ヴァルキューレの騎行①

『マイル44よりアルファ・ズールー7。全員そろったか?』

「ちょうど今、ナザル大尉のチームと合流したとこだ。敵は樹木線の向こう側、というより灌漑水路の屈曲部に隠れてこっちを睨んでる」


 ナザル大尉のチームが集合地点の、窪地とも言えない窪地に飛び込んできたところでロレンツォ中尉から通信が入った。

 コマツがいつもの通り、不敵な声音で報告すると、ロレンツォ中尉はほんの少し考えるような雰囲気を出した。


『思ったよりはバカじゃないか。そのまま水路を走ってスミスのチームの側面を襲われでもしたら厄介だな……よし。君たちはその周辺にクレイモアを設置してくれ。仕掛けは任せる。ちょっとドクター、よろしいですか?』


 コマツたちは即座にその言葉通りにする。

 この窪地は別に籠城拠点でも何でもないが、一個小隊強の人員を格納するだけの面積はあった。伏せれば身体を完全に隠せるだけの深さもあるし、奴らがまともに戦争する気なら、この窪地はできれば奪取しておきたいような場所だった。

 それを考慮に入れてクレイモア散弾地雷を設置するように、ということだ。

 ナザル大尉のチームとレイザーがコマツたちに手を貸して、クレイモアを設置していく。

 一方で俺は、エディに無線で呼びかけた。

 エディたちのいる砂漠との境界線から、またちらほら銃声が響くようになっていたからだ。

 全般状況も知りたかった。


「ロメオ22、ゴッドスピード。忙しそうですね」

『よーう! なんだピンキーボーイ。大したこっちゃない。それより無事か?』

「おかげさんで。俺はちんちくりんのままだから、子供扱いされちゃってる。全般状況を伺っても?」

『概略でな。まず、こっちのグールどもがまた活発化した。見たら笑うぞ。やつら匍匐前進するグールに、機関銃載せた橇を引かせてやがる。賢いねぇ、全く』


 エディはコミックショーを見てるときのような朗らかな声でそう言ったが、俺は二本足たちみたいにぐびりと喉を鳴らした。


「そいつぁまた難儀なことで」

『今んとこ距離は六〇〇ほどだが、ナシールの狙撃も効果がない。俺達からは射程外だしな。まぁこっちの手伝いの民兵たちは俺達の指示もよく聞いてくれるから、協力してなんとかうまいことやるさ』


 エディはなんでもないことのようにそう言った。


「了解。ウジサト直卒の半個中隊が水路まで降りてきてる。側面防御を」

『ああ、なるほど。いまロレンツォから側面固めろってだけメッセージ来てたのはそれか。了解した』


 俺がウジサトたちのことを報告すると、エディはほんとに含み笑いしたような声音でそう言った。

 あの細い体格のどこに、そんな肝っ玉があるんだろう!

 

「ほかに俺達が知っておくべきことは有るかな?」

『ごってりあるが、そうだな、まずISAFもOEF-Aも俺達に増援は出せん。特にバグラームとカブールの基地は敵の重包囲下だ。北部のアノニ三派がウジサトに呼応したようだな』


 俺が漏らしたのは失望のため息だけじゃない。罰当たりな単語もだ。

 なぜって、バグラームには各国の特殊部隊や空挺部隊、輸送ヘリが集結していたからだ。

 カブールも同様。むしろここは、カナダ軍やリベリオン軍の機甲部隊が目当てだったが、いずれにしろカブールからじゃ距離がありすぎる。


『ジャララバードは鎮静化したが、市内のクリアリングが終わってないから当面は歩兵の増強はない。一方で砲兵中隊が一個だけ、俺達の支援体制を整えた。これの支援チャネルはロレンツォが握ってる。やつに任せよう』

「そいつぁよかった」

『秋津洲は国境でオランダ軍と共同で、封鎖と検疫作戦を開始した。国境の向こう側でもパキスタン軍のケツを蹴り上げて国境封鎖の手伝いをさせてる。だがヘリや航空機はこっちの支援には回せない。理由は言わんでもわかるだろ』

「ええ。レイザーが二~三回ヤツの頭吹き飛ばしましたけど、効果無しでした」


 ナザル大尉の弟、人間神代兵装野郎。

 ヤツをどうにかしないとヘリもUAVもこっちに来れない。


『あとはそうだな、ドクター・サーブが指揮統制系統に加わった』

「は? もうちょっとマシなとこに逃げたんじゃ?」


 俺は頓狂な声を出し、エディはついに笑いだした。

 短く笑ったエディは、真剣に、感に堪えない様子の声を出す。


『アノニが私を狙うならどこに逃げても一緒どころか被害が広がる、それならここで決着を、って言ったらしいぜ。とんでもねぇタマだ。この辺りのみんなが惚れるのも当然だ。で、この辺りの地勢に一番詳しいのは確かだし、彼が居るならこの周辺の武装組織は全部俺たちの仲間にできる。少なくとも今は』

「協力を仰がないほうが野暮、なんですかね?」

『そ。で、ワッツたちは本業に集中してもらってる。今んとこそう忙しくもないが、しばらく援護は見込めないぞ。お前もしっかりやれ』

「アイ、サー」

『それともう一個。これは言いふらすなよ。ISAFドイツ軍が、バグラームの転移魔方陣ポータルと滑走路の使用を強硬に主張してるみたいだ。どうもあのブリュッフェンのクソ野郎が中心になってるらしいが』

「あの野郎、まさか逃げ出す気じゃ」

『わからん。もしそんなことになったらISAFはお終いだ。数日中に瓦解する。だがまぁ、俺たちがいま気にしてもどうもなら、おっとあぶねぇ! 流れ弾で首をもがれるとこだった。じゃあな、坊主。生きて帰ったら、また一緒に飯くおうや。主のご加護と、戦神マルスの導きを。オーバー』

「また後で。ゴッドスピード、アウト……何考えてやがる、あのトンチキめ」


 俺が無線を切るのと同時ぐらいで、コマツたちが帰ってきた。

 レイザーはまた俺をかばうように覆いかぶさり、それを見てコマツは頭を振った。ヒラオカとタナカは苦笑している。

 ウジサトたちが潜んでいるはずの樹木線に動きはない。

 ときおり、短い連射があるだけだ。


「マイル44、アルファ・ズールー7。終わったぞ。で? どうする?」


 コマツはいっそ軽率な調子で無線に呼びかける。


『アルファ・ズールー7、マイル44。こっちも用意が整った。ゼロ中隊の助力に感謝する。今からゼロの二個チームが、ウジサトたちに東側から牽制をかける。君達は出来るだけ目立つように、まっすぐ南へ脱出し、一〇〇メートル走った地点でジョニーとコマツたちは西へ、ナザル大尉のチームは南東へ進んでくれ。別れてから三〇〇メートル付近に、それぞれ廃屋があるはずだ。そこを陣地にしろ』


 ロレンツォ中尉は溌剌とした声音で返してきた。

 コマツは疑問を口にする。


「そりゃいいが、あいつら北か西に戻ったらどうすんだ」

『そうはならんさ。そろそろだな。全員、その場に伏せろ』


 コマツが怪訝な顔をしたその時、甲高い音が西南西の空から迫ってきた。

 二〇〇三年のカンダハール南方の村で、何度も聞いた音。

 それのもっとスケールのデカい音だった。


「伏せろ!」


 俺とナザル大尉が同時に叫んで、みんなそのようにした。

 直後、ウジサトたちが隠れている水路沿いに爆発が連続して発生した。

 大きな、大きな爆発が何発もだ。

 いくらかは空中で炸裂していて、その熱い破片が俺とレイサーのほんの目と鼻の先にも突き刺さる。


「マイル44、アルファズールー7! 砲撃するなら早く言え!」


 コマツが無線機に噛みついた。


『いやスマン。あんまり早く知らせてやつらに気取られたくなかったんだ。弾着確認頼めるか』


 対するロレンツォ中尉はどこ吹く風、妙にウキウキした調子で応えてきた。


「弾着確認もなにも、初弾全弾命中オンターゲット、奴らの隠れてるあたりの立木が全部消えちまったよ!」

『おー。さすがは一〇連隊第二砲兵大隊ガンスリンガー。もう一斉射あるから伏せてろよ。着弾まで三〇秒』

「了解。もう一斉射くるぞ! 三〇秒後!」


 それで俺らは窪地のふちから目を出して奴らのほうを見てたんだが、舞い上がった砂ぼこりで何にも見えやしなかった。

 だが、ほんの少しの間で、奴らのうめき声がいくつも聞こえてきた。

 グールのじゃない。

 怪我をして、命ある、これから死にゆくものの、苦渋の声だ。

 しかしそれは次々に数を減じてゆく。


「ナザル大尉、コマツ。やつらの怪我人が自決し始めた。グールが来るぞ」


 そう言った俺の声を聞いて、レイザーがぶるりとその身を震わせた。


「やれやれ、これからが本番てわけだ」


 めんどくさそうにコマツ。


「仕事だよコマツ、仕事」


 とはヒラオカ。


「やったぜ、ゾンビハントだ。FPSみたいだ」


 タナカはなんだかトンチキなことを言っている。


「さて、次の斉射で終われば苦労はないがな。全員残弾と水を確認しろ。弾切れの軽迫撃砲は置いていけ。脱出はまずジャクスン三等軍曹たち、コマツのチーム、我が分隊の順だ。ここが一番危険な局面だろう。覚悟はしておけよ」


 ナザル大尉が指示を出し、俺達は当然それに従った。

 その時、俺達が伏せている窪地の前に転がっていた人の頭ぐらいの大きさの岩が突然爆ぜた。

 奴らの攻撃が始まる。

 空からは砲弾の風切り音。


「来るぞ! 全員で制圧射撃一〇秒! 射撃終了後、直ちに後退! 撃て!」


 数発の砲弾がはるか上空で爆発し、それを免れた砲弾が樹木線で炸裂する。

 その爆炎を背景に、奴らがついに現れた。

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