新緑の地獄②

「なんだそれ、ムッカつくなぁ~」

「そこおらんで良かったわぁ~ワシそんなん見たらぜった中佐ぶん殴っとるで」


 ジャララバード北東地域でアノニを撃退した次の日。

 カブール空港脇のヘリ格納庫。

 カンダハルへの帰り支度をしながら昨日のデブリーフィングのことを話すと、前日は基地で当直待機だった機体捜索救難小隊四分隊、分隊長ワッツ曹長とその相棒のスティール一等軍曹が声を荒げた。

 別に二人とも、人種差別を許すな、とかそういう考えでそうなったんじゃない。

 実戦童貞のくせに生意気だとか、そういう観点から怒っていた。

 これはどこの軍隊に所属していても、誰しもが同意してくれることだろう。

 平時はともかく、有事は何より実戦経験が物を言う。

  

「でしょー? レイザーなんか目からレーザー出して中佐の首焼き切ろうとしてましたからね」

「……俺はアイツが嫌いなだけだよ」


 レイザーがボソリと呟いたが、そこには確かに殺気が籠もっていて、俺たちはその凄みにブルリと背筋を震わせた。


「おい、どないしたんや、あれ。レイザーめっちゃキレとるやないか」

「俺だって知らないっスよ……」

「ほんまこっち来よるたびに毎度よう……自分なんか聞いとらんのかいや」


 東ルルイエ出身のスティール一等軍曹が、顔面の触手をそわそわさせながら肩を抱いて小声で聞いてきて、俺は肩をすくめた。

 だが俺だって、その時は相棒とブリュッフェン中佐の間に何があったかなんて、何も知らなかった。

 とはいえ二つ、明らかなことがあった。

 第二次世界大戦の折にナチが席巻したヨーロッパ諸国で、レイザーたち黒エルフはユダヤ人たちとともに民族虐殺の憂き目にあったこと。

 もう一つは、任務でカブールに来るたびにレイザーの機嫌が悪くなることだ。

 それは恐らく、ブリュッフェン中佐とは無関係なことではなかった。

 

「それにしたってヘリのクルー遅くないか?」


 と、アシュケナージ・ユダヤ人のワッツ曹長。

 作家志望で宗教学もかじっていた──というと失礼かな。彼は当時士官学校に志願するためにミスカトニック大学の通信教育で宗教学を専攻していた──から、暇があったらアフガン人の将兵や医者とクルアーンと旧約聖書の解釈についてよく議論していた。

 俺たちは「戦う医者」だったから、大きな作戦がないときはカンダハルやカブールの診療所の手伝いもしていたけど、ワッツ曹長のおかげでアフガニスタン人たちからは一目置いてもらっていた。


 スティール一等軍曹もアフガニスタン人からすると魔物そのもの──いやまぁ合衆国自体がアフガニスタン人やペルシャ人からすると大悪魔──なんだけど、言葉遣いが悪い割にはひょうきんで面倒見のよい性格だったから、嫌われてはいなかった。

 子どもたちにはむしろ好かれていたぐらいだ。


 レイザーは二〇〇三年のデビュー戦でアノニに痛い目に遭わされていたから、思うところがあったんだろう。

 常にむっつりしていたが、そうしていると並みのイケメンよりよっぽど格好良かった。なもんでカンダハルの診療所ではご婦人方にひどくモテて、やれ干し果物だのやれ香水だの、診療費代わりになんらかのプレゼントを貰っては照れたような困ったような顔をしていた。

 そうすると今度は年相応に可愛いく見えて、俺と青少年どもは鼻の下を伸ばして眺めてたな。

 

 俺は実家が農家なだけあって、アフガニスタン人が病院もないところでずぅっと畑仕事してること自体はすごく尊敬していた。

 ただ、よく言われていた「誰が敵で誰が味方かわからない」問題については、これは正直頭が痛かった。

 イラクでやっていたようにせいぜい仲良くして顔を売るしかないとは思っていたけど、二〇〇三年のカンダハルでのことを思いだすと、どうにもぎくしゃくしがちだった。

 それをごまかすために、アフガン兵と肉の焼き方でよく議論していた。


 OEF-A司令部からは地元民とあまり密接な関係を持つなという通達が出ていたが、ぶっちゃけこれは「アホ言ってんじゃねぇ」とも思っていた。

 つき合ってみると、パシュトゥン人もハザラ人もウズベク人もタジク人もトルクメン人も、後で知り合ったケンタウル=アフガニ族も、みんな素朴で気持ちのいいやつが多かった。もちろん悪いやつもごまんといたがね。

 それを「誰が敵だかわからない」って理由で十把一絡げに邪険に扱ってりゃ、そりゃ嫌われて当然だ。

 マジでこの点は合衆国もヨーロッパ諸国も真剣に反省するべきだと、俺は思う。

 いやまぁこんなこと思うようになったのは、撤退後ずいぶんしてからだけどな。

 当時はずっと、素朴でいい加減に考えていた。



 話が脱線したから、ついでにもうちょっとシリアスな話を続けよう。


 あとでロレンツォ中尉に聞いたところだと、グリンベレーや武装偵察隊が地元民たちと仲良くしてた地域は、誤爆が非常に少なかったそうだ。

 地元民から得られる情報はかなり正確で、敵対軍閥の戦闘員──アフガニスタンではそれは農民でもあって、すなわち民間人だから、誤爆率を問うのは意義が怪しい──を殺すことはあっても、女子供を無駄に巻き込むことは極力避けられていた。

 アフガニスタンは部族社会だ。

 地縁血縁が何より大事な土地で、部族や氏族が違っても親戚の娘さんが嫁に行っていたりする。

 それに過剰な武力の行使は、容易に氏族や部族同士の絶滅戦争へ発展する。

 彼らはそれをよく知っており、だからこそ部族社会の連中の指定する目標は、無駄がなく、必要最低限で、正確極まりなかった。

 その上でグリンベレーや武装偵察隊は極めて冷静に敵情を観察したし、中には爆撃誘導任務を放棄し、狙撃で片付けた例だってある。

 キレイな戦争、だとは言わない。

 ただ、彼らは自分たちが何をしようとしているかを良く知っていたし、それを局限しようと努力していたってことだ。

 中には全く無人の山小屋を爆撃させて「テロリストの殺害」を演出したことも有るんだが、どこでどの部隊がそうしたかまでは、触れないほうがいいだろう。


 これが空軍の航空偵察や、ISAFの偵察部隊からの通報に基づいた攻撃だと、誤爆率はぐっと上がった。

 さっきも言ったように、アフガニスタンでの誤爆率を問うことは意義の怪しいところがある。兵農は未分離で、男たちは舐められたら相手を殺すのが義務であり名誉だった。そして全人口の九割以上が農民であり、何らかの軍閥に所属している。

 自宅にはAKや合衆国軍から鹵獲したM4、パキスタン製のFALやG3、どうかすると十八世紀のアフガン・マスケット銃があり、成人になるとそいつを担いでヤギや羊を追いながら山に入る。

 時にはオオカミ狩りのために銃を持って集まったり、水争いで隣の村と撃ち合いするために集まったり。

 誤爆のほとんどがそんなのを目標としたものだ。

 そこにはアフガニスタン人の考える道理はない。

 ただ俺たちの屁理屈があっただけなんだ。

 UAV屋は自分たちが何を見ているのかよくわかっていなかったし、ヨーロッパの連中は「合衆国のアホボケのせいでこんなとこに来ちまった! それにしたってこの田舎者どもめ、何でこっちの言うこと聞きやがらないんだ」と来たもんだ。


 俺たち合衆国だって他人の悪口は言えない。

 ほとんどの兵は「クニにあんなドでかいテロをやらかした連中とその仲間を決して許すな」とか「悪者をぶちのめせばこの国も平和になる」「田舎者に民主主義を教えてやる」とか思っていた。

 それが任期を過ごすうちに、どんどん仲間が減っていくんだ。

 助けようとしてる連中に後ろから撃たれて、だぜ?

 なんのためにこんな国に来たんだか、誰にもわかるわけがない。

 そりゃ気がおかしくなるのも無理はない。至極当然の話だ。

 だいたい俺の「アフガン人は気の毒な連中だ」っていう見方だって、どこ視点だって話だよ。

 家焼いといてそんな態度かよボケがって言われたら、返す言葉もない。


 しかし、しかしだ。

 もうちょっとやりようってもんがあったんじゃなかったのか?


 もちろん「アフガンなんて焼き尽くしちまえばよかったんだ」とか、「お前はアフガンで死んだ仲間をバカにするのか」とか、「そもそも関わるべきじゃなかった」とか、いろんな意見があることは良く知っている。

 そのいずれも、俺はよくわかる。

 俺の最初の中隊がカンダハルで半壊したことを、俺は一度も忘れたことはない。


 だが俺たちには、他にやりようなんて無かった。

 それが俺たち世代の心にずっと焼き付いて、びりびりとした痛みを与えている。

 みんなそのことだけは、忘れないでくれ。

 許しを乞うているわけじゃない。

 でも、どうか、お願いだから。



 話を戻そう。

 そう、高慢ちきでアホまるだしの、ブリブリウンチゲリピッピ中佐についてだ。

 いや失敬、ちょっと違ったな。

 ブリュッフェン中佐の悪口を小声で言いながらカンダハルへの帰還準備を進めていたが、一向にヘリのクルーも、申し送り確認の下士官も来なくて、俺たち機体捜索救難四分隊がそわそわし始めたその時だ。

 格納庫二階の管制室から急に慌ただしい気配がしたかと思うと、構内放送が鳴り響いた。


『緊急、緊急。コード・シェラ・アルファ発生。JQRF参加部隊は出動待機。繰り返す。JQRF出動待機』


 俺たちは眉をひそめ、顔を見合わせた。

 シェラ・アルファ、つまり奇襲攻撃サドン・アタック

 旧政権軍か、それとも別のなにかか。

 ともあれ他の勢力からどこかが攻撃を受け、JQRFが火消しに回される。

 今の放送はそういうことだ。

 だがどこで何が起こったのか?

 それが問題だった。

 答えはすぐにやってきた。


「機体捜索救難四分隊! 居るな!」


 バタバタと格納庫に駆け込んできたロレンツォ中尉。

 トイレにでも入ってたのか、ベルトを締めるのに苦労していた。


「すまんが任務延長、カンダハルへの帰還は先延ばしだ。さっきユスフ谷のケシ畑で、ドイツ軍のパトロール隊がやられた」


 そこのことは俺たちもよく知っていた。

 入り口周辺は広大な小麦畑だが、ちょっと奥に入ると一面のケシ畑。

 そこの管理人は旧政権軍だとISAFでは分析していたが、より正確には地元民が旧政権と暫定政権の両方にみかじめ料を払って経営する農園だった。

 そのケシ農園の上がりを使って、農園主は小作人を養ったり村の人々に施しをしたりしていたし、旧政権軍も暫定政権軍も、村の中には入り込もうとしなかった。

 つまり、アンタッチャブルな場所ってことだ。

 変につついたら旧政権と暫定政権、それに今まで無関係だったそこの村の連中から攻撃される羽目になる。


「なんでそんなとこに。あそこは共同管理地で、俺たちよそ者は奥まで入り込んじゃいけないはずですよ」


 ワッツ曹長が代表して疑問を口にした。

 ようやくベルトを締め終えたロレンツォ中尉は、苦虫を噛み潰したような顔。


「ブリュッフェン中佐がISAFにねじ込んだらしい。パトロール隊を攻撃したのはアフガン暫定政権軍だ。ややこしいことになる。出動して貰う可能性は高いぞ。移動準備を中止して待機しておいてくれ」

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