030:リア充死すべし

「し、進次郎さん、何を!」


 さあ、これからと言うときに、バーンという擬音と共に思い切りドアが開いた。


(うぉ!)


 くっ、迂闊。慣れない治癒系の複雑な施術に、対象が好きなアイドルの身内、さらに対象が同性なのに美人という緊張感の中、周辺感知すら怠ってたや。最低限、ドアに術による施錠くらいはしておくべきだった。


 入って来たのは野球帽を被った小柄な少年……いや、声が明らかに女だった気がする。っていうか、俺の知ってるイメージとは凄まじくかけ離れているが、やべえ、そりゃそうか、彼女の出身、ホームは池袋迷宮ってインタビューで読んだ事があったわ。


 と、いうわけで、いきなり現れたスポーティな少女。御本人である。ああそうか。だよね、兄を取り返しに来るよね。だっていくら幼なじみとはいえ、甲田さんみたいな怪しい感じの探索者仲間に、イケメンの兄が連れ去られて心配しないハズが無い。

 ちなみに彼女が着ているお洒落スポーツウェアは彼女がスポンサードされてるナイギのオリジナルブランド……「ヨスヤン」の最上位、いや、当然オリジンオーダーか。

 最新のレア系鎧に比べれば、若干落ちるが、純粋な防御力だけでも、数代前の一線級の「鎧」と遜色無いそうだ。何でも、開発時に幾つか偶然が重なったらしく、量産化の際にどうがんばってもオリジンを超える性能を記録できなかったという。オーパーツ呼ばわりも致し方ない所以だ。


 今月号のエクプロで、製作秘話レポートを読んだばかりの浅い知識だが、そばで見るとこれがトンデモナイ性能なのは伝わってくる。お値段も付けられないとか何とか。そのために、ここ最近、ヨスヤが迷宮に潜ると必ずナイギの社員探索者が十名単位で着いてきてウザイと、本人がSNSに書き込んでいた。というか、当然、俺も彼女のアカウントをフォローしている。


 あれ? そういえば、最近更新なかったな。この件で大変だったって事か。


「進次郎さん、何やってんのよ! お兄ちゃんも何で脱走とか! 命がけでしょ! これ! 子供じゃないんだから!」


 何万人に一人のアイドルが見事に御立腹だ。


「進次郎が大丈夫だって言うからさ〜」

「大丈夫なハズないでしょう? 生きてるのが奇跡、動いたらほぼ死ぬとまで言われて」

「いや、でも、ここまでこれで来たけどさ、ほら、生きてるし」

「偶然に決まってるでしょ? どんな根拠が」

「それは話せない」


 す、すげー甲田さん、ヨスヤに正面から睨み付けられて、それを平然と流してやがる。さては……慣れてるな? 美形に。


「な、なんで……」


 何で話せないのか。ええ、自分が頼んだからです。


「というか……誰?」


 おお、この段階になってやっと現役最強アイドルが道端の石ころにお気付きになった。


 とはいえ、まあ、イロイロ答えられるワケがない。状況的にも、物理的にも。


「泰代、この方は私の御主人様となる方だ。失礼の無いように」

「へ?」


 イヤイヤ、まあ、ですよね〜。


「この、ちいさい子が? 高校生じゃないの?」


 そうですよね。うん。見える。身長162センチに加えて童顔。身体の線も細い。迷宮にいるって事は免許を持っているって事なワケで、最低限が高校生となるわけで。


「泰代、頼む、何も聞かずにしばらく外で待っていてくれないか? 宗一はこの後、絶対に病院へ戻す」

「そ、そんなこと言われても……」


 なっ! 甲田さんの肝マジメな真剣な物言いに、あの剣幕が怖じ気づいた? というか、あれ? あれれ? なんか、顔赤くね? アレじゃね? これ、ヨスヤが甲田さんを好きなんじゃ? え? マジで?


「兎に角、すぐに終わる。大人しく外で待っていてくれないか?」

「やだ。判ったけど、何をするのか、見届ける」

「頼む」


 甲田さんが頭を下げた。


「……やだもん、だって、何かするんでしょう? お兄ちゃんに。なのに外にいるのは、やだもん、ぐす」


 おおう……クールビューティで有名なヨスヤが子供の様に泣いて……そうか! ヨスヤの本名が泰代さんで、後ろから読んでヨスヤか! あーそっか。なにこの知らなくても良い豆知識! でもすっきりした。ってあれ?


(我が主君、今はそうではなく……)


 ……。


 というか我が主君て……マイロード、か。そうか。どこか懐かしい。


 まあ、うん、はいはい、すいません、なら、いいよ。何やら貴方たち三人の絆は強いみたいだし。それならそれでやりようはあるんだ。


 車椅子の的場さんの身体全体を膜状の魔力で覆う。その膜に激しく光を発する術を付与する。そして更にそれを動かしてやる。

 これでもう、正確な魔力を検知できる人間はいないハズだ。

 こんなモノは単なる目眩ましでしかないが……今の世界の魔術レベルでは、目眩ましということにも気付けない。そんなことではこれから俺がすることをそばでジックリ見ていても、どうにもなるまい。後進育成にも差が開きすぎていて、どうにもならないくらい溝がある。


 目眩ましの下、的場さんの治療を開始する。


「ま、眩し! 何コレ、進次郎さん、何」

「魔力が……あ、いやでも、何か起こってるのか? これ」


 ヨスヤが大慌てで、甲田さんもかなり動揺しているのを、的場さんには何一つ理解出来ないはずだ。術をかけられてる側には効果が発動しない様にしているからね。

 魔力で施術するのに、魔力で余計な事をしたらミスをする可能性は大きくなる。大丈夫だと思うけど、万が一は怖いし。


 ということで、的場さんの体内で魔力によって異物になってしまった破片を一つづつ、潰してゆく。正確には砕くとかだと余計な症状を併発しかねないので、取り出してしまう。迷宮内であればそれも難しくない。

 

 大きめな破片が五つ。小さめな物が十八。放置しておいても大丈夫なヤツもあったと思うが、その辺の差は判らないので、破片は全部処理させてもらった。

 

「見えないー何もー」


 ああ、申し訳ない。術を切り忘れてたや。文字通り、目眩ましの光術をオフにした。


「あ」


 キョトンとした顔でヨスヤが辺りを見渡している。


(これで根本の問題はどうにかなったハズです)

(え?)

(もうでしょうか?)  


 まあ、そりゃそう。何時死んでもおかしくない、治る見込みがない、絶対安静と診断されていた重症患者に、たった数分間施術して、治りましたよと言ったところでそう簡単に信用されるワケがないだろう。


 なので。


(とりあえず、今日はこのまま病院へ戻って、精密検査の再診を希望してください。その後は……任せます)

(……?)

(かしこまりました)

「では、戻ろう」

「あ、ああ。判った。戻るか」


 素早くドアを開けて、甲田さんが、的場さんをUターンさせた。


「い? え? え? 進次郎さん、兄さん! ど、どういう?」

 

 ヨスヤが、いきなり帰ろうとしている二人を追いかけて、後を追う。


 最後は俺の事を気にする余裕もなかったようだ。一瞥もなかった。うむ。寂しいが、そんな物だろう。この部屋はオートロックだ。忘れ物を確認して普通に外へ出た。


 多分、出張所の視線や話題は、甲田さんと車椅子の的場さん。更にそれを追いかけたヨスヤが引き受けてくれたのだろう。こちらは普通に腕輪で免許チェックをくぐり、帰宅した。ただ。何となくイロイロと負けた気がしたのは何故だろうか。これは当たっている予感がする。

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