闇の奥③

 G砂漠を縦貫する完成間近の灌漑水路。

 その西側の防砂林が、G砂漠側の最前線だった。

 さっきの急造診療所からはほんの千二百メートル。

 そのすぐ後ろの建築途中の農場管理棟、その屋上にはロレンツォ中尉たちが立てた無線アンテナが、風に吹かれてしなっている。

 エディの率いる武装偵察隊は、そこらに転がっている大岩や紅柳の陰に身を潜めて、俺たちを待ってくれていた。

 その周りには旧政府軍やそこらの武装勢力ごろつきのあんちゃんたちも物陰に隠れていて、ついでに、ざっとみても百体ばかりのグールの死体が転がっていた。

 樹木線の向こう側は言わずもがな。

 着ている衣装から、そいつらはグールにされたガヒア族ということがわかった。

 時間は昼前。気温はとっくに摂氏四十度を超えている。


「お、きたきた」

「どんな具合ですか、様子は」


 俺がそばに駆け寄ると、エディことウェイラー・スミス中尉はペッとそのへんにつばを吐いた。


「待ち人来たり、と言うには早いが、どうも連中の本隊が到着したみたいだ。見ろ」


 エディが指差した陽炎の向こうには、八百メートルばかり先をゆるゆるとこちらに進んでくるグールの群れ。三百体を軽く超えている。

 だがシルエットがおかしい。

 目の倍率を上げてみると、おぞましいものが見えた。


「アノニのグールども、ありゃあ防具してるんですか」

「ソ連軍が大量に残してった鉄鉢ヘルメット、その外側に石ころ編み込んだ金属網をぶら下げてやがる。考えたもんだ。あの装備なら、俺らの5.56㎜やAKの弾から脳みそを守ることができる。グールだから重さも問題にならん」


 よく見れば、ソ連のヘルメットを被っているのは半数かそこらだ。

 残りの奴らは、工事用のヘルメットの上から石の増加装甲被ったり、なかには──ああくそ、あろうことか、死体の一部を木の板にくくりつけたものを頭に載せていた。

 エディの言うとおりだ。

 俺たちの使う弾、5.56mmM855やAK-74用5.45mm弾じゃ、あの忌々しいヘルメットを貫通してグールの脳みそをぶちのめすことができない。

 その時、視界の遠くで一体のグールが頭を吹き飛ばされ、ほぼ同時に俺たちの背後の鉄塔からゴツい発砲音が鳴り響いた。

 俺たちの.50BMG弾の発砲音より甲高い。

 12.7mmロシアンか、14.5mm弾の発砲音かと思われた。


「ナシールめ、無駄撃ちはやめろつってんのに」


 いつの間にかそばに来ていたコマツがそう言いながら、俺に向かってブッシュマスターピストルをうんとSFっぽく近代化したような、カクカクしたブルパップカービンを突き出してきた。


「M4や04式マルヨンでも扱いに苦労しそうだから持ってきた。05マルゴ式サバイバルカービン。STANAGNATO標準マガジンも使えるし、操作系はM4とそんなに変わらないから、まぁ使えるだろ」


 構えてみると、ガキの体格の俺にはマジでちょうどよかった。


「けどコマツ、アレどうすんだよアレ。5.56mmじゃ抜けねぇって話を今」

「ん? だったらとおる弾ぶつけりゃいいじゃん」


 スミス中尉の疑問に、コマツは何でもないように答えた。

 それから無線機のマイクを叩いて通話状態に。


「こちらアルファ・ズールー7。周辺のエアステーション、CAS要請。目標はマーカー・コードAZ007から八百メートル西のグールの横隊、あー、大隊規模だ。砂漠のど真ん中を東進中。どうぞ?」

『アルファ・ズールー7、こちらオニヤンマ31。マーカー確認。こちらから見て310度、二千四百に見える。カマ郡、クナール河上空高度ヒトマルにて待機中。脅威情報は?』


 コマツの交信相手は気楽な声を出してた。


「ようカトウ。脅威情報に変更なし。とにかく見られたらやばいぞ」

『お前と仕事すると飽きがこなくていいよ、コマツ』

「装備を教えろ」

AUH-14ヤタガラス二機。ロケットとガン機関砲MAT対戦車ミサイル、7.62mm。ロケットはHE榴弾HEI焼夷榴弾、ガンはAP-I徹甲焼夷弾HE榴弾、それぞれ半々、定数いっぱいだ。7.62mmは全弾AP』

「方位360へ飛行し、山沿いに迂回して270定針、そのまま攻撃侵入しろ。高度は低くな。フタマルとか。農地の先に林があって、そのまた先の砂漠の中に目標がいる。ロケットとガン、そうだな、まずロケットで。どうだ?」

『目標の幅を知りたい』

「砂漠の真ん中やや南寄りを中心に、南北に二百メートルほど広がってる。敵は分隊ごとに密集してる。中隊の境界はよくわからん。動きは遅い」

『なるほど。ホバリング掃射?』

「いや。シュート&スプリントだ。まずロケットをHEとHEI混ぜて八発ずつ。発射完了後直ちに200へ回頭。山道を抜け山の南側で旋回、逆コースで侵入して010へ飛行しつつ機銃掃射ガン・スイープ爆撃効果判定BDAは任せろ」

『了解』

「頼むぞ。山の南側の避難民を攻撃するなよ。撃たれても無視しろ」

『おいおい、マジかよ』

統合参謀本部とうさん直々のご命令だ。今後を考えろってさ。アルファ・ズールー7よりオニヤンマ31、攻撃を許可するクリアード・トゥ・ホット。おいみんな! 気合い入れて伏せてろ!」


 果たして三分後、さぱぱぱ、とでも言ったらいいのかな、消音ブレードを採用した攻撃ヘリ特有の風切り音が俺たちの後ろから迫ってきた。

 来たなと思った瞬間に、ロケットの発射音と飛翔音が連続して頭上から鳴り響く。

 見上げる間もなく、砂漠の中のグールどものただなかにロケット弾が何発もぶち込まれ、破片と炎が広がった。


「ヒュウ! お見事! 敵大隊横隊のうち、中心部の一個中隊にダメージ。二個小隊は一気にやっつけたぞ」

『プラン続行?』

「続行だ、やってくれ」


 南へ、つまり俺たちからすると左側へ遠ざかっていくヘリの羽音。

 俺に覆いかぶさるように伏せていたレイザーは身を起こすと、シマムラ曹長から譲り受けたマクミランTAC−338を砂漠の向こうに向けていた。


「スミス中尉。生き残りの死霊使いネクロマンサーが部隊の再編を試みています。排除しても?」


 エディが「まず一発だけ」と言うと、レイザーが発砲し、砂漠の向こうで誰かの首が吹き飛んだ。

 隊列を組みなおそうとしていたグールどもは、それでまた統制を失い始める。ざっと十二体ばかり。

 が、近くの死霊使いネクロマンサーが即座に自分の分隊への組み込もうとした。

 死霊使いネクロマンサーの呪術、その効果範囲に捕われたグールはあえぐように立ち止まり、ぎくしゃくと寄り集まって隊列を組もうとする。

 その様子を見て、エディは面白くなさそうにフンと鼻を鳴らした。

 俺に水を向ける。


「ゴッディ、ピンキーボーイ。お前、ロレンツォが下士官学校でお前に教えたこと、まだ忘れてないよな?」

OODAウーダを回せ」

「OODAって何だ」

「観測、状況判断、決断、行動です」

「俺たちは今まさに、アノニが集団戦闘力を維持しようとする姿を観測した。さて、この先奴らはどう動き、俺たちはどう動くべきだと判断する?」


 俺はちょっと考え、素直に答えた。


「よくわかりません。ひとまず次のヘリの攻撃の結果を待つべきでは?」


 エディはニヤリとして、スコープで次の獲物に狙いを付けているレイザーに問うた。


「レイザー、お前はどうだ」

「断然攻撃あるのみです。必要なら突撃してでも。一刻も早く奴らを消し去るべきです」


 レイザーは即答し、エディの笑みは苦笑へ変化した。


「とまぁ、消極案と積極案、そしてその間のあるいくつもの折衷案を検討し採用する、この状況判断の部分こそが個性が出るところだな。良くも悪くも。さて、肝心なのは、こうしている間にも状況は変化し続けていること、OODAは高速でぶん回してなんぼだと言うことだ。そいつを適切にこなすにはちょいとコツがいる」

「各機能を分割し、機能単位ごとに実行すべきOODAループを小さくする、でしたっけ」

「そういうこと。つーわけで、移動準備しとけよ。俺の予想が正しけりゃ、次のヘリの攻撃の後で、こないだの任務の続きをやる羽目になる」


 エディはキャメルバッグのチューブを咥えて、少しだけ水を飲んだ。

 それを見習って、リーコンのメンバーは同じように水を飲んだり、弾倉を確認したり。


「俺たちの指揮官は今はあの何とか言う秋津洲の拝み屋さんだが、連絡将校名目でロレンツォが参謀に就いたんだ。アイツがああ見えてかなり短気なのは、お前も知ってるだろ? 短気な奴ほどOODAを回す速度が速えんだ。覚悟しろ。こっからめっちゃハードだぞ」


 果たしてそれは現実になった。


 戻ってきて二〇mmバルカンと7.62mm機銃でグールの群れを粉砕したヘリの一機が、例の人間神代兵装野郎の攻撃でエンジンを一つ吹き飛ばされたんだ。


 奴らはすぐそばにいる。


 俺たちは再編され、ウジサトコレチカ率いるグールの群れが待ち構えるG砂漠北方のカシュマンド山系へ再び赴くことになった。

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