056:ラルファ・マズルグンド③

 唐突な父の叛意。


 取りあえず外にいたのでは本当に何も分からない、と、近衛騎士団の荷駄隊に志願した。陛下の恩を仇で返した父の分も、ご奉公したい、近衛としては実力不足故に荷駄隊で、という手紙を、元祖父の部下として面識のあった人に送ったら、あっという間に願いが叶ってしまった。


 基本的に軍の中でも荷駄隊は平民で構成されており、地位も低い。剣を振り上げ戦わないというのも論外だそうだ。

 しかも近衛荷駄隊には爵位持ちがいなかったため、いきなり、部隊長を任されてしまった。そう。自分は、祖父も父も亡くなってしまった今では、マズルグント男爵家を継ぎ、家長となっていた。

 

 自分は本職の騎士ほどではないが、剣もそこそこ、何よりも身体強化の術が使える。全身鎧を着込んで、籠城している味方の陣地に単身、または少人数で潜り込めれば、補給が完了することに気が付いた。どんなに激戦区でも、単身でしかも身体強化を使用して、であれば大抵どうにかなるものだ。


 部隊長自ら現場に立つとは、なんてお小言も頂戴したが、これによって碌な武装を持たない荷駄隊が、敵軍や盗賊に蹂躙されたりしていたのが、ガラッと改善した。

 自分と荷駄隊で分担すれば、これまでの二倍の物資が運べるだけではない。荷駄隊員が武装して囮として敵を引きつけている間に、自分だけで単独補給を成功させるなんていう、これまでなら考えられないやり方も成功させた。


 ヘタすれば兵が飢えるなんて不安定な状況すら有り得た最前線の現場が緩やかに改善し始めた。


 さらに、実戦を、先頭に立って修羅場を何度もくぐり抜けたせいか、あっという間に保存庫の容量が増加していく。荷駄用の馬車なら五十台分は一人で何とかなる様になってしまった。この物量は、一個騎士団が丸々一カ月活動可能となる。


 判る者には判る。この状況が、誰の、どんなに行動によってこうなっているのかが。幾らバカでも、状況が好転し始めている原因が、自分たちが馬鹿にして、兵力や予算を割かないで放置していた荷駄隊=補給にあると理解し始めていた。モノが円滑に動ける様にしただけで、ここまで戦闘が楽になるのか、と。


 当然、それを率いている私の力……は認めたくない者も多い。なぜなら、自分は魔術士の中でも空属性。外れモノだからだ。これまで、マズルグントの跡取りは剣では無く「術」。しかも空っぽだからな……などと、男爵家の存続すら危ぶまれると噂していたような者たちも多かったのだから。


 そりゃね。騎士爵を飛ばして男爵になったような新興貴族だものね。やっかみが多いのはどうしょうもないのだろう。さらに、貴族としての所謂「お付き合い」、社交界とはサッパリ縁も無かった。


 そうして多少の無茶はしたものの、何とか祖父や父に近かった者たちと、普通に話が出来る所まで入り込んだ。


 この件に関して全ての者が、異常に口が重かったのは、陛下から箝口令が出されたと思っていたのだが、それは全く違っていた。


 口が重かったのではない。誰も、何も知らなかったのだ。全員、未だに、何故父が乱心したのか予想も付いていない。前日まで何一つおかしい所も無く、魔王軍と激戦を繰り広げていた近衛騎士団長が、次の日の謁見で陛下に刃を向ける。

 当然、魔術によって操られたのではないか? という声もあったそうだ。だが、強固な結界に守られた王城で術の行使は難しいと判断された。

 術で操られれば当然、言動などがおかしくなるのだが、何一つ言葉を発しなかったらしい。元々寡黙で、敵陣に突っ込む際の雄叫びくらいしか大きな声を聞かないと言われていた人だから、言葉を発しなくても怪しまれなかったのだろう。


「大逆人の息子にも関わらず、本陣帷幕に足を踏み入れるとは、身の程知らずが。まあ、大逆人の血は拭い切れんからな。いい気になるなよ?」


 魔王軍との戦いはさらに激化。自分の率いる荷駄隊の重要性に気づかされた上層部の判断で、帷幕での会議に参加するようになり始めた。すると、成り上がり者への不満や「空」属性への侮りもあってか、偉い人のいない所で私を非難する者が現れた。


 今、こうして明確に、敵意を持って接してくるのは、モドリク・ランカシェという大貴族ランカシェ家の三男だった。ヤツは私の父が近衛騎士団副長から、そのまま団長になれば、確実に左遷させられると言われていた無能指揮官の一人だ。

 もう、本当に、ここまで出世したのは全て、実家の影響力故である。現騎士団長は、全体的に優秀ではあったが、自分が大貴族出身だから団長の座に就いたことを判っている。なので、どうしても他の大貴族出身の騎士団員に甘くなっていた。

 そもそも、自分に敵意があったとしても、こんな戦場本陣で広言してしまう時点で、バカとしか言いようが無い。味方しかいないとはいえ、誰がどこで聞いているかわからないのに。


「しかも術士としても不完全、空の属性とは、文字通り中身の無いカラっぽだな。さらに自ら荷駄隊に志願するとは。荷駄だぞ、荷駄。剣で敵を倒してこそ騎士の誉れ。騎士の誇りと言われ、自らの息子の不始末を片付けながら逝ったランパート殿が泣いているぞ! ガッハッハッ」


 基本この手の声や絡みは無視するに限る。今回も当然、他の会議出席者が現れるまで外で待機していようと、立ち上がった。


「貴様、公爵家をバカにするか!」 


 その態度が気に入らなかったのか、バカが、帷幕内でいきなり抜刀した。ギラギラ装飾過多なお飾り剣に、灯りの術の光が反射する。

 どうしようかなぁ。避けるか。幾ら術士とはいえ、こんなヤツの剣を喰らわない程度の鍛錬は積んでいる。荷駄隊に配属されているとはいえ、戦場に出ている以上、行動力を錆び付かせるわけにはいかないのだ。




 

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