027:これも口腔

 軋む音。余韻と共にギシギシと低音が響くのは、重厚な金属と金属が激しくぶつかり、その後、力比べのように押し合っているからだ。

 って、片方は純粋には金属ではない。レッドの分厚い3本の爪だ。それが俺のロングソードを絡め取ろうとワキワキ動いている。

 まあ、術を付与する前なら一瞬で勝負は決まっていただろう。


 押し負けていない。その事実が、驚愕だったようだ。慎重で、決着が付くまで気を抜かない甲田さんだが、「さすがにこれは死んだ」と諦めていたため、一瞬、完全停止した。


 まあ、俺の方も、そこまで余裕が有るわけではないので、意識は真紅狂熊レッドマッドベアに向いたままだ。野郎、瞬発的な力が互角だと分かったその瞬間に、継続的な力比べに切り替えやがった。さすが、高レベルは伊達じゃない。


 戦闘に関する経験、知識、センス。どれも一流なのだろう。


(が……)


 魔物は所詮獣。それらを統合して、戦闘全体で状況判断は出来ない。実に勿体ない。


 必死で絡め取ろうとしているロングソードから、一瞬、手を離す。拮抗していた力が行き場を失い、たわんだ。


 つんのめった体勢で顔を突き出した。目の前に迫った、だらしなく開いた口の中に、思い切り、右ストレートを叩き込む。


 まあ、そのまま、口を閉じて振り回されたら、幾ら術で強化済みでも引き千切られる。なので、突き入れた瞬間に拳を戻す。当然、大したダメージは与えられない。間一髪で顔面に蹴りをぶち込み、距離を取った。ロングソードも左手で回収済みだ。


 勢いが削がれたが、大したダメージになってない事に気付いたのか、改めて俺に向き直る。


 が。


ズグンっ……


 下っ腹に響く重低音。衝撃波の塊が奴の身体を中心に……波が如く広がる。


ガアアアアア!


 絶叫。まさに命そのものを糧にした叫びが、熊の口から溢れ出した。遅れて大量の血も続き、塊の様に体外に排出されていく。


 うん、腕を食い千切られる危険を冒したかいがあった。


 どうかな、置き土産は。気に入ってもらえたかな?


 奴の食道、いや、首で吹き飛ばなかったから、すとんと胸辺りにまで落ちたのか。で、爆発したのは小さい卵型の爆裂手榴弾。当然、魔道具だ。知識と魔力があれば魔道具作成のスキルが無くても作れるレベルで、花火以下と言われた簡易な作りのマジックアイテムだ。が、実は。製作時に流し込む魔力を練り込んでやると、これ位の威力にはなる。


 多分、レッドの内側、体内はズタズタになっているはずだ。


 魔力を持つ者、魔物だけでなく人間もだが、使いこなせば使いこなすほど、常識がすり替わっていく。魔力で自分を強化するのは外敵からの攻撃に対処するためだ。

 その際に意識するのは自分を守る防具であり、盾であり、幕、衝立、障壁。まあ、とにかく外側を意識して術を構築する。

 特に魔術を本能で使う魔物は、この傾向が強い。


 って何が言いたいかといえば。さっきみたいに器用に魔術を使いこなす様な奴は、それをしなければ生き残れなかった理由がある。純粋に素の防御力では敵わない脅威が生存競争の過程に存在した。とかだ。


 どんなに魔術を使いこなしている魔物でも、内部、体内からの攻撃には当然弱い。


 魔物の最高峰、人間とは隔絶した存在であるドラゴンですら、中身は普通なのだ。でなければドラゴンステーキの旨さが伝説になっていないだろうし、解体出来なければ、希少部位、凄まじい価値となるレアアイテムの確保も無理な訳で。


 悪足掻きか、力無く紅い腕を振り回す。ゆっくりと、そのまま動きが止まる。そして、大きな地響きと共に、レッドの巨体が横たわった。口からゴホゴボと、さらに赤黒い血液が溢れていく。



 あれ? こ、これは……俺の右手、戦闘用篭手バトルガントレット伍式が。特殊ハイシリコンとレベザンドリザードの内皮、ニューロゴアテックスにミスリルスケイルなんていう高級素材を惜しげも無く使用している上に! 魔物の特殊な血で滑ることもない。形状記憶機能により数時間鈍器を振り回していても握力をキープしてくれる。そんな大事な大事な装備が。俺の所持している中で唯一の高額、価値あるアイテムが、が。


 とんでもなく臭う。


 何か諸々でくちゃい。野郎、何食ってやがった。歯磨きとかしないからなぁ。当然。


 水、水を……仕方ない。甲田さんがいるが、俺の大事な戦闘用篭手バトルガントレット伍式、特殊ハイ何とかかんとかが! 緊急事態である! 


「水」


 さすがに詠唱短縮している呪文……は、どもらない。つっかえない。そばに他人がいる状態で使うのは初めてだったが、大丈夫だった。問題無く発動出来た。良かった。何もない虚空から、小さな滝のように、水が溢れ落ちる。そこに、くちゃくなっていた篭手を思い切り突っ込んだ。ふう……洗剤とか……ってこの篭手自体がどういうクリーニング方法なんだっけ? というか、水洗いOKだったっけ? 洗えるよな。だって、すぐ汚れるんだし。


 良く考えて見れば。篭手は当然、防水防塵仕様のため、お構いなしで左手で擦る。匂い、取れるよな? まあ、ダメそうなら出張所で洗剤で洗おう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます