ウォー・アンダーグラウンド⑤
アシュラムの店が吹っ飛ばされた一時間後、俺たちは警察と共同で現場検証に当たっていた。
簡素な間仕切りで仕切られた屋内は、生活スペースも倉庫スペースも埃だらけになっていた。
「ジャクスン、これを見ろ」
それが見つかったのはレジカウンターの後、隣の倉庫兼住居へつながる隠し扉をくぐってすぐのところだった。
くぐってすぐとは言うが、隠し扉は対爆性のある厚い金属のドアだ。
その周囲の壁面も鉄骨とコンクリートで補強されていたから、アシュラフがこういった事態を予想して用意していたことは明らかだった。
見つかったそれは、電源が入りっぱなしの秋津洲製ノートパソコン。耐ショック、防水、防塵のイカしたやつで、合衆国軍も使っている。
隠し扉の横のこれまた隠しスペースに隠されていたそれは、電源は入っているがスリープ状態で、中を見るにはパスワードが必要だった。
「こりゃまた」
「見られちゃ不味いものならぶっ壊してるはずだ。パスワードに心当たりはあるか?」
それが分かれば苦労はないよな、と思いつつ、ペンライトを周りの暗がりに当ててためすすがめつ。
「下になんか挟まってるみたいですが……爆弾処理班来てましたよね?」
◇
駐屯地に戻り、幅二メートル奥行き三メートルの狭い部屋──元は物置──に置かれた机の上に並べられたのは、例のノーパソとその下から出てきた海賊版CDが一枚こっきり。防爆・防呪処理の施された部屋の壁は、呪いを封じ込めるためのお経や魔方陣が壁にびっしり描かれている。
海賊版CDは、市内にばらまかれたものとは別のバンドのものだった。
バンドの名前は悪魔崇拝的、猟奇的ってことでカルトな人気があったフランスの詩人からとられたもの。
解呪能力を持つ従軍牧師と現地イラク軍の情報連絡士官、警察から派遣されてきた刑事の立ち合いのもとで聞いてみたが、悪魔崇拝的、猟奇的ではあるものの、哀愁のあるメロディとスピード感のせいで、絶望を掻き立てられるほどではない。
「むしろ若い子が酒飲んで暴れるような曲調ですねぇ」
とは刑事の弁。
覚えがあるんですかと聞くと、恥ずかしそうにブリテン留学中にパンクロックにおぼれた時期があったと明かしてくれた。
シンクレア大尉が「君はどうだ」と水を向けるので、俺はこう答えた。
「ううん……絶望や狂気から逃れることのスリルを楽しむというか……そんな印象を受けました」
「それをアノニが持つかね?」
重ねて尋ねるシンクレア大尉。
「それは考えにくいですね……音がカッコよすぎて、ガチに絶望してる奴らが聞くバンドじゃないです。もひとつ言えば、ライブがあるなら行きたいです。刑事さんの言うとおりですよ。秋津洲のパンク小僧どもの間じゃ相当な人気だそうですし」
俺の言葉にシンクレア大尉は首をひねった。
「ブリテン語が分かるアフガン人やアラブ人がそんなに多いとも思えん。聞いたやつが『西洋音楽なんて聞いてる自分はゴミクズだなぁ』とはならないか?」
これには全員が首をひねる。
アフガニスタンでも世俗派の街では、普通にMJやエアロスミスのテープがあったぐらいだしな。ヒップホップのミックステープを見つけたときは笑っちまった。
「可能性はあるけど、それはいったん忘れましょ。これがノーパソと一緒に置いてあったってことは、ノーパソに関係あるんじゃない? パスワードとか」
と、ハミルトン曹長がバンド名をパスワード入力ダイアログに打ち込んでみる。
エラー。
「アルバムタイトルは……これもエラーか。そしたらもう、トラック名を全部入れてみるとか、歌詞を少しずつ入れてみるとか」
俺の提案にみんなは一様に呆れた顔をする。
「じゃあ、それはジャクスンに任せるか」
とシンクレア大尉が言い、俺以外の全員が異口同音に同意する。
十三曲入りのアルバムの歌詞を聞き取って入力する?
口は災いの元とはこのことだ。
◇
うんうん唸ることはや五時間。
幸いなことにパスワードは何度入れてもよかったけど、おかげで俺はノーパソから離れられなくなっちまった。
こんなのは情報課員の仕事だが、彼らはアノニがらみの情報分析任務がある。
海兵隊は万年人手不足だしなぁ、と思いながら背もたれをギシギシ言わせていると、アイシャとぶんむくれたレイザーが入ってきた。
アイシャが持つのは人数分のマットと寝袋、レイザーはメスキットに山盛りの晩御飯とペットボトル。
「ちょっとジョニー、根詰め過ぎじゃない? 気分転換しなよ」
「二等軍曹。恩に着ます」
ノーパソを机のわきによせ、晩飯を置いてもらう。
山盛りのアラブ風チキンライス、オリーブオイルがたっぷりかかったクルド風サラダ、淡水魚のフライに、甘いソースがかかったナッツのお菓子に、盛りだくさんのフルーツ。ペットボトルはオレンジ味のゲータレードとミネラルウォーター。
「つって、曹長の指示だけどね。『ジョニーのアホは変なところで気真面目だから、誰の手も借りずに徹夜するに決まってる。慰問を許可する。しろ』ってさ。で、あたしらも晩飯まだだったから、一緒に食べようと思って」
アイシャは俺の椅子の横と向かいに椅子を広げ、アイシャ自身は向かい側に座る。
「何してんの? レイザー。早く座りなよ」
見上げるとレイザーはぶんむくれたまま、そっぽ向いて突っ立っている。
今さら「どした?」って思うほど、俺達のつきあいは短くない。
俺はガゴゴと椅子を引き寄せ、俺の椅子とくっつけた。
座面をポンポンと叩き、レイザーに微笑みかける。
「レイザー、お前が頑張ってくれたから、なんとか一人救えた。お前の手柄だ」
それを聞いたレイザーは耳の先まで真っ赤になって、俺に背中を向けてドスンと椅子に腰掛けた。グイグイと背中を押し付けてくる。
よしよし、愛い奴め。
俺はワシワシと頭をなでてやり、アイシャはぶんむくれたまま姿勢が崩れていくレイザーを眺めて相好を崩していた。
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