006:お漏らしさん

「あ、あの、先ほどは、ありがとうございました」


 いきなり、側から聞こえた声に、ビクッと身体が反応してしまう。いかん、気が抜けてた。ここはまだ迷宮だというのに。油断してるのは自分もじゃないか。視界と反対側から話かけられたくらいでビビるなんて。


 目の前にさっきのお漏らし女が立っていた。が。イメージが違う……服が違うのか。つや消しの銀の模様……独特の縁取り、このコートは……クリエスタ風操ローブに続いて、ナガ風纏のマント……これ気配遮断効果付いてるんじゃ無かったっけ? 確か。ローブほどじゃないにしてもこいつもレアじゃねぇか。それこそ、買えば……五百いや、軽く七百万くらいはするハズだ。最近ドロップしなくなってるみたいだし。


 気付けなかったのも納得だ。相手がどんなに素人でも、これくらいの装備を着けられちゃうと、俺程度の索敵能力ではどうにもならん。


 しかしどんだけ金持ちなんだよ……明らかに不相応……ってことはこれも購入ってことですよね? ですよね? 


「い、いえ、もん、もんた、問題、な、無いです。では」

「あ、い、あの、あの」


 なんとなく、うざったい気がしたのでとりあえず、会話を閉じる。視線も落として自分のスマホに目を向ける。別に何をメモるわけじゃないが、メモ帳に目を向けた。あ。そういえば、そろそろ鎧をどうにかしないとなぁ。皮だろうなぁ。プレート系なんて着ちゃったら動けないし。


「あの、あの」

「ま、まだ……な、なにか?」


 うはーこんなに女の子話してるの何時ブリだろう? 小学校……かな。あの頃はよかったなぁ。男女の差とかあまり無かったし。意識することもそうそう無かった。


「いえ、あの、おれ、御礼を……」

「け、結構で。す。では」


 自分の中で「では」は魔法の言葉だ。大抵の人というか、これを付ければ大抵のことは回避出来る。この壁を乗り越えてまで話をしたいような人間じゃないのも大きいとは思うけど。

 うん。話がね、出来ないしね。普通にはね。この後、迷宮局の職員さんにちゃんと……今日のイレギュラーの説明をできるかどうかがもの凄い心配だ。探索者の義務だからなぁ。きちんと説明しないとなんだよなぁ。でもなぁ。上手くしゃべれないことが多いしなぁ……やだなぁ。


 まあ、お漏らしさんは……とりあえず、このまま俯いてスマホを眺めていればいなくなってくれるだろう。うん、それで。


 と思っていました。なんか、ずっと……視線の向こうに足……靴が見えている。うお! こ、この靴も……多分、レアアイテム、しかもお漏らしが跳ねたであろう時に履いていたモノとはまた違う……この碧は多分、隠密とかなんか特殊能力付きのハズだ。気配遮断効果アップとかあったんじゃなかったっけ? よく知らないけど。だってなーこんな中途半端性能なのにお高めなファッション装備、買えるワケが無いからなぁ。憧れてもどうにもならないレベルのモノはよく覚えてない。もうちょっと上のランクの装備は諸事情によりよく知ってるけどさ。


「お、おれい……を……」


グス……


 え? マジデ? いやいや、違うでしょ、何してくれてんのよ! おいおいおいおい! バカか! お漏らし! こ、こんな人の多いところで……泣いたりしたら……というか、女の子を泣かしたりしたら……。


「え、あえ? ええ?」


 ま、マズいって、そんな、いや……。周りから、アレ……とか、なんで? とか、何が? なんていう囁き声が聞こえてくる。そりゃそうだ。うん。だって、こんなに人が密集している所で泣かれたら、いくら気配遮断のローブ着てても、気付いちゃうよ。

 で、一度誰かが気付いてしまえば、それを周りに教えれば、認識が更新されてしばらくローブの気配遮断は効果が無くなる。それこそ、この場から一度居なくなって、再度目立たない様に入ってこない限り、この場から存在を消すことはできないハズ。


「本庄さん。どうしたんだっ!」


 うわ……面倒なことに……というか、そりゃそうだよなぁ。仲間……いるよな。ってアレか。あの時一撃の元に吹っ飛んでたヤツか。アビタスジャパンの軽装フル男だ。アビタスとかスポーツ系の装備は街着としてもオシャレ扱いなんだよなぁ。オシャレスポーツウェア的な流れなんだろう。きっと。鎧とかには見えないし。その分、布系の新素材とか使用しているから、同じ性能の、鎧らしい鎧に比べてお高くなるんだけど。


「お前、何してくれてんだよ! ボロ装備からして10級だろ?」


 ああ~うん、まあ、そうですよね。仕方ない。というか、ロングソードは黒い鞘に包まれて見えてないし、胴装備、防具は中古の払い下げ胸当てなの即判りだもんなぁ。みんな見たことあるからね。初心者のうちはギルドからレンタル出来るからさ。


「あ、いえあの……このお漏ら……あ」


 ガーン……という音が聞こえた気がした。それまでぐすんすぐすんって感じだった目の前の高級装備女が、いやーと声を上げて泣き崩れ、その場で大泣きし始めてしまった。な、何もそんな風に泣かなくても、いや、今のは俺の失言が原因か。というか、原因だ。お漏らしは俺の中だけのあだ名だった。言ってはいけなかった。


「てめぇ、ふざけんなよ! 外出ろ! 外!」


 当然だが……探索者同士のケンカは禁止されている。とはいえ、血の気の多いこの業界。ちょっとした小競り合いは外に出て殴り合いで解決……なんてことも日常茶飯事なわけで。当然、見たことある。ヤンキーみたいのと、チンピラみたいのが良くそんなことを言っていた……ってこれは当事者じゃん。どうしよう。というか、どうすればいいかな。これ。


「え、い、い、や、あ、あ、あの……」


 とまあ、こんな風にこんな状況でもちゃんとしゃべれない、叫べない自分。情けない。なんだろうなぁ。心の奥底、精神の奥底に潜む本能が拒絶しているんだろうなぁ。他人とのコミュニケーションを。


「オラ! 来いよ!」


 軽装フル野郎は体格が良い。気絶してた時には気付かなかったけれど、かなり背が高い。180センチくらいだろうか? 良いなぁ。俺もこれくらいの身長が欲しいなぁ。牛乳飲んでるんだけどなぁ。高一で162センチっていうのはちょっと低めだよなぁ。

 奥衿を取ろうとしたんだと思うんだけど、手が上から延びてきた。まあ、当然だけど、そんなのに捕まるわけにはいかない。身体を揺らすように横にスライドさせて避ける。


「逃げんのかよっ!」


 血の気多いな。いやいや、逃げるというか、避けるに決まってるでしょ。体格的に組み合ってそこから反撃出来るほど差があるのか良く判らないし。危険回避するのは探索者の当然の行動だし。

 問題のお漏らしはまだ、グスグス言ってる。いやいや、お前、お前がなんとかしろよ。俺に悪いところなんて一切無かったろうが。勝手に泣きやがって。ちゃんと「では」って言ったろうが! まあ、それが通用しないなんてことはわかっちゃいるけど、最低限の会話マナーはこなしただろうが!

 こなせてないかもしれないけど、頑張ったろうが! って俺の事、知らないんだから判るわけ無いか。笑。なんかおかしくなってきちゃったよ。


「なに……笑ってんだ? てめぇ……」


 あ。にやついちゃった。やばい。そりゃそうか。彼にしてみれば、パーティメンバーを泣かした男に因縁付けてるのに、そいつがその最中にニヤっと笑ったっわけだしな。イロイロな意味で誤解が深まった! しまった! どうしよう! こういうときにちゃんと状況を説明できる、話せる能力というか、交渉力というか、弁論力が欲しい。


 無理か。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます