008:報告

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 液晶モニターに俺の番号が表示されたのは、それから四十分程度過ぎた頃だった。黒い鞘に包まれているロングソードを片手に窓口へ向かう。

 ロングソードの鞘は持ち手まで包むようなケースと一体化しているタイプだ。これ、運搬時の安全性は高いけど……いざという時に柄の部分のベルトを外す必要があって2アクション必要だからなぁ。即応性は低いよなぁ。まあ、瞬時の対応にロングソードってのもね。無理があるんだけどね。


 窓口は遮音された個別ブースになっている。パーティメンバー……最大で6名程度が座れるようになっているので、探索者側は広い。一人だと特に広く感じる。奥の椅子にロングソードを置いて、自分は窓口前の椅子に腰掛けた。


「お疲れ様です。赤荻様。本日はお待たせして申し訳ありません」


 カウンター越し、眼鏡をかけた理知的なスーツ美女が頭を下げていた。この出張所で事務最強と言われているエース、高階様だ。圧倒的な処理能力で手続き時間が異様に早い。巣鴨迷宮の探索者で彼女にお世話になっていない者はいないだろう。荒めの探索者も多いのだが、当然、誰も逆らわない。


「あ、いえ、ぜん、ぜん、その。もんだ、ないです」


 新米で、まともに会話の出来ない俺にも丁寧な対応。さらに様々な事象を上手く言葉で説明出来ないのをちゃんと捕捉してくれる理解力。憧れというか、もう、神に近い。俺が巣鴨迷宮に通う理由のひとつが彼女の存在だ。心の中で様付けで呼んでいる。

 よかった。彼女なら、今日あったこともキチンと伝えることができるだろう。この出張所の人は良い人ばかりなので、他の人でも別に悪いとかじゃないんだけど。伝わりやすいのは断トツで彼女だ。


「そう……ですか。3階層、地蔵荒れ地の東側で黒毛狂熊マッドベア……4階層の地蔵の杜のスワローパペットの出現地域でソルジャーオーク。行動記録ログを戴いてよろしいですか?」

「は、はい」


 右手に装備している腕輪の発光体が小さく明滅する。この出張所内であれば瞬時にアクセス出来るらしい。というか、勝手に読み取っててもわからないよね。うん。迷宮局が勝手に情報を抜き出している……なんて軽い陰謀説みたいな書き込みも読んだことがあるけど、元々、探索者自体が迷宮内ではあらゆる意味で管理されることに同意している。免許を取得する時に。それに合意しなければ、免許は発行されないのだ。


 というか、迷宮内の生物、魔物に対する権利などは迷宮先進国の日本でも、現在でも曖昧なままだ。国全体のルールも特別条例によって制定されていて、毎年細かく訂正が行われている。まだ発見されていないが我々人類と会話可能な魔物が現れた時、どうするのだろうか?


「確かに。有益な情報をありがとうございます。その対価ではありませんが、赤荻様にはお伝えしておきます。現状、9級、8級、7級の……5つ、いえ、先ほど増えたようですね。6つのパーティが予定時間を過ぎても未帰還のままです。さらに。予定では今日の午後2時に帰還予定だったパーティの状況確認に向かったうちの者も未帰還のままとなっています」

「え?」


 マジデ? 迷宮局討伐部討伐課討伐隊……いや、この出張所のだから、討伐隊のヤツラではなくて、討伐課巣鴨迷宮警備担当係の……2人か。まあ、どっちにしろ、迷宮局の局員が行方不明っていうのは……思っていたよりもヤバイか。


「はい。なので、討伐課三番隊が既に突入準備中となっています」


 まあ、そうだね。うん。この東京都の24区北地区は大体三番隊の縄張りだ。何か不測の事態が起こったら彼らが出張るのが普通だ。というか、既に被害がパーティ6つか。


「よ、よん、4階層より、3階層の方が……あの、強いのが」

「ええ、そうですね……赤荻様の情報により、事態は非常に厄介なことになっている可能性が高いと想像出来ます。相変わらずご報告通りですね……行動記録ログ確認いたしました。とりあえず、今日はお疲れでしょう。帰宅されてお休みください」

「は、はい。た、大変で、でしょうけど、あの、がんばって、くだしあ」


 ……噛んだ。が。高階様は女神なのでそんなことで笑ったりしない。話すのが不得意なのを十二分に理解している。


「ありがとうございます。こちらこそ、重要な情報をありがとうございました。これを知らせるために急いで帰還されたのですよね? 申し訳ありません。後日、貢献度を査定し探索者ポイントの加増がなされるかと思います」

「は、はい」


 彼女が信頼される理由はこういう所だ。さっきの発言も、行動記録と帰還予定時間などを分析した結果、異変の情報をとにかく急いで持ち帰ったという事が判るため、それに対する特別報酬が発生する、させるということなのだ。

 新人さんとか、普通の窓口担当は、基本お役所仕事しかしない。手続きは手続きのみだ。だが、彼女はその辺をキチンと理解した上で、自由業者である探索者をまとめ上げている。

 流行じゃない、過疎ってるとか言われながらも、巣鴨迷宮に潜る探索者がそれほど減らない理由は、彼女にもあるんじゃないだろうか? という俺予想だ。


 黒毛狂熊マッドベアの魔石も渡した。現状を説明するのに証拠があった方がいいかと思ったのだ。


 因みに、通常の魔石や素材は迷宮局出張所以外の店、ネット等でも売却できる。総じて迷宮局よりも金額は高い。だが、ここでの買い取りは、貢献度というポイントが賦与されるのだ。この貢献度は探索者免許の級上げで必要となる。なので大抵の探索者は魔石も素材も丸投げして精算してしまう。


「明日以降の状況に関しては、現在予想が付きません。ちょっと時間がかかる可能性もあります」


 そうなのか。三番隊が動いて……しかも副長の「鬼斬」真藤まで出張ってきていてもヤバイ感じなのか。うーん。そりゃ困った。というか、しばらくは巣鴨は通常営業じゃないかもな。


「今日の所はお休みください。お疲れ様でした」

「は、はい」


 こちらも頭を下げて、窓口から離れる。


 大門。現実世界と迷宮を区分けする門だ。一見とんでもない分厚さの鋼鉄製の門……に見えるけど、実際には、ミスリルと、なんとかって新しい鉱物を配合して出来た最新合金で出来ているので、鋼鉄より、遥かに軽い。さらにその表面や全体が魔術によって強化されている。大きい魔道具だそうだ。迷宮への入り口を球型で囲んでいる。

 さらに、この門は普通に開閉するのでは無く、常に閉まっている。ではどうやって大門を出入りするのか? ここで必要になるのが迷宮免許証の代わりとなる、探索者腕輪だ。右手に付けているこの腕輪は魔道具で、個人認識証にもなっている。これを付けていればなぜか、この門をくぐり抜けられる。閉まってるのに。不思議。


 念のためと思い、大門から出るギリギリで装備を保存庫に入れて、普段着に着替えた。まあ、出張所で時間は取られてしまったけれど、当初の帰宅予定時間からはそこまで遅くなっていない。

 

 当初、出張所内はかなり混雑していたが、解放された時には既に人は少なくなっていた。大門の外、主に駐車場となっている広い敷地を、巣鴨駅に向かって歩き始める。日は暮れているが、まだ暑い。残暑というか、夏が終わりきっていないのだ。


 迷宮の大門は大抵、公園か、○○跡地なんていう、人が住んでいないエリア、住宅地を外して設置されている。というか、迷宮がそういう場所に産まれやすいらしい。ここは元青果市場? だったそうだ。

 この迷宮の敷地もいざという時のために塀で囲われている。外から……というよりは、迷宮が大氾濫で崩壊し、中から魔物が溢れて来たらそれを食い止めるための塀だ。

 この外門も腕輪が自動的にチェックされて、出入り口が開けられる。迷宮局の警備担当による手動だ。顔認証とかいろいろやってるんだけど、最終的には人間なんだそうだ。


 外門を出てしばらく歩くと……うん? うーんと。ああ、そういうことなのかなぁという影が見え隠れした。この時間帯、この辺は都内とは思えない程、人影はまばらだ。国道17号の途切れることのない車のヘッドライトと設置間隔の短い街灯のおかげで非常に明るいのだが。


「待てよ。ちょっと付き合えや」


 うーん。さすがに重装フル男は普段着か。声をかけてきたのは軽装フル男。いいなぁ。外でも着れるデザインというか、ゴツくないのに防御力は高いという新素材満載な感じ。


 さっきのお漏らしを助けに来た軽装フルと……というか、あのパーティにいた……最初に思い切り黒毛狂熊マッドベアに薙倒されていた男か、2人。うーん。怒ってるね。何故か。まあ、な。泣かしたからな。パーティメンバーを。でもその前にオマエらを助けてんだけどな。俺。笑。


「……」


 まあ、いいか。面倒くさいけど……二人について行くことにした。

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