016:細川流

 第二階層、地蔵林の隅はいたって普通にゴブリンが徘徊している。


 いや……あの奥に見慣れない……しかも強力っぽいヤツが……茶でも緑でもない! 色が違う! 


 普通、ゴブリンは日本で言えば餓鬼というか、人間からみると非常に「嫌」な顔をしている。肌は濃い茶色で、手足が細く長く、下っ腹が出ている。粗末な皮の下履きを付けていることが多いが、何も履いていないモノもいるようだ。

 知力もそこそこあり、種族内では会話も成立しているようだ。ただし、壁や皮、紙に何かを書いて残すという行為は行われていない。つまりは、子孫への文化の継承は口伝のみということになる。


 そんな中、アレは……青黒い。うーん。ゴブリンリーダーは緑色だったはずだから、それよりも上か。片手剣、バックラー、そして革鎧……装備的にゴブリンナイト……だろうなぁ。階層的には十五階層とか、そんなか。

 ゴブリンは池袋迷宮のメイン敵だ。ゲームなどのイメージ通り、ノーマルタイプは雑魚でしかないが、個別の武器を持っている、ジョブ持ちが多いのが特徴だ。特にパーティを組んでいる場合や、リーダーに率いられている場合は、中級の探索者パーティでもあっさり落ちる。

 迷宮で怖いのは、群れ、集団を形成するタイプの魔物だ。ボスは根本的な能力が凄まじいので別格だとして、迷宮中に一匹で徘徊するヤツはそれほど怖くない。

 自分の体感的に、敵が2体になると困難度は3倍。3体になると8倍くらい、4体になると20倍くらいに跳ね上がる。それくらい処理能力がないと追いつかないというか。喧嘩などで1対2まではなんとかなっても、3人でギリ、4人いたら逃げた方が良いというのはまんざら間違いではない気がする。


 ゴブリンはそんな集団を形成する厄介な敵のひとつだ。ゴブリンを笑う者はゴブリンに泣く。雑魚だからと侮って、いきなり巣窟の洞窟にでも乗り込んだら……ゴブリンリーダーに率いられ統率された、ゴブリンの盾にはばまれ、ゴブリンアーチャーの波状攻撃、さらにゴブリンメイジの魔術がドーン……なんていう展開で全滅……なんていう話も珍しくない。というか、教習所で必ず聞かされる逸話だ。


 実際、魔物の集団は危険だ。囲まれてしまえば、どんなに高ランクのパーティでも即ヤバくなる。それこそ、ウインドウルフは風属性の狼型の魔物で、一匹なら……五階層で登場するくらいの魔物の能力しかない。まあ、腕に自信のある探索者なら、二~三匹程度なら余裕で倒せるだろう。が。ヤツラは大抵、最低でも十匹、多くなると三十~五十匹で群れを組んで襲いかかってくる。こうなるともう、別の魔物だ。

 ウインドウルフの大きな群れに遭遇してしまったら。生き残れる可能性は非常に低い。運良く高ランクの探索者が通りかかってくれればどうにかなるかもしないが、大抵はあり得ない。


 そんなゴブリンの集団だが……ゴブリンナイトがいる……だけで、率いているわけではないようだ。まあ、確かにリーダーよりも強いとは言え、指揮個体じゃないからなぁ。


 この後の展開を考えれば、殲滅するのがベストだと思うのだが……現時点で監視の目は潰せていない。ゴブリンナイトと通常のゴブリンが十匹程度か……初手でミスらなければあれくらいの数なら別に倒せるだろうけど、俺の実力をこっそり覗き見る様なヤツラにお披露目しなくても良い気もする。


 どうしようかな……情報は収集したから他へ行こうかな。まあでも「鬼斬」ほどじゃないしな……こっちにも武器はあるし。ああ、どこぞの暗部っぽいから、暗部っぽく痺れさせるか……。

 じわっと……ゴブリンを警戒するかのように周囲を回りながら、さりげなく薬を撒いていく。昨日と違ってごく微量だ。別に時間がかかってもいいし。


 自分の力量を知られたくないっていうのは探索者であれば誰もが思うことだし、それが何かの勝敗を決めることもある。決闘とかは特に、隠している実力がモノを言う。非公開、公開は対戦者同士で設定できるらしいので安心だね! 何が?


 と。さりげなく、動き回りながら撒いた薬が効いたようだ。三箇所で小さい音が響いた。うん、バラバラに発覚すると、気付かれちゃうかもだからね。同時に倒れる感じで撒くのは結構難しい。

 この手の撒き薬系の道具は、ちょい特殊なマスクなどの道具で比較的簡単に防御出来てしまう。どこぞの暗部かしらないが、まあ、その手の道具は当然、持っているだろう。ということで、これは初見殺しってヤツだ。

 一般的に、迷宮内では外の世界での兵器や武器が使えないというイメージが一人歩きしている。迷宮攻略初期に情報が無い故に自衛隊が大胆に負け、それをメディアがとんでもなく過剰報道したからだ。

 隠蔽するのもどうかと思うが、なんでも公開してなんでも知る権利……っていうのも間違っている気がする。だってその結果、過剰に反応してしまうこともあると思うんだよね。

 一般人が知らなくて良いことは……残念ながらいくつも存在するんじゃないだろうか? 迷宮で寄生植物に乗っ取られてやられた初期の探索者の無惨な有様が、迷宮外で偶然撮影、生放送されたりして放送事故となり(食べ物を吐くとかだけでなく、実際お年寄りが数名、ショックで亡くなった)、今では一般的なメディアは迷宮関係の報道に慎重になっている。

 アングラというか、一部のネットメディアは……重要情報に関しては当局の規制や摘発があるにも関わらず、異常に過激になってるけれど。

 迷宮内での映像が撮影出来ない(カメラが作動しない)のは良かったんじゃ無いかと思う。ヤバイ映像……沢山あるしね。重篤な切り傷、千切れ傷の術での回復とか……結構グロイもんな。


 痺れて気を失い、動けなくなっている三人(男×2、女×1)を回収(引きずって)して、二階層と三階層の間のゲート部屋に放り投げておく。完全に安全とは言いがたいが、迷宮で気を失うなんて死んだも同然だ。迂闊すぎる。

 さらに、現在この迷宮は迷宮局の調査管理中だ。自由行動出来る探索者は存在しない。依頼を受けているにも関わらず、追いかけていたのだから……大胆にミスをしたってことで、迷宮局の人に怒られればいい。

 まあ、こいつらは曖昧な情報しか話さないだろうし、こんな所に倒れていたのは異変の一環……と思われるハズだ。


 ちなみに、引きずる際に持ち物チェックをさせてもらったが、やはり短剣系軽装備のごく普通の探索者……ではなかった。うん。さりげなく暗器が。籠手の裏側に張り付けてあったからね。別におかしいことじゃない。細い針金系の暗器は、いざという時の武器以外に、解錠や罠解除にも使用する。

 でもなー。三人が三人とも同じタイプの暗器を隠し持っている……っていうのはね。うん。おかしいというか。ということで、一人一本づつ戴いておいた。

 これだけ人数を揃えて組織的に動ける暗部だ。特に探索者として普通に活動している者を三名も、俺の様なザコ10級探索者に張り付けることが出来るのはスゴイ。裏の世界ではそこそこ大規模な勢力なハズだ。裏の世界で有名という事は……ヒントがあれば、じいちゃんか、弟子の人たちの中に判る人がいるかもしれない。



「こいつは……細川流、今でも現役で使ってるのは大矢のとこの者か」

「はい、師匠」


 家に帰ったので、今日、怪しいヤツがいてこれを持ってた。と、三本の針金を渡したら即答でこれだった。


「東京じゃと、本庄のとこの影じゃな」

「探索者……なんですよね? 坊ちゃん」


 頷く。じいちゃんと一緒に稽古していた師範代、山県さんは未だに坊ちゃんと呼ぶ。やめてって言ってるのに。もう。


「何が目的じゃろうな……靖人を……襲われたのか?」

「う、ううん。め、めいきゅ、て、たおれてて、あん、あんぜんな、とこ、につれて、った」

「おうおう、優しいのう。靖人は」


 じいちゃんは、爺バカだ。無限甘やかしだ。ばあちゃんも確実にそれだ。俺が普通の子供だったら確実に、バカぼんになってた自信がある。ねだったことが無いから判らないけど、オモチャとか欲しいモノは言えば何でも買ってくれたんじゃないだろうか? そんな勢いというか、そんなノリが感じられていたので、TVのCMを見ながら「あ、これ欲しいなぁ~」なんてセリフもついうっかりでも口にできなかったのだ。

 ちなみに、参考書とか、事典とか勉強にどうしてもないと困るかな? 系の本類は尽く買ってもらっている。それだけでも感謝しても仕切れないほどありがたい。そもそも、百科事典系や有名小説系はじいちゃんの書斎に山ほどあるのでこと足りるのだ。


 多分、俺の両親がほぼ家にいない状態だったのをもの凄い気にしていると思う。まあね。父親なんて既に十年近く満足に会えていないし、母親も年に数回、特に近年は年一回会えれば良い方って感じだ。


 だが。本人としては親を失ってしまった悲しみを思えば……なんてことはない。二人とも生きているし、無理をすれば会えるのだし、偉大な……とにかく凄まじい仕事をしているのも判っている。


 我慢し続けてきた物分かりの良い子、だからといって甘える様な素振りも見せず、唯一言った我が儘が、探索者として迷宮に潜りたい。のみ。


 じいちゃんは、危険だから止めろとは言えなかったしな。なぜなら、13歳の時に、免許皆伝、師範位を授かり、内々の試技会でうちで現役最強の真白さんを倒している。

 まあ、俺の飲み込みが早いのを面白がって、技や秘伝、終いには奥義まで教え込んだじいちゃんが悪い。


 自分でも、アンバランスというか、よく分からないというか、肉体と精神のバランスが取れてない気もする。なので周りの大人からすれば、心配で見ていられない……らしい。


「あ」

「なんじゃ?」

「こ、こなま、まえ、たす、たすけた、ひひとが、ほ、ほんじよ、い、いおりって」

「靖人は、たくさん助けているんじゃな、偉いのう、さすがじゃ」

「た、た、たすえられ、られるときだ、け」

「ああ、そりゃそうじゃ、余裕のあるときだけでええ。探索者など、我ら武篇者や山師と変わらんからな。本領は」

「本庄家……詩織……。確か本家の次女がそのような名だったと記憶しております」


 うわ、やっぱ、あの女の関係者か。というか、ならば、あの女が黒幕? 漏らしたのに?


「て、て、き?」

「んー本庄家は敵でも味方でもないのう。じゃが、本庄の暗部、影は大矢という流派でな。その大元になった細川流は大戦で滅んでおる。細川はうちの分家の一つじゃった」


 んーと、弟子の弟子? ってこと?


「や、やまか、かた、さん、な、なにもし、しないで」

「は」


 あっぶなーこの人、今、確実に弟子を率いて、その、大矢の人たちを潰しに行こうとしてた。顔がそう言ってる。うちの師範代たち、動くと武力的にいろいろと怖いコトになるから嫌。あの戦闘中毒患者キ○チガイバトルジャンキーと大して変わらん。挑んでこないだけで。

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