第130話15-8

密林は不思議と静かであった。

木々を傷つけないように、ゆっくりと丁寧に一歩ずつ木々をかき分けながら突き進む。

時々、コンクリートが完全に剥げてできた泥沼に足を取られながらも事件の原因となっているであろう公民館を目指す。



『人面蟲、その人面の持ち主のリオさん、リオさんが殺されていた公民館、公民館に現れた謎の芋虫にも似た怪異、いつの間にか現れた密林。 ……考えてもよく分からないわね。兄さんなら分かるんだろうけど』


 頭に付いた葉を払い落として、考えに耽りながらも辺りの気配を感じながら突き進む。

枝木を折らず、足音と自身の気配は最小限に。そのお陰か、密林は死んだように静かであった。


 そうしてしばらく経った頃、ジュリは密林の間に不似合いな建物が視界に入る。



『あそこが、公民館ね。にしても、嫌に綺麗ね』



 これまでジュリが目にしてきた家は、壁にはツタが這い、屋根には青々とした葉が隙間なく生い茂っていた。

一方で、公民館にはツタどころか雑草一本すら生えていなかった。まるでそこだけ空白のように、ただただ場違いな人工物が建っていた。

その場違いな2階建ての人工物は、今にも消えそうな夕日を浴びてオレンジ色をしていた。


『まあ、兄さんに連絡がつかない以上、出たとこ勝負になるのが辛いわね』



 ここで撤退し、安全なところで兄と連絡を取って再度密林へと突入する、その選択肢はジュリにはなかった。

戻るにしても危険があり、そもそも兄と連絡が付かない以上、戻ったところで合流できる保証もない。それに、兄のジョンが”わざわざ安全地帯で妹のジュリと合流をする”という理性的な判断をすることは考えられなかったからだ。

 


 そこまで考えたジュリは辺りを気にすると、密林から公民館の敷地へと踏み出す。

砂利を踏みしめながら公民館の入り口へと近づくと、そこには大量のガラス片とぐしゃぐしゃに歪んだ”元”ガラス扉。そこは、前回ジュリたちが”ネクロマンサー”を討伐しに、車で突っ込んだ場所。


 

『なんだか、懐かしいわね』



 少しばかり懐かしさを覚えながらジュリは背負ったチェーンソーを下ろして、構える。



カチリ、カチャリ。



 ガラスを踏んだことで靴底にガラス片が突き刺さり、それが歩く度に軽い音を奏でる。

木造の廊下は所々腐り、歩く度に奇妙なしなりを起こす。



『確か、こっちのほうで合っていたはず』



 ジュリが目指すは公民館で一番広い遊戯室。

そこは、かつて妄執に取り付かれた舞宇道村《ぶうどうむら》村長が生け贄の儀式をしていた場所。



『……この痕は?』



 遊戯室へ向かう途中、ジュリは廊下に何かが這ったような痕に気がつく。

それはナメクジが這った痕のような、虹色の光沢を放っていた。そしてそれは、ほとんど夕日が沈み掛かっていて薄暗い屋内でも、ぼんやりと輝いていた。



 

『依頼にあった怪異の痕かしら』




 ジュリはその痕の方向へ視線を向ける。 

その痕もまた遊戯室のほうへと向かって居たのであった。

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