003:個人的には大惨事(多分

「だ、だ、だいじょ、だいじょです、か?」


 ぺたんと腰をついて……ああ、単純に腰が抜けて動けないのか。そんな放心状態のお金持ちなお嬢様に声をかける。断言出来る。迷宮で、あんな悲鳴を上げる様なヤツに、HMは狩れない。このローブは買った。つまりはお金持ちな。


 で。うん、わかってる。皆まで言うな。俺はキチンと言葉を口から発する事が出来ない。どもりとか、吃音とか……困っている人も多いとは思うが、医者からすると俺のは本格的な対人恐怖症系の病気とのことだ。異常に他人と上手く話せない。迷宮にソロで歩いている時点でお察しだが、身内だろうが何だろうが、他人と喋れず、苦手で、会話の言葉が出てこない。どもる、つまづく、大事なコトを伝えきれない。相手に何か言われたらオドオドしちゃうからだ。なので、ついつい口を噤んでしまう。話そうとしていると、何を話そうとしていたのかとかループし始めて、思考も異常に鈍る。

 特に、女性はだめだ。「話そうとすると」未だ、ほぼ全年齢対象で、動悸息切れめまい、思考停止も連続して起こる。シャレではない。本気で、本当に、そうなってしまうのだから仕方ない。


 汗が滴り落ち、膝がガクガクしている。緊張度はさっきの黒毛狂熊マッドベアなんて目じゃないのだ。くそー心の中はこんなにおしゃべりなのに。現状、世界で俺が気安く本音で語りかけられるのは、魔物だけだ。


「は、ははははは、はいいい」


 俺ではない。悲鳴女だ。


 生まれたての子馬ってこんなんだっけ? って位、ガクガクしている。まだ、三半規管が揺れてるんだろう。強烈な力で強制的に移動させられるとどうしても身体のコントロールが戻ってこないことがある。それでもどうにかして立って会話しようと努力の後を感じられるのは素晴らしい。多分、真面目な良い人なのだろう。


 うん? あれ?


「あ、あの、そ、そ、そ、そ、れをどうにか、し、し、しないと」


 指を指しながら小さな声で囁く。彼女はそれでやっと気が付いたのか、顔を赤くして、ものスゴい困った顔で、状況を把握した。


「あ、ああ、わ、わたし、あの、はじめ、はじめてのめ、めいきゅうで、あの、ああ、あ」


 レアアイテムである高級装備をつたって、足元に小さい水たまりが出来ている。


 初? 初迷宮? 言い訳はいらん。なのにこの装備? コーディネートしたヤツがバカか。


「あ、あああ!」


 ああ、うん、まあ、外から強力な一撃をもらうと、ショウベン漏らす位、良くある話だ。ガチ勢は強力なHM戦の時、大人用紙オムツ装備するって笑い話、マジだしな。数時間に及ぶ長時間戦闘になる可能性もあるからだろうけど。


 ちなみに、よく見れば足装備もHMハイパーモンスター装備だ。ローブほどではないがレアだ。おいおい、テレビで人気の某セレブ姉妹か! 歩く宝石箱かと。

 こんな装備してるヤツが、黒毛狂熊マッドベア如きの一撃で吹き飛ばされんな。気絶すんな。悲鳴上げんな。改めてバカか。当然、言えないけど。

 倒れてる仲間全員がそこそこの高額装備を身に付けているけど、この娘だけは……別格だ。だから、同じ様に吹っ飛ばされたのに、起き上がるのが早かったんだな。

 

 まあ、そんな御自慢の装備もお小水付きじゃ転売時、減点だ。あ、いや、若い女子探索者の……となれば逆に価値は上がるのか? なんてセクハラな。まあ、あれくらいの装備になると魔術による防護機能もバッチリなので、簡単に汚れたりしないんだけどね。


 でと。お漏らしの当人は……うーん。黒髪でストレートロング、顔は……よくわかんない、普通? いや、カワイイのかな? 正直女性に対する経験値の低い俺には良く判らない。とりあえず、顔を真っ赤にして、パニック状態……というか、どうすればいいのか判らなくなっているみたいだ。まあ、この年齢になってのお漏らしはどう対処すればいいか判らないよな。


「う、うでわに、き、きがえとか」

 

 なんとか。なんとか振り絞って出てきたのが上のセリフだ……。情けない。実に情けない。心の中はこんなにおしゃべりなのに! なんで、言えないのか。なんで、焦るのか。なんで、オドオドしてしまうのか。目の前のお漏らし娘を馬鹿に出来ないどころか、別に平常心で問題無い状況の俺がこんなっていうのは……どうなんだ。ちくしょう。

 当り前だが、これは学校でも変わらない。なので、彼女とか異性の友だちどころか……同性の普通の友だちもいない。泣けてくる。まあ、変に浮いてるので友だちが居ないのは仕方ないんだけどね。うん、仕方ない仕方ない。


 お漏らし(あだ名決定)は俺のアドバイスで何かに気がついたように、周りをキョロキョロし始めた。俺はきょどりながら大きな岩の影を見ながら頷いた。


「は、はい……あ、姉さんのローブの色が、外見偽装の魔道具が……」


 慌てて、岩陰に移動していく。まあ、これくらいの距離なら魔物が現れてもどうにかなるし、この階層であんな大物が暴れちゃったら、しばらく本来この階層にいる弱い魔物は怖くて近づいてこないだろう。


「あ、あああ」


 変な声を呻きながら、ナイギの重装フル男が腕を突っ張って上半身を起こそうとしている。


 周りに……黒毛狂熊マッドベアクラスは……いないよな。うん。ならいいか。もう。


 既にヤツの巨体は迷宮に飲まれ消えている。倒れていた場所に残る五百円玉位の大きさの黒い石。魔石だ。残念、その他のドロップアイテムは無いようだ。当然、倒した俺に所有権はある。それを拾い、さっさと立ち去る事にした。


 ここにいて、イロイロ言われて……礼ならともかく、魔石を横取りされたりしたらガッカリ過ぎる。

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