041:夜稽古

 武道の基本は型だ。まあ、迷宮という、真剣勝負の場があるので、今では本番、実戦が全てという考えも悪いわけじゃない。が、何事も反復した繰り返し、練習が勝敗を左右するのは変わらない。


 迷宮で気安くなったとはいえ、毎日、命ぎりぎりの戦いを繰り返していたら、精神的に参ってしまう。迷宮以前は実戦など、覗くことすら叶わなかった。


 とはいえ。型中心で仕上がった武道家、戦士が弱いわけじゃない。数百年のご先祖様たちの叡智が、詰まっているのだ。型には。

 剣道の素振りがその良い例だ。アレにはもう……なんていうか、力が入りすぎて乱れた筋肉を解す作用まであるような気がする。


 で、甲田さん。踏み込み、コンパクトにまとめたガードスタイルからジャブ。前傾姿勢で相手に近付いて掴みたいみたいだけど……。

 山県さんにあっさり止められる。足払い一閃。甲田さんは腰から吹っ飛んでいく。身体の重心がほんのちょっと後方に残っていたら。足がもう少し踏み込んでいたら。


 まあ、それならそれで、山県さんは別の流れで迎撃したろうけど。


「気になるか」


 素直に頷く。まあ、こちらも気は抜けない。じいちゃんと向かい合い、既に三回ほど押し込まれている。


 筋がピクリと動いただけで、向こうも指が若干動く。あぁ、今ので、俺が仕掛けていればあっさりとやられている。


「うわついとるぞ」


 その通り。頷く。俺に甲田さんを「使える」のか? その辺の不安が消え去らない。


「どうせ、拾った犬の面倒がみれるかどうかで、悩んどるのじゃろ」

「い、いぬはし、しつしつれ」

「お前の中では同じじゃろうて……犬でも人でも、正面から頼られると断り切れん」


 うん、まあ、確かにそうだけど……。


「こういうのはな、人の場合は縁じゃ。えにし、まあ、宿命と言ってもいいじゃろ。お前の元に集う者がいるのであれば、それを留めることはできん。その場その場で出来る事をするしかないじゃろ? お前自身が人を率いる立場になる、何かがあったということだ。で、真面目にやっていればそのうち、出来る事、やれる事が見えてくるハズじゃ。向いていなくてもな」


 さすが、じいちゃん……全部分かってる。お見通しか。頷く。


「では、そろそろいくかな」


 トン……と踏み込んだ瞬間、くっ。どっちだ! 気配を把握出来なくなる。かき消される。一対一で正対している状態から、探知をかいくぐるってどうやるんだ? 


くっ! 


 分かった瞬間。右にいると知った瞬間に逆にそっちへ踏み込む。不意を突かれた、向こうが有利なのはもう、覆すことはできない。ならば、そこに向かって突っ込むことでなんとか初手のまずさを回復する。

 じいちゃんのこの技、凄すぎるのは確かだが、連発は出来ないみたいだし、実は大技に繋げるのは難しい。多分、移動に専念しないとなんだろうと思っている。


ギギギギ……


 よし……じいちゃんの木刀、その剣先は受け止められた。が、


ピキッ……


 ちっ。武器破壊か。というか、狙われた? あっ!


ビシッゥ……


 頭がっ! 座禅中にお坊さんにやられる……えーとなんだっけ、警策か。あれで見事に叩かれた様な音が響いた。痛ったー。くうう。久々にまともに喰らったな……。ちゅーか、なんで、なんで、木刀でこんな音が出るように叩けるんだよ……。ちくしょう。


ガス……


足元をゴロゴロと半分投げ飛ばされた甲田さんが俺の横を転がっていく。これまた見事に吹っ飛ばされている。


 まあ、そうだよね。じいちゃん相手に余所見してて、まともに戦えるハズ無いんだよなぁ。ふう……とりあえず、もう少し善戦しないと稽古を終わりにしてくれないからな。



「い、いつつ……」


 うちの風呂はデカい。弟子が一緒に入れるようにと作られている……まあ、そこそこの旅館の中浴場くらいはあると思う。

 しかも、温泉だからな……。先々代……じいちゃんのじいちゃんが、無類の温泉好きで、あり得ないくらい深く掘ったそうだ。……無茶をする。

 日本は確か、千メートルくらい掘れば、ほとんどの場所で温泉……というか、地下で鉱石などにまみれた、何らかの効能のある水が湧き出るらしい。ただ、それが、冷泉の場合もあって、そうなると湧かさないとダメなんだそうだ。

 東京にある温泉はほとんどがうちと同じ冷泉で、それを温めているとじいちゃんが言っていた。まあ、そんな状態だった風呂を、じいちゃんが常時湧かしっぱなし……普通の源泉掛け流しの温泉の様に改造したのだ。これでいつでも温かい風呂に入れる様になった。


(かなりやられたね)

(はっ。情けないことです)

(しょうがないんじゃないかなぁ。うちの人たち……尋常じゃないし)

(はい……迷宮ではないとはいえ……自分がここまで通用しないとは……この強さは……)

(ね)

(といいつつ、我が主君マイロードと御屋形様の稽古が……目でも気配でも全く追えない訳ですが……次元が違いすぎて)

(んーそうかなぁ。子どもの頃からだったからなぁ……)

(子供の頃から、ですか)

(そう。5歳くらいから……かな)

(ふう……ああ、しかし、我が主君マイロードは……迷宮外で魔術だけではなく、パーティ会話まで使えるのですね……)

(なんか使えたね……まあ、これから先、他のみんなも魔力が大きくなれば、使える様になるよ。俺もまだまだというか、もの凄く消耗しちゃうから、簡単な術しか使えないけどさ)


 パーティ会話は腕輪の機能だ。これも、迷宮外では魔力が供給されないので使えないのだが、俺は魔力を腕輪に合わせて練り込むことで使える様にした。迷宮だと目で見える範囲くらいは会話可能なのが、俺の周囲三メートルくらいに機能縮小はしているんだけどね。うん。そんなにムチャな話じゃ無い。


(それでもおかしいかと思います……)

(そうかもね、でもおかげで甲田さんが通訳するのに楽)

(振りだけでもしないとですが……)


 外で俺の通訳を頼むときは、甲田さんの耳元で囁くっていうワンアクションを入れないと、不自然になってしまう。ちょっと面倒。


 ふーっと手足を伸ばす。お湯が気持ち良い……。



 

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