047:御曹子

 もうこれ以上は出ないくらいになっていた汗が……さらにあふれ出てくる。ここが火山地帯だから……ではない。


「と、ということは……あの、赤荻靖人……彼は、か、閣下のあの、閣下の……む、息子さ、さん……」

「でなければ「予言」の事を知るはずがないからな。アレの存在を知るのは各隊長、副長以上。内容に至っては迷宮局全体でも5人のみという超極秘案件だ」

「そ、総長は……少しでも、今回の事を聞いて?」

「いるわけがない。そもそも、閣下がその手の個人的なことを話すはずがない」

「は、はい」


 総長の目線が……遙か彼方にいるハズの靖人に向けられる。


「決定的なのはな。こちらも思い出した……儂は閣下に一度だけ手合わせいただいたことがある。何をされたのか分からずに、のされていたがな」

「総長が……」

「あの時の閣下の魔力と……どこか似ているのだ。武器による近接戦闘中に魔術を組み込める事、儂がやられた時、あの一瞬だけ使った術の魔力の質。がな」

「……」

「でだ。そうして考えるとな。納得のいく事案がある。閣下の側付き、な」

「はい、確か、ハク、でしたか?」

「うむ。本田さん……彼女に勝てるかい?」

「……外では無理ですな。ここなら……いや、向こうも確実に迷宮での技があると考えると……難しいやもしれません」

「同意見だ。単純な個人の武で考えると、無理がある。多分、私も負ける。啓一ならどうにかなるかもしれんが……」


 本田の脳裏に、能面のように感情を表に出さない人形の様な顔が浮かぶ。ひょろっとした高身長の年齢不詳女子……常に白シャツと黒パンツが印象的な、ハクと呼ばれている、閣下側付きの武芸者。討伐隊の調査でも一切が謎しかないあの女は……腰まであるストレートの黒髪の中に、小太刀を常に隠し持っていると噂だ。迷宮外でも普通に持ち歩いているらしい。


「脅威的なのは特に迷宮外ですね。アレに勝てる人間がいるのですか?」

「知らぬな。まあ、勝負の件はどうでもよくてな。アレの正体。御厨流、いや、というよりは、四条の技を学んだ者だとすると、辻褄が合う」

「闇四条……」

「ああ、日本の裏にその手有りと言われた最強の殺し屋集団だ。現代でも日本の裏を仕切っている……と言っても間違いないだろう。特に迷宮出現以来、日本はかつて無いレベルで裕福になった。当たり前だが、世界のありとあらゆるマフィア、テロ組織から狙われ続けて良いはずなのだ。が。フェベル壊滅とほぼ同時期に各国の裏社会、特に武装集団が壊滅し……その後、日本に手を出して来ない。何故か」

「もしそれも閣下の策だとしても、実働部隊は必要ですな」

「ああ、それも、四条の者を使ったのだとしたら。それを指揮したのがハク、だとしたら。納得がいく」

「た、確かに」

「さらに。中国の人民軍分裂内乱な。アレも不自然だと思わんか?」

「ま、まさか」

「そして。赤荻靖人の養子先は、御厨家だ」

「……確定ですかね」


 そこまでデータが上がっていて、違うワケが無い。繋がってしまえば当然のことだ。スゴイのはここまで分かりやすい流れに、自分はともかく総長が今まで気付かなかったことだ。


「他の誰も知らないからこそ。我々は閣下を敬い、閣下の為に死ななければならない。他の誰も知らないからこそ、無名勇者に感謝し……涙し、許しを乞わなければならない。我々は日本国民、いや武器持たぬ世界の一般市民のために戦う。だが。兵卒としては閣下のために死ぬのだ」

「は」

「今回の竜退治の依頼に関する条件……自分が死亡するまでは偵察活動も行わない。討伐に失敗した場合、状況を確認し、多少はダメージを受けているハズの目標に対して追撃を行うかどうか? は討伐隊総長判断とする。さらにドラゴンを討伐しても、絶対に討伐者の名を明かさない、という条件を真っ先に提示してきたな……」

「はい」

「報酬や見返りの話は一切無し、か。高校生にして……あの若さにして。なんたる高潔。なんたる高貴。あの親にしてこの子あり……だな。多くの無辜の民、多くの他の誰か、は知らぬ。それこそ、その名を知らぬ方が幸せな一生を過ごせる、安心して夜、眠れるかもしれない。だが。我らは覚えておかなければならない。世界で最低限だ。この世界を代表して最低限……我々だけでも称えねばならない。その対象がまだ何も成していない、ただの新人探索者だとしても、彼らに関わる者である以上、敬わなければならない、信じなければならない、出来うるなら守らねばならない。守らねばならない……そう、思い続け、戦い鍛え続けて来たのだがな。未だ、その願い叶わず、かっ! 甘い、甘すぎる……自分が先陣を切るべきだったかっ!」


 総長の握る拳から……血が滲み出る。噛みしめる奥歯からかギシギシと軋む音が洩れる。苦渋。激情が威圧に載る。


「我々は弱い。弱いのだ。だからこそ、戦わねばならん。どうにかして、この恩を返すために。我々が生きていく、真の意味で生きていくには、守られてばかりでは歯がゆくてならない」

「ええ。その通りですね……悔しいです」


 離れた場所で……今からドラゴンに挑もうとしているであろう、若者を思い浮かべた。


「国際会議で今はニューヨークだか、パリだかの閣下に何とか経緯説明と、御意見を伺う事が出来た」

「閣下はなんと?」

「任せる、だそうだ」

「任されました……か。そ、その、御子息の事は……」

「何も。赤荻靖人という探索者の報告は上げたのだがな」

「……それにしても、ドラゴンを確認したという事実にも関わらず、任せる、のみというのは。閣下にとってアレはそれほど大きな懸案では無いということでしょうか?」

「判らんな、その辺」


 ドラゴンは迷宮局が、いつか来ると予想して、各種対応策を練っていたのだ。だが、それもコレも、威力偵察を命じた討伐隊精鋭パーティが一蹴された事で瓦解した。

 純粋な防御力、魔術防御力が、想定の数十倍であったというだけだ。報告によれば、こちらの攻撃は疵一つ付ける事が出来なかったという。


「我々も出……ん?」

「あ、あれは?」

 

 ドラゴンがいるとされていた辺り。奔流とはまさにこの事か? 何かが渦を成してうねり始めた。


「本田さん、ありゃなんだ?」

「さ、さっぱり。似たような、同様の現象も思い付きません。そもそも、自然を相手にアレほどの事……もしや、魔法なのですかね? 御曹子の使った」

「魔法……か。魔力を使った術、で魔術。と、枠組みは教わったのだが。そこから先は自分たちで探究せよと閣下は一切手を引いた。少しずつだが先に進んでいると思っていたのは……間違っていたのかもしれんな」

「間違い、ですか?」

「ああ、どうやら、あれが本当の魔術の様だ。どうすればあれが使える? そもそもどうすれば鍛えられる?」

「……皆目見当が」

「ああ……そうだな。何とか閣下に許可を取り、どうすれば教えを請えるかから始めねばなるまい。御曹子から、な」

「は」


 いつの間にか、目の前に大量のファイアーウルフが躍り込んできていた。ざっと三十はくだらない。


「本田さんは各班との連絡を継続で。この階層のヤツらとは相性が悪かろう」

「は」


 総長の手にはいつの間にか、金属製の両手棍が握られていた。両側の端に小さめのハンマーヘッドが付いている。まあ、見ようによっては、柄の長い両面スレッジハンマーに見えなくもない。


 長さにして、約三メートル。振り回す軌跡に沿って、赤き血の花が咲く。


 あらゆる方向から打ちのめしてくる圧倒的な暴力。にも拘らず、たった一匹の獲物に、あっという間に打ちのめされていく身内。ファイアーウルフの群れを率いる、αリーダーは撤退の指示すら出せずにいた。

 一振りで数匹のファイアーウルフが削られていく。お得意の数匹同時に行う火を吐く魔術も、満足に仕掛けられない。


(今日の総長の相手は……啓一君でも難しかろう)

 

 周辺警護のついでに、後ろからトドメを刺していく。


「総長、次、ファイアーリザード、群れ、来ます」

「おうよ」


 あの、尋常ではない魔力に怯えたのか、ただただ逃げようとする個体も存在するが……今日の指示は殲滅である。自分が得意とするのは火属性。「不知火」……などと呼ばれているが、この階層の敵とは相性が良くない。


(御曹子、か。そりゃ一筋縄で行くわけないわな。しかも、「新生」に「ドラゴン」、迷宮はまだまだ深くなり続けている。高校生に教えを請うのはやぶさかではないが。子供を戦場に立たす自分らが心底不甲斐ない。十六歳か。うちの子とそう変わらねぇじゃねえか。総長じゃないが、自分の無力さにうんざりするな……)


 残念ハゲを揺らしながら、六角棒を振るう総長のフォローに入る。こちらに向かってきている数だけでも異常。雑魚とは言え普通の探索者なら即撤退レベルだ。それを……ほぼ一人で屠っていく総長。


 ただ、次の敵を探す、索敵の手間を省かなければ、絶対に撃ち漏らしが出てしまう。


(総長のこれはこれで、スゴイと思うのだが……ドラゴン……か)


 うっすらとだが……あそこで何かが起きているのは……分かる。御曹子とはいえ……大丈夫なのだろうか? と、いう不安も止まらない。だが。


(託すしかないのか。本当に……)


  風に……残念ハゲと呼ばれる両脇の髪の毛が……揺れる。

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