ぶよぶよ衛生兵、海兵隊に戻る②
二〇〇七年三月八日、イラク、モスル。
当時の俺は
現地時間一八二九時、二泊三日の偵察・監視任務から戻り、ライフル二丁と監視鏡を担いで歩く俺に、後ろからちびっこい癖に胸だけはやたらめったらバカでっかいサキュバスの上司が飛びついてくる。
「うぉーい☆ジョニー! 宿舎まで一緒にかえろー、っぜい♡」
「やですよ
俺の右手をつかんでを歩く
そのレイザーに、背中の二等軍曹から向けられる挑発的な視線。
巨乳美女二人に囲まれて歩く俺を見る視線は二種類。
羨望のまなざしか、同情の視線のどちらか。前者は若い海兵、後者はいくらか年かさの連中のものだった。
合衆国の魔族は総じて性について、いろいろと緩いところがある。
だからたいていの男女なら、脂がのっている時期はこういう風にハレムじみたことにならないこともなくもない。いわゆるモテ期ってやつ。もちろん、いろいろと他人に好かれる最低限の基準を超えておく必要はあるけれど。
ところで植民地時代の大悪党に、カロライナのエドワード・ホッジスという男がいた。彼はブリテン連合植民地総督の許可を得てフロリダ方面へ繰り出しては度々略奪と焼き討ちをしていたんだが、かのエドワード・ティーチとも私貿易を行っていた。
当然とんでもない金持ちでもあって、彼は昔の王様連中みたいにハレムを築いていたんだな。その彼が晩年宣いて曰く。
「ハレムなんかろくでもねぇでち……調子こいてすいあえんでした;;」
あとから出てきた日記には、ハレムの女達に散々悩まされた彼の愚痴が書き綴ってあったという。
同情の視線が年かさの連中から寄せられていたのは、まぁそういうことだろう。
ああ、思いだしても胃が痛い。
いや俺はスライムだから胃なんて無いけどさ。
さて、そのちびっこい二等軍曹、アイシャ・ラミレスと俺は同い年だった。
それどころか訓練同期ですらあった。
中隊が違うから顔に覚えなんてなかったけれど、同期は同期。二〇〇一年の「あの日」のことはよく覚えていて、どんな風に過ごしたかをよく話し合ったもんだ。
で、彼女と最初にどこで出会ったかって言ったら、二〇〇五年十一月の、海兵偵察狙撃兵学校入校時にまでさかのぼる。
◆
海兵偵察狙撃学校は、海兵隊の数ある術科学校の中でも一等キツイところだ。いやもちろん、今だと海兵特殊戦選抜訓練課程のほうが厳しいんだけどさ。
あとで知り合ったSEALsの兄弟に聞いたら、
さて実際のところどういう具合だったかというと、ざっとこんな感じ。
・体力選抜試験
・基礎体力錬成(六週間)
・基礎偵察技能訓練(六週間)
・上級偵察技能訓練(十週間)
・爆破、工作技能訓練(一週間)
・偵察技能試験(一週間)
・基礎狙撃技能試験
・上級狙撃技能訓練(六週間)
・上級狙撃技能試験(三日間)
・上級偵察狙撃訓練(十週間)
・休暇(一週間)
・海兵偵察狙撃学校卒業試験(二週間)
・部隊復帰準備期間(一週間)
この十ヶ月の訓練は二ヶ月ごとに開講されていた。二ヶ月毎に八〇人から百人の偵察狙撃兵志願者が挑戦を開始し、二ヶ月毎に三〇人前後の偵察狙撃兵が誕生するわけだな。
現在は訓練内容は様変わりしちまっているが、各過程で具体的に何をするのかは、海兵隊のウェブサイトで確認するか、海兵互助会、あるいは地域のリクルートセンターに問い合わせてくれ。
さて、見てのとおり卒業試験手前まで、休暇らしい休暇は存在しない。
基礎偵察技能訓練までは週イチの全休日があるが、それ以降は良くて半休とか、ほかの演習場への移動日とか、そのレベルだ。
これをクアンティコの演習場から始めて、合衆国や同盟国の海兵訓練キャンプをめぐりつつ、ハワイの海兵隊演習場での卒業試験通過までやっていくわけだ。
精神的にも身体的にも相当きつい。
過大とも言えるストレスとともに生活する術を学ぶわけだ。
ストレスに耐えることだけが訓練の主眼じゃない。
隠密潜入偵察に必要な技術、すなわち、地図の読み方や外国語の基礎会話、空挺降下の仕方、水路潜入や強襲ボート操縦、そしてもちろん、隠密接敵と狙撃なんかをこれでもかと詰め込まれる。
訓練中の事故死だけは出さないように訓練学校は運営されていたが、それでも何度かやばい目にはあった。
で、そんなギリギリの生活に耐えてたタフな連中が、卒業試験手前の一週間の休暇でぷっつり緊張の糸を切らして、とんでもない大チョンボをかましたりする。
俺が受講してた時も、上級偵察狙撃訓練をクリアした三六人のうち七人がそこで脱落しちまってる。正直な話、俺たちも相当ヤバかった。
MOS0317、偵察狙撃特技が
さて、俺たちとアイシャがお互いを認識したのは、偵察狙撃学校入校直後。
割り当てられた宿舎に荷物を放り込み、戦闘服を着て営庭に出た時だ。
「んだよ、スライムに耳長に、サキュバスまでいんのかよ。こりゃ楽勝だな」
聞こえよがしに若い男の声がした。
そっちのほうを見るとデジャヴもいいとこ、筋肉ムキムキの白人男が何人かの連れ合いと一緒にこっちを見てニヤニヤしてやがる。袖章は二等軍曹だった。
けど、ブートキャンプで
奴らは違ったな。口だけギャングスタのラッパー気取り、親父は不動産で稼いで俺はMyspaceの人気者、みたいな世間を舐め腐った態度でさ。
俺はもうそういうのぼせ上がった連中に興味を持てなくなっていたけど、レイザーは違ってた。連中を睨み付け、そっちのほうに歩きだそうとする。
「やめろ、伍長」
レイザーにだけ聞こえる声で、しかし鋭く命じる。
黒い瞳が困惑したような視線を返してきた。
「アホに関わるな。俺たちはともかく他の連中に迷惑がかかる」
俺はレイザーの後ろに目配せした。
そこには二等軍曹の袖章をつけてるのに、妙に背を丸めてちっさな蝙蝠羽をしょんもりさせている、大きな丸眼鏡、ピンクの頭髪のサキュバス。
それがアイシャ・ラミレスだったわけだけど、その時の印象はこうだ。
「こんないじめられそうな女の子が二等軍曹だって?」
たぶんその場にいた全員がそう思ってたはずだ。
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