2-3.ハードデイズ 闇の奥 アフガニスタン2008

新緑の地獄①

 任務でジャララバード北東地域を訪れてみると、緑が大いに広がっていて俺たちは度肝を抜かれた。

 写真でしか見てないが五年前はこの辺は砂漠じゃなかったかと、申し送りの陸軍歩兵に訊ねると、秋津洲からやってきて長年支援活動をしてる医者の活動がようやっと芽を吹き始めたんだと。


 二〇〇八年六月。


 俺とレイザーの二人は第三海兵旅団に転属になり、第三海兵遠征群・機体捜索救難小隊として再びアフガニスタンの地に降り立った。

 


「撃ち方やめ! 撃ち方やめ!」


 インダス支流のクナール河の河畔に夕闇が迫る中、ドイツ人の曹長ががなり、国際治安支援部隊ISAFの面々は射撃を中止した。

 最後に射撃を行ったのは、膝射姿勢を取ったレイザー。

 愛しの相棒がM40A4から放った7.62mm弾は五二〇メートルを超音速でかっとび、逃走しようとしていたアノニマニシスの死霊使いネクロマンサーの頭を後ろからきれいに打ち抜いた。


「お見事」

「屁でもねぇさ」


 彼女の後ろで負傷兵の看護をしながら褒め称えると、眉目秀麗な彼女はまつ毛についた砂塵を気にもせず、おっそろしく汚い言葉を返してきた。

 俺たちは海兵遠征群直轄の機体捜索救難小隊の所属だが、実際は有志連合軍の火消し役だった。

 活動地域は二〇〇三年と変わらずカンダハールを中心とした南部諸州だった。でも実際のところは、空軍救難捜索隊PJ武装偵察隊フォース・リーコンとともにアフガン東部や中部にも派遣されていた。


 当時の南部は小康状態、旧政権軍と暫定政権軍の間で対アノニマニシス協定が結ばれ、むしろ積極的に協力し合っていたほど。

 陽光に揺蕩う砂漠のように、まぁ厳しくも穏やかなもんだったよ。

 俺たちが出ていくとかえって話がこじれるってんで、そっち方面の部隊はおざなりなパトロールしかしてなかった。


 それ以外の地域が厄介だった。

 旧政権軍の分派や反外国勢力と暫定政権軍に有志連合軍、それにアノニが入り混じって、ぐちゃぐちゃの泥沼に発展しつつあった。

 まさに混沌カオス

 俺たちが投入されたのは、そのカオスの真っただ中だった。



 その日、地元民の通報を受け迎撃したアノニマニシスの部隊は、どこか変だった。


 カブール空港に設営された合衆国軍アフガン派遣部隊OEF-A司令部に隣接する、統合緊急対処部隊JQRFキャンプ。

 カンダハルの海兵隊やブリテン軍SAS、バグラームの七五レンジャーや一〇一空挺、グリンベレーからするとちょっと豪勢な前方作戦基地FOBってところだ。

 そこは俺たち救難屋のほか、各国特殊部隊の連絡事務所ともなっていた。

 その会議室で、その日の戦闘に参加した全ての士官と下士官が集められて行われたデブリーフィングの席上、俺は至極素朴に所感を述べた。


「って思うんスけど、どう思います? スミス中尉」


 俺の質問に、俺がスミス中尉と呼んだ蜘蛛のように手足の長い、痩せぎすのオークは唇をへし曲げた。同感だが言葉にできない時の、彼の癖だ。

 彼こそは、俺が二〇〇三年にここアフガニスタンで戦争童貞を捨てたときの小隊長だった。

 二〇〇八年当時は第五海兵武装偵察中隊フォース・リーコン

 五年見ないうちに、精悍さが増していた。


「ジャクスン三等軍曹。もう少しはっきりと要点を述べろ」


 OEF-A兵站部付で統合緊急対処部隊兵站幕僚S2兼任のマルティニ・ロレンツォ中尉が唇を尖らして言った。

 彼は俺がブートキャンプを卒業した直後に放り込まれた下士官学校同期で、俺に下士官の頭の使い方を教えてくれたゴブリンだ。

 こっちは七年見ないうちに丸くなっていた。生理学・幾何学的な意味で。

 肉づきが良いからオークにしか見えないが、本当はめちゃくちゃ頭がいい。

 ジャララバードとカブールの穀物相場と燃料相場を見ただけで、いつどこにどんな規模の攻勢があるか、一週間程度のオーダーで見極めることができる逸材だ。

 一時期は武装偵察中隊勤務を目指していたが、あまりにも頭が良すぎるため、あっちこっちの司令部から引っ張りだこだった。


「漠然とした空気感だ。言葉にならないからそう言ってる。なぁピンキー・ボーイ」

「お前は黙ってろ、スパイディ」


 スミス中尉が援護射撃になるんだかならないんだかわからない助け舟を出し、ロレンツォ中尉がぴしゃりと注意する。スパイディと字名ホーリーネームで呼ばれたスミス中尉は、ニヤリとして俺に目配せした。

 スパイディことウェイラー・スミス中尉も下士官学校同期で、一回目のアフガニスタン時代には派遣寸前に少尉として俺たちの小隊長に着任していた。

 彼は下士官学校では、下士官として、というよりも兵隊としての要領の磨き方を教えてくれたんだ。


「や、まぁ、エディの言う通りです、ロレンツォ中尉」

「ウィルって呼べよ」

「そこまでハンサムじゃないでしょう、スミス中尉」


 大人気映画俳優・兼・ラッパーの名を口にしたエディに、俺はまぜっかえした。

 下の名前はマーフィーじゃないのかって、下士官学校のときから俺は思ってる。


余計なお世話だイートサムシットこのアホたれユーイディオット

余計なくそを垂れるなシャタファッキンシットバカたれどもユーブルシット

良い押韻ですグッドライミングビートが要るかなニードザビート?」


 俺たち三人が揃うと、いつもこの調子だった。

 まるでマイアミ市警をネタにしたバディムービー。

 主人公コンビと、彼らを茶化す新人坊やって感じ。 


「いい加減にしたまえ、毎度毎度。これだから魔族デモニアは」


 流石にうんざりし始めたISAF/ドイツ軍のブリュッフェン中佐が、エルフ特有の長い耳をぴくぴくさせながら言い、一同は失笑した。



 彼は別にJQRFの指揮官てわけじゃない。

 文章で述べると長ったらしくなるから箇条書きにするけど、俺たちJQRF参加部隊は、


合衆国中央軍U.S.CENTCOM

 ↓

合衆国アフガン派遣軍OEF-A

 ↓

統合緊急対処部隊JQRF・OEF-AおよびISAFから参加または抽出


 という指揮系統に基づいて行動していた。

 編制上は合衆国軍に他ならない。


 で、ブリュッフェン中佐はというと、アフガニスタン国際安全保障軍ISAF、要するに有志連合軍が連絡役に寄越したお目付け役。

 同じように箇条書きにすると、


NATO司令部

 ↓

国際安全保障軍ISAF・ドイツ軍から参加

 ↓

国際安全保障軍ISAF司令部付

 ↓

統合緊急対処部隊JQRF司令部付


 となる。

 ちなみにJQRFの実際の運用はどうなっていたかというと、


ISAF各部隊からの要請

 ↓

合衆国アフガン派遣軍OEF-A司令部

 ↓      ↑ISAF各部隊からの直接要請フィードバック

統合緊急対処部隊JQRF司令部←ISAF各部隊からの直接要請

 ↓

JQRF実動部隊


 となる。

 一見すると理路整然だが、ここに罠がある。

 JQRF司令部はOEF-A司令部内に存在し、参謀は居ても指揮官が存在しない。JQRF指揮官はOEF-A指揮官が兼任していたんだな、編制上は。

 ようするに、OEF-Aが各国の準特殊部隊を統合運用するためにでっち上げたのが、JQRF司令部ってわけだ。

 で、いずれにせよブリュッフェン中佐には、可哀想だが居場所はない。

 ただのお目付けだもの、残念ながら当然だ。



 俺とエディは下唇を突き出し、ロレンツォ中尉は天を仰ぎ見ながらおっきな目玉をぐるりとさせた。


「ほかには、諸君。何か無いかね……ナザル大尉」


 イラつきを隠さない中佐の問いかけに、アフガニスタン軍の一人が手を挙げた。

 アフメド・ヤシン・ナザル大尉。確か当時は、三八歳ぐらいじゃなかったか。

 アフガニスタン暫定政府軍、第一特殊部隊の小隊長。

 ブリテン軍、フランク外人部隊偵察小隊を経て北部軍閥に参加。

 旧政権軍や各地の軍閥との戦いを潜り抜けた、精悍な顔つきの猛者だった。

 ブリュッフェン中佐の話を鼻くそほじりながら聞き流すような俺らでも、ナザル大尉の話だけは居ずまいを正して聞いたもんだ。

 なんで彼が将軍じゃなかったのか?

 俺は今でも疑問に思っている。


「海兵隊のスナイパーが射殺した死霊使いネクロマンサーは逃げようとしていました」

「それがどうかしたのかね。不利と見れば逃げるのは当たり前だろう?」


 ベテランたちは──俺も含めて──国籍・種族を問わずみな失笑した。

 例外はレイザー。視線だけでブリュッフェン中佐の首を掻き切ろうとしていた。


「そうではありません。アノニは今まで撤退しようとしたことなんかありませんでした。彼らはみな自殺志願者です。逃げることなどありえません」

「つまり?」

「彼らは変えようとしています……戦術と、自分たちのあり方を」


 ブリュッフェン中佐は気取った態度で、鼻を鳴らした。

 OEF-A司令部の偉いさんたちも似たような態度を取ることがあるが、こうまであからさまじゃない。


 それに対し、ナザル大尉はなんの反応も示さなかった。

 全く、完璧に。

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