるネムに確認してくれたらすぐわかりますって! それにレティシアにも聞けばいいじゃないですか!」

「声が大きい! 侯爵家の令嬢を呼び捨てなんかにしたら、それこそ不敬罪に問われるぞ!」


 大丈夫だ、俺だって吸血公爵の息子だ。むしろ俺の方が上じゃないか。いや、全然大丈夫じゃないだろうけど。

 魔族の爵位の制度とかよくわからないが、そこら辺は勉強してなかったから不明なままだろうな。


「うーん、しかし……困ったな」

「なんでクマってるんですか?」

「ったく、まぁ、お前みたいな正直なやつは嫌いじゃない。が、本当に困った」

「一体なんだっていうんです?」

「事が事だからな。明日お前をリーガルへ護送する手はずになってるんだ」


 …………そいつぁクマったな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る